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むらさきひめ  作者: ハデス
第弐幕
49/49

とある後日談~後段

『大丈夫、心配しないで』


 なつかしい、あの声。

 その声は、紛れもない。

 あの日、俺を救ってくれた少女の声。

 紫姫の声に、間違いなかった。


「……え? ちょっと、おい?」

 

 俺はますます混乱してしまう。

 どうして、智成の電話から紫姫の声が聞こえてくるんだ? そもそも、助けを求めていたのに、どうなっているんだ?

 状況が飲み込めず、右往左往する俺に――


『今から、彼を助けに行くわ』


 静かな声が、そう宣言する。その力強さに、俺は冷静になってしまった。彼女の言葉なら、信じられる。そう思った。


『あとで、また連絡するから』


 そう言って、通話が切れた。


「どうなったの?」


 おずおずと訊いてくる先輩に、


「ああ、紫姫から電話があった」


「は?」


 わけがわからない、と言った顔になる先輩。俺も同じだった。

 けれども、


「紫姫が大丈夫って言ってるんだ。とりあえず、信じようぜ」 


       ◇


 三十分くらいが過ぎた。

 もう一度、スマホが鳴った。

 二杯目の紅茶を飲みほした俺は、通話を取る。


『もしもし』


 紫姫の声だった。

 さっきのノイズはなく、声は普通に聞こえてきた。


(しかし、紫姫から電話か)


 怪異を前に、袴姿で日本刀を構えていた――あの光景を思い出すと、妙な気分になった。

 紫姫は、あれからの顛末を説明してくれた。

 智成は、しきメールに手を出してしまった。三回までやってしまい、そこで踏みとどまった。けれども、怪異は来てしまった。


「運が悪かったのか」


 俺は、つぶやく。

 しきメールは、言うなれば自分を呪う儀式だ。途中までおこなったことで、よくないものを呼び寄せてしまい、それに智成は連れて行かれかけたのだと言う。けれど、紫姫が間に合った。そう思えば、不幸中の幸いだったのかもしれない。


「助けてくれて、ありがとうな」


『……いいえ』


「それと、三年前もありがとうな。ずっとお礼を言いたかったんだ」


『そう』


 通話の向こうで、小さく息を飲む音がした。紫姫は、どんな顔をしているのだろう。想像しかできなかった。

 でも、これで少しは気が済んだ。


『じゃあ、切るね』


「――あ、ちょっと待ってくれ」


 俺は慌てて、引き留める。そうして、身を乗り出している先輩にスマホを手渡した。


「もしもし」


 先輩が代わり、そうして――


 それから、十分後。

 玄関のチャイムが鳴った。


      ◇


 ドアを開けると、セーラー服姿の少女が立っていた。となりには、背の高い男と、パーカー姿の背の低い少年。男は時代劇みたいな恰好で――俺の記憶通りだった。

 紫姫と、紫電、そして紫路という名前のはずだった。


「よう、待ってたよ」


「……お邪魔します」


 紫姫は頭を下げて、靴を脱いで上がってきた。丁寧に、靴をそろえる。紫電は草履で、紫路はスニーカー。紫姫に続いて、履物を脱いで上がってくる光景には――少し、奇妙なものを感じた。その存在に反して、現実的な行動には、こそばゆさのような感覚を覚える。


 ――絵を、描きたい。

 それが、先輩の紫姫への提案だった。

 紫姫は数秒ほど沈黙してから、困惑したように訊き返してきたらしい。


『……絵?』


「初めてだから……そういうこと、言われたの」


 紫姫は、まだ戸惑っているようだ。怪異と言うか、幽霊みたいな存在なのに、その仕草は普通の女の子みたいだった。


「まあ、いいじゃないの」


 にこにこ笑うのは、男の子――紫路だ。

 紫電も頷いている。


「いやあ、割と長く生きているけれど――俺も、絵を描いてもらうなんて初めてだぜ」


 満更でもなさそうだった。


「こっちへ、お願いね」


 部屋へ案内する先輩に、紫姫は確認するように言った。


「……その、さっきも言ったけれど、あまり長くは無理だよ」


「わかってる」


 先輩は、答える。

 ヒトと、そうでない存在。あまり触れ合うのは、好ましくない。お互いの世界は、隔たっていてこそ、あるべきカタチだということだ。

 少し寂しいと思った。

 けれど、仕方ない。

 この短い時間は、ある意味では幸運じみた例外なのだろう。


 十分くらいだっただろう。

 先輩は、とんでもない速さで三人を書き上げた。黒書きの一色で、色をつける余裕なんてなかったけれども――横から覗いた完成度は、すごいの一言だった。

 やっぱり、先輩には才能があるんだな。

 以前もそう言ったことがあるけれど、自分程度はいくらでもいる、って返されたけど。


 書きあがった一枚を手渡されて、紫姫は訊き返してきた。


「……いいの?」


 受け取ってもいいのかという確認だ。せっかくの作品、残しておかなくてもいいのかと――まあ、俺も思った。

 けれど。


「大丈夫」


 先輩は、こともなげに言ってのけた。


「今、ようく三人を見たから。半日内なら、もう一度描ける」


 やっぱり天才だと、俺は思った。

  

 そうして、俺達と紫姫達は別れる。

 もう二度と会うことはないだろう。

 でも、それでいいんだ。


「あの男の子……あとは、お願いね」


「大丈夫、任せておいてくれ」


 智成の命は紫姫が救ったけれども、それで終わりじゃない。

かつての俺や先輩がそうであったように、しきメールに手を伸ばすことになったきっかけの現状は、変わっていないはずだ。

 拾った命で、これから生きていかなくてはならない。

 

 それは、俺達自身の問題なのだ。


        ◇


 静かな夜の街を、わたしは歩いていました。

 先ほど渡された絵を、まじまじと見てしまいます。わたしと紫電と紫路。少し緊張したわたしの左右に、笑顔のふたりが並んでいます。

 とてもとても、温かい絵。描いてくれたあの女の子の想いが、本当に染み渡っていました。

 少し泣きそうになるわたしの頭に――紫電がその大きな手を乗せました。


「よかったな、主殿」


「……うん」

 

 わたしは、素直に頷きました。


 助けてくれて、ありがとう。

 

 今こうして生きていられて、感謝している。

 哲也君と夏希さん――ふたりの言葉は、本当に本当に、嬉しかった。


『あなたは、ひどい人ね?』

 

 そう言って、笑っていた彼女。

 長い黒髪で、ブレザー姿。真っ黒い外套に、真っ黒い太刀。もうひとりの――『死姫』が突き付けてきた、その言葉。


 みんな、死にたがっている。

 辛くて、苦しくて、哀しくて。

 わたしは、そんな彼らを救っている。

 なのに、貴方は――そうやって、自分勝手な善意を押し付ける。


 少し前に対峙した、あの子。

 その時に交わしたやりとりは、わたしの心に痛みとなって突き刺さっていました。


 ――それが、ほんの少しだけ救われました。

 全部が全部、正しいとは思いません。わたしの行動が、ただの余計だったこともあるかもしれません。

 助けるのは、一瞬だけで。

その先の人生までは――背負えない。

 自分勝手で、自己中心的な救い方。

 死にたい。

 それが、当人にとって正しいこともあったのかもしれません。


 それでも――


 またいつか、声が届く。悲痛な想いの感情が、わたしに届いてしまう。

 その時は、またきっと。



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