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むらさきひめ  作者: ハデス
第弐幕
48/49

とある後日談~中段

 ――おまえ、しきメールって知ってる?



 俺の問いかけに、智成は明らかな動揺を見せた。


「……な、何のことですか?」


 顔色が変わって、声が震えている。

 絶対、黒だろう。

 不意打ちは、これ以上はないほどに効果的だったみたいだ。


「んー」


 さて、と。

 俺は迷った。

 この先の言葉は、考えていない。ほとんど咄嗟に、訊いてしまった。

 しきメールという単語への、この反応。ただ知っているだけではない。強く興味を持っているか、すでに何度か行っているか。まだ、迎えに来られていないだろうことから――多くても、三回目まで。

 どちらにしても、よくない状況であることには間違いない。

 少なくとも、自殺願望があるってことは確実だ。昔の自分と、同じだ。


「あー、とりあえずな」


 俺は、頭を掻きながら、


「……それは、やめておいたほうがいい。ろくなことには、ならないからな」


 言葉をどうにか絞り出す。

 智成は視線を逸らすと、そのまま休憩室を出ていこうとする。


「あ……おい」


「仕事、入るんで」


 ぼそっとつぶやきながら、速足で行ってしまう。

 俺は、呼び止められなかった。

       

       ◇


「――余計なこと、したかもな」


 その日の夜、俺は先輩にこぼしていた。

 先輩は、くたびれたジャージ姿――中学時代のものらしい――で、真剣に話を聞いてくれていた。


「なあ、どう思う?」


「……難しいね」


 先輩は腕を組む。


「彼の状況がわからないし、どういうふうに感じ取ったかも、あたしらには判断できないからな」


「そうだよなー」


 俺はうなだれた。

 結局、あのあと会話らしい会話はなかった。

 普段もあまり喋らない後輩だったけれども、今日は輪をかけていた。仕事のミスがなかったのが、救いか。むしろ、気になるあまり、自分が会計を間違えかけたくらいだ。


「そんな気に病むなよ」


 落ち込む俺に、先輩は元気づけるように笑ってくれた。こういうところは、年上の頼りがいがある。


「多分、あたしだって同じことしたと思うよ」


「……そうか」


 おかげで、少しだけ気が楽になった。

 次の日は、シフトがなかったけれど、気になった俺は大学帰りにコンビニ寄ってみることにした。

 智成は、普通にレジを打っていた。

 その様子を遠目に、ちょっと安心して、帰宅した。

 

 それから、三日後。

 智成から、俺のスマホにメッセージが入った。


『しきメール、やめました』


『ありがとうございます、気にかけてくれて』


『今度、プライベートで話したいことあるんですけど、いいですか?』


 そのメッセージに、俺はもちろん了解の返事を返す。その夜――部屋で機嫌よくなっていた俺に、先輩は苦笑した。


 それで、解決した。

 そう思っていた。

       

       ◇


 ――それは、予感だったのか。

 虫の知らせ、というやつだったのだろうか。


「……寝れないのか?」


「うん、何だかな」


 その日の夜、俺はなかなか寝付けなかった。ベッドでもぞもぞしていた俺に、先輩が訊いてくる。


「悪い、起こしちゃった?」


「いや――あたしも、何か目が冴えてな」


 先輩は、ベッドから起き上がる。


「何か、呑むか」


「そうっすね」


「哲也、紅茶でも淹れてよ」


「……俺っすか」


 肩をすくめて、部屋を出る俺。先輩も、ついてきた。

 仕方ない。

 要望通り、お茶の準備でもしようか。

そう思った俺に――テーブルの上で振動しているスマートフォンが目に入った。

 夜中に通知とかがなると鬱陶しいので、俺はスマホを寝室に持ち込まない。ついでに電源を切っていることも多いんだけど、たまたま切り忘れていたみたいだ。


「電話?」


 先輩も、気付いた。

 リビングに電気をつけて、部屋が明るくなった。

 音はマナーモードにしてある。バイブ設定も小さめにしてあるので、リビングに来なければ、気付かないままだったろう。長く続く振動は、メッセージとかアプリの通知ではなく、通話の呼び出しを知らせていた。

 こんな夜遅くに――誰だろう。

 テレビ近くに置かれたキャラものの時計は、深夜二時を示している。

 何だか不気味なものを感じて、俺はスマホを手に取った。画面に通知される相手の名前は――


「智成?」


 後輩からだった。

 非常識な時間帯に苛立ちを覚えるよりも、嫌な予感が走った。タッチして、通話を開始する。


「もしもし、どうした?」


『……て、哲也さん』


 電話の声には、ひどいノイズが混じっていた。普通じゃない。


『助けて……ください』


「! おい? どういうことだ?」


『助け――』


 理由を聞く前に、通話が切れた。


「おい? おい! 智成?」


「どうしたの? 哲也」


 俺の慌てた様子に、先輩も尋常ならぬものを感じたようだった。俺は首を振りながら、通話履歴から智成にかける。呼び出しの着メロが鳴るだけで――つながらない。


 やばい。

 これは、やばい。

 俺は、背中が冷えるのを自覚した。

 何だよ、これ? しきメールは、もうやめたんだろ? だったら、どうして――こんな!

 混乱する俺の耳に、ようやく電話がつながった。


「! おい、もしもし! 智成、どうした? 何があった、今はどこだ!」


 夜中なのに、思わず大声になる俺の声に答えたのは――


『大丈夫、心配しないで』


 なつかしい、あの声。

 その声は、紛れもない。

 あの日、俺を救ってくれた少女の声。

 紫姫の声に、間違いなかった。




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