未来戦艦大和 第3章 「沖縄水上特攻作戦」(3)
「こちらの世界には、石油もガスも石炭もないのですか?」
「数百年前に、人類が全部使い果たしてしまいましたね…その結果がこれです」
「と、言いますと…?」
「過剰なエネルギーの消費で、大気中の粒子が密になった上に粗くなり、成層圏に積もった塵が波長の短い太陽光を遮って、電離層が機能しなくなりました」
「あァ、それで青色のレイリー散乱が起きなくなって空が赤いんですね。その上に電波までも…?」
「そう…短い波長の電波は短距離しか届きません。濃密で粗い粒子のせいで、長い波長の電波も乱れる事が多くて不安定です」
「なるほど、それで確実に読み取れるモールス信号を使っている訳ですか…納得しました」
「あなた方の世界の空は、千年以上前の僕たちの世界の空と同じで青いんでしたよね。こちらと比べて気候はどうですか?」
「う~ん…こっちの世界は何だか蒸し暑いですね。私たちの世界は晴れた日が多くて、空気もカラッとしてます」
「やはりね…温室効果のせいで、気温のわりに湿度が高いんですよ。いつも空がどんより曇っていて、晴れる日は少ないです」
「何だか身につまされますね…今、私たちの世界でもエネルギーが過剰に消費されています。やがて、この世界と一緒の状況になりそうな気がして…」
(この世界の日本人の肌が白いのは、日照時間が極端に短いせいかも知れないな?)遼は羽生の顔を眺めながら、何だか複雑な思いにとらわれた。
「起源が同じ世界ですから、人の考えや欲望も同じだと思います。できる事なら避けた方がいいんですけどね」
「難しいでしょうね~…社会システムが変らない限り…で、この世界では何か解決法が見つかったのですか?」
「遅まきながらね…量子力学の発達によって、高いエネルギーを有する物質から、分子を介さないで直にエネルギーを取り出す事に成功しました」
「なるほど、エネルギーを直接取り出す…我々の世界で言う原子力エネルギーみたいなもんですね」
「いぇ、原子力は危険です。やはり千年くらい前にこの世界で、原子力エネルギーを兵器に使おうと言う試みが為されました」
「成功したのですか?」
「いいぇ、ロスアラモス、チェルノブイリ、シュトラスブルク、いくつかの街が地球上から消滅しました。ひどい汚染が周囲に広がり、それ以降は、誰も恐れてやらなくなりました」
「核兵器の実験で街が消滅した!?さぞ、悲惨だったでしょうね~…私たちの世界では核実験は成功して、広島と長崎と言う街に原子爆弾が投下されました」
「日本にですか?もしやアメリカが?…何と言う事だっ!」
「25万人の日本人が亡くなりました…でも、それ以降も兵器として、発電エネルギーとして、原子力は使用され続けています」
「よく無事でいられますね~…僕たちの世界だと、核分裂によって飛散した素粒子が他の物質に作用を与えて連鎖反応を起します。もしかしたら、あなた方の世界と僕たちの世界では、少しばかり量子が異なるのかも知れないなァ?この世界では、素粒子があなた方の世界より連鎖反応を起しやすいのかも?」
「そうかも知れませんね…でも、そうならば、こちらの世界の方が物質をエネルギー化しやすいと言う事になりますよね」
「そうとも言えるかも知れませんが、逆にそれが環境を悪化させると言う災いの元にもなってます」
「痛し痒しですね~…で、どうやって艦を動かしてるんですか?やっぱりスクリューを回して走ってるんですか?」
「スクリュー…って、何でしょうか?」
「船舶を前に押し進めるために、モーターで回すプロペラですよ」
「さて?おっしゃる言葉も意味もよく分かりませんが、それがあなた方の世界の推進方法なんでしょうか?」
遼は、羽生の言葉に愕然とした(この世界にはモーターと言う概念がないのだろうか?だとしたら…)
「僕たちの世界では物質の量子変換エネルギーによって、船と周囲の空間に密度の差を作ります。それで船を直接動かしてます。まァ、それは航空機も同じ推進方法なんですが…だけに、高いエネルギーを取り出せる物質は貴重なんですよ」
「なるほど、密度の差を作って推進してるのかァ…やっぱり自分達は未来に来てるんですね。自分達の世界では、まだ航空機はジェット推進で飛んでますからね~」
「ジェット推進…って、何でしょうか?」
「燃料を燃やしながら、ガスを後方に噴射して飛ぶ機関の事です」
「あァ、噴式機関ですね。この世界の艦船も、浮上する時や加速する時は、燃料を分子的に燃やしてガスを噴出しますよ。航空機は頻繁に噴式推進を使います。最も、音が大きくて大量の燃料を消費してしまいますけどね」
「そう言えば、水上滑空艇と言うのに乗せられましたが、まったく排気音がしなかったなァ…あれも量子機関なんですか?どうりでプロペラが付いていなかった訳だ」
「そうです…滑空艇は軽量ですので、船体と水面の間に密度の差を作り出して推進しています」
この時、遼は「浮上」と言う羽生の言葉を気にも留めなかった。後でその言葉の意味をまざまざと目の当たりにする事になる。
さらに、ほとんど音のしない量子エンジンが、千年以上前から続くある古風な艦船を、恐ろしい兵器として存続させている事を知るのだった。
まもなく遼と亮の二人は、彼らの世界でも馴染みのあるその艦船の姿を目撃する事になる。
「どうでしたかな?我が大和の機関室は…」有馬艦長は、戦闘司令室に帰って来た遼と亮に声を掛けた。
「立派な機関室でした…あの機関でどのくらいの速度が出るんでしょうか?」遼は、早速軍事記者らしい質問を返した。
「海上での通常走行だと、最大で30ノットと言った所でしょうかな」
(艦の速度自体は自分たちの世界と余り変らないようだ…とは言え、この巨大な戦艦を30ノットで走らせるのはやはりすごい)
「65000トンもある戦艦を30ノットで航行させるとはすごいですね」
「65000トン?…そんなにありませんよ。基準排水量で19000トン。満載でも20000トンを超えることはありません」
「はァっ!?…この大きさの艦でそんなに軽いんですか?」
「えぇ、船体の大半はオリハルコンでできていますからね。あと耐熱タイルに使われるスペクトロン合金が使われています」
「オリハルコン!?」
有馬艦長は少し怪訝そうな顔をしていた。遼の話はだいぶんこの世界の常識から外れていたらしい。
だが、遼にとっては艦長の言った事は驚きだった。錬金術によって生まれたオリハルコンは、自分たちの世界では遠い昔に失われて、伝説の合金となってしまっていたからだ。
その様子を見ていた羽生はまずいと思ったのか?大きな咳払いをして言った。
「うん、うぅ、ぅ…あ~…雨雲少佐、陣内大尉、一応、艦内に船室を用意させますので、そちらの方で耐熱防護服に着替えていただけますか?平服のままだと艦内では戦闘時に危険ですので」