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夜真中の相談教室  作者: 宮尾堕介
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第参話 二つ目の

 いつもより早く来た校舎は、生徒はおろか教師陣もちらほらとしか来ていなかったし、昇降口も鍵が閉まっていて宗介は10分前から程備え付けられたベンチに座って、春先とは言えまだ少し肌寒い朝を耐えるように両手を擦っていた。

 真中に合う為に早めに来たは良いものの、この様子じゃまだ真中は学校に来ていないだろう。

 宗介は楽しみすぎて遠足の集合時間に一番乗りした小学生の頃の自分を思い出し、あの頃と変わっていない自分が本当に餓鬼だな、と寝癖のついた頭をガシガシと掻いた。


 「あら?おはよう早いわねぇ」

 「おはよーございます。あとどのくらいで開きますか?」

 「あぁまだ開いてないのね?すぐ開けるわぁ、待っててちょうだいね」


 大きめのハンドバッグを持ち話しかけてきたのは、去年英語を担当していた少し年老いた女性教師だった。

 どうやら女性教師は今出勤してきたようで、右手には車のキーを持っている。

 女性教師は本当にすぐ開けるから、と小走りとは言えないゆったりとした動きで職員玄関に入っていき、暫くすると大きなタグのついた鍵を片手に出てきた。

先生の後ろについて行き開錠を見ていたのだが、鍵穴は何処にも無く女性教師はゆっくりと首を傾げた後またゆっくりと此方を振り返った。


 「あらやだぁ、外からじゃなく中からだったわ」


 間違えたことが恥ずかしいのか誤魔化すように笑いながらまたやはりゆっくりと職員玄関をくぐり、昇降口の大きな網目硝子越しにまた照れくさそうに笑った。


 「ごめんなさいねぇ、此処開けるのいつも用務員さんだから慣れてなくてぇ」


 この穏やかな雰囲気がいつも授業中に眠気を誘い、倒れていった友人は沢山いたなぁ、と宗介は笑顔で自分よりほんの少しだけ高い目線の女性教師に礼を言い泥の付いた運動靴から使い古し少し上履きに履き替えた。


 昨日錯覚したものと違い、本当に今生徒は自分しかいないこの校舎で宗介は静まり返った廊下を歩き、多目的Dの前に行く。人の気配はしないのでやはりまだ真中は来ていないようだ。

 鞄を置いて暫くしてからまた来てみようと前を通り過ぎ宗介は自分の教室へと足を進めた。

 まだ朝の早朝練習に来ている生徒も居ないようで、何時も登校したときに聞こえてくる元気な掛け声は一切聞こえず、漸く7時になった時どこからか振り子時計の音か解らないが重い鐘の音が遠くから聞こえた。


 「・・・ん?」


 やっと7時か、と先程来たばかりなのになんだか長い時間校舎に居るような気がするなと思う自分を軽く馬鹿にしながら笑っていると一つ不可解な事に気付いた。

 この学校にチャイム以外に時間を知らせる鐘のなる時計などあっただろうか?

 更に不思議なのは、初めて聞いたはずのその鐘が妙に耳に馴染んでいることだ。

 今まで静かな教室に一人でいた事が無かったから?でも今まで一度も聞いたことがない音をすんなり受け入れるだろうか?

 鞄をさっさと後ろの自分のロッカーに入れて、宗介は鐘の正体を探るべく教室を後にした。



 鍵谷宗介は仲の良い友人や自分も認める正真正銘の怖がりである。それと同時に自分の周りに起こる不可解な現象や心霊現象に人一倍興味を持ってしまう、所謂怖がりの知りたがりであった。

 そんな自分でも面倒臭いなと思ってしまう探究心を簡単に直せるわけも無く、今までにも怖い怖いと感じながらもネットの某掲示板のURLを間違えて踏んでしまった時は全て読み切り3日間怖くて寝れなかったし、先日のように例え一人でも学校の七不思議を解明しに行ってしまう。

 結局昨日の新しい七不思議もただの別教室登校の…そう言えば昨日知り合った少年、夜真中は一体何年生なんだろうか…?

 七不思議の正体が真中だったのは解ったが、卒業していった先輩も話の冒頭に『俺も先輩に聞いたんだけど』と言っていた。その時ももしかしたら真中のように別教室登校の生徒がいたのだろうか?

 宗介は校舎を歩き回り鐘の鳴りそうな時計を探しながら考えていると、用務員さんが前方から歩いてきて『おはよう、早いね』と挨拶をされたので、会釈をしながら挨拶を返した。


 暫く歩き回ったがお目当ての鐘の鳴りそうな時計を見つける事は出来ず、渋々教室に戻ると、黒板の上に設置された時計の長針が真下を、つまり30分を指していた。


 「そろそろ真中来てるかな…」


 校舎を歩き回っているうちに真中が来ているかもしれない。

 宗介は帰ってきたばかりの教室を出て多目的Dに向かい小さくノックをした。


 「真中、いる?」

 「いるよ」


 返事が返ってきたので引き戸を開けると、昨日真中が居眠りをしていた席に座り微笑みながら此方を見ている真中がいた。どうやらあそこは彼の定位置のようだ。

 昨日自分が出してきた椅子もそのままだったので其処に座りおはようと挨拶をすれば少し控えめにおはようと返してくれた。


 「早いんだね、いつもこの時間に来てるの?」

 「いやぁ、何時もはもっと遅いよ。真中が何時に来てるか解んなかったから早めに来ただけ」


 正直に理由を話すのは少し照れくさかったので若干伏せながら話すと真中はそうなんだと、同じ男の自分から見ても儚く綺麗に笑ってみせた。


 「まぁ実際来たのは30分前位前なんだけどさ」

 「30分前って事は…7時には来てたの?それで今の今まで教室にいたの?」

 「いやちょっと気になる事が、そうだ、真中この学校で鐘の鳴る時計を知ってるか?」

 「鐘の鳴る時計…?」


 チャイムとはまた違うタイプの、振り子時計みたいな感じの鐘の鳴る時計と身振り手振りで話すと一応知っていると歯切れ悪く答えた真中に、眉を寄せながら首を傾げる。


 「実際に見たのは一度だけなんだけどね、校長室に大きな振り子時計があるのを見たことがあるよ」


 もしかしたらそれの音かもね、と笑う真中に宗介はなるほどと頷く。

 校長室に入ったのなんて入学式の後の校舎案内の時の一度きりだったし、自分はその時友達とこっそり喋っていたので内装なんて豪華だったかもなんてぼんやりとしか覚えていない。それにそれならいくら校舎内を歩き回っても見つからないわけだ。


 「なんだ、ちょっと怖がって損したぜ」

 「怖がりなのに態々確かめに行くなんてやっぱり鍵谷君は変わってるね」


 真中の言葉に宗介が動きを止め、少し鋭い目を向けると、真中は特に気にした様子もなく微笑みながら首を傾げた。


 「鍵谷君じゃねぇだろ?」

 「え?」

 「そ う す け!」

 「宗介、君?」

 「ちーがーうー、宗介」

 「宗、介…」


 最初は余裕そうに微笑みを浮かべていた真中も宗介の勢いに押されていつの間にか微笑みは消え、少し戸惑っているような表情で復唱すると、宗介は満足そうに数回頷いてそれで良いんだよと真中の頭を少し乱暴に撫で回した。


 「んじゃちょっくら自販機行こうぜ!」

 「あぁ、行ってらっしゃい」

 「何言ってんだよ、真中も行くんだよ、奢るから」


 座ったまま手を振り見送ろうとする真中の額を指で弾くと、真中は先程よりも戸惑った表情で宗介を見つめ、でも外は、と小さな声で抵抗してきた。


 「あー、やっぱ外怖い?」

 「…うん」

 「んん、でも大丈夫だよこの時間は朝練以外の生徒って殆ど居ないし…それに俺と一緒だったらこの教室からも出れるって!」


 まぁ、真中が本気で嫌がるなら辞めるけど。と癖毛を遊ばせた頭を掻きながら真中に笑いかけると真中は静かに席を立ち、小さく「行く」と笑った。

 まず宗介が廊下に出て辺りを見回すが生徒の影も足音もせず暫く人が来る気配が無いのを確かめてから真中を手招きすると、真中は宗介のすぐ隣に駆け寄ってきた。

 外からは朝練が始まったのであろう、生徒達の活発な掛け声が聞こえ始めた。


 「俺さ、あんまり人が来ない自販機知ってんだ。中庭にあるんだけど今の時期は毛虫が出やすいらしくて先生も行かないんだよ」

 「穴場ってやつだね」

 「そうそう、春過ぎたら先生達も使うけど」

 「春の間は僕たちが独占できるね」

 「真中もコミュ障だしな」

 「こみゅしょう?」


 首を傾げる真中に宗介は同じように首を傾げる。


 「もしかして真中の家って良いとこだったりする?テレビとかあんま見ない感じ?」

 「どうだろう…でも家は他に比べると広いかもしれない。テレビもここ何年か見れてないね」

 「っひゃー…」


 真中の一つ一つの仕草は今時の子がするには少し大人っぽいので、きっと家が厳しいんだろうなとは思っていたが、どうやら自分が思っていた以上に厳しいようだ…。何年もテレビを見ないなんて、と自分に置き換えて考えてみようと想像力をフル活動させてみたが、文明の利器にどっぷり浸かって生活している宗介にはほんの少しも想像できなかった。


 「もしかして自販機とかも使ったことなかったりする?」

 「使ってるところを見たことはあるよ」


 お小遣いも貰った事が無いという真中に週に一回はジュースを奢ってやろうと宗介はひっそり思いながら緑茶のパックを手渡し、まだ人気の無い廊下を二人で歩いた。





 振り子時計の鐘は聞こえたが全く気にならなくなっていた。



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