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夜真中の相談教室  作者: 宮尾堕介
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第壱話 多目的Dの幽霊

 

 先程までの賑やかしさは一体どうしたのだ、と宗介は多目的Dの教室前にある階段を目指しそこそこ長い廊下を歩いていた。

 クラスメイト達はとっくに帰ってしまった様だ。きっとこれから俺が『多目的Dの幽霊』を確かめに行くことが解っていたんだろう。1年の頃に付き合わせたからか察したようで、トイレから帰って来た時には教室には俺の鞄が寂しげに机の上に乗っていただけで人影は一つも無かった。


 まったく薄情な奴等だ、と宗介は先に帰ってしまったクラスメイト達に悪態を吐き現在に至る。


 つい先日新入生の為にと大掃除をしたついでにかけられたワックスの所為で上履きからはキュッキュと高い音が誰もいない廊下に響く。まるで今自分以外校舎には誰もいないように錯覚するほど辺りはシンと静まり返り今にも人ならざる者が出てきそうな不気味な雰囲気を醸し出している様な気がした。


 けれど宗介に帰って明日確かめると言う選択肢は無かった。


 宗介が普段授業を受ける3年2組は多目的Dの前を通らなければ行けない。一応奥の階段を使えば前を通らずにクラスに行けるが、その際1年生の教室の前を通らなくてはいけないのだ。

 3年生が1年生の教室の前を移動教室以外で通ることは普段無いため嫌でも注目されてしまうし、サッカー部の後輩達は宗介が怖がりなのを知っているので、勘の鋭い後輩には幽霊が怖くて遠回りしていると勘付かれからかわれる事は目に見えていた。流石にそれは避けたい。


 それにもし幽霊が居たら居たで逃げて、翌朝は登校時間をずらすのと、今日話していたクラスメイトに事情を話して前を通るとき一緒に居てもらえばいいのだ。

 居なければ今まで通りに過ごせば良い。

 宗介は階段を2段飛ばしで軽快に上り踊り場に差し掛かったところで呼び止められた。


 「鍵谷ー、もう下校時刻だぞー」

 「菊池先生」


 宗介を呼び止めた人物は3年2組の担任、菊池大和(きくちやまと)だった。

 顧問をしている科学部関連のファイル片手に階段の下から宗介を見上げて首を傾げている。

 因みに理科準備室のマッドサイエンティストの正体は、妻子持ちの為アダルトな本を家で読めない菊池が休み時間に理科準備室に隠してある本を眺めてほくそ笑んでいると言うオチだったのだが、菊池の名誉の為、駄菓子300円分で内密にすると言う取引をした。

 それからは他の生徒と比べると良好な関係を築けている。


 「教室に忘れ物か?」

 「ううん、ちょっと確かめたい事があって」

 「確かめたい事?なんだぁ?また心霊現象か?」


 菊池は2年前の事を思い出したのか、苦笑を浮かべながら薄く皺が刻まれた頬を掻き踊り場まで上ってきた。


 「うん、今日聞いたのを確かめたいんだ」

 「そりゃ殊勝なこった。で?どんな話なんだ?」

 「『多目的Dの幽霊』ってのを確かめたいんだ」


 宗介の言葉に一瞬ピクリと身体を揺らした菊池はそうか、と珍しく真剣な表情を見せるが次の瞬間には普段の少し抜けた表情に戻り、宗介の癖のある髪の毛を撫で押さえた。


 「多目的Dの幽霊ねぇ、懐かしいなぁ…」

 「菊池先生知ってるの?」

 「あぁ、実は先生この中学出身でな。多目的Dは昔は『開かずの準備室』ってので有名だったんだ。そっか…今は『多目的Dの幽霊』なんて言われてるのか」


 懐かしそうに表情を綻ばせて尚頭を撫で続けている菊池の手をやんわりと払い、宗介は『開かずの準備室』の事を聞かせてくれと袖を引っ張った。


 「う~ん…悪いなぁ、俺は『開かずの準備室』には行かなかったから…。でもルールは知ってるぞ」

 「ルール?」

 「ノックするんだよ。3回ノックして『相談があります』って言うんだ」

 「なにそれ」

 「さぁな、俺も解らん。でもそれがルールなんだって噂だったよ」


 菊池は懐かしいなぁと繰り返した後、腕時計を確認して最終下校までに確認し終われよ、とまた頭を撫でて階段を下りて行ってしまった。

 宗介は階段を上って来たのでてっきり一緒に行ってくれるのかと思っていたので残念に思いながら、残りの階段を上っていった。


 階段を上ってすぐ見えた多目的Dは先程よりも何故か怖く感じなくなっていた。






 「えっと…まずノック」


 先程聞いたルール。

 『開かずの間の準備室』のルールだが一応確かめておこう。

 もし開けて先生がいたら怒られてしまうかもしれないから、と内心で誰に向けているかも解らない言い訳を並べて宗介は少し小さめのノックを3回打つ。


 「相談があります」


 またノックと同様小さな声で言うが中から誰かが出てくる様子は無い。人が居るような気配も無いので、コレもガセだったのかと軽く引き戸の取っ手を引くとカラリと軽い音を立て隙間を作った。


 「開いてる…?」


 もう少し引いてみるとやはりまたカラリと隙間を大きくしていった。

 もしかしたら本当に幽霊がいて、先程のは合言葉のようなものだったのかもしれない。

 宗介は恐怖心から出てきたこめかみを伝う冷や汗を拭い、作られた隙間から教室の中を覗いた。


 「…え?」


 そこで見えたのはごちゃごちゃと沢山の物が溢れている教室に射し込む真っ赤な夕日に照らされ机に突っ伏している1人の男子生徒だった。




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