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むらさきひめ  作者: ハデス
第弐幕
45/49

エピローグ その、名前は――

 ――長い、夢を見ていたような気がする。

 

 それは、哀しくて、辛くて、苦しくて。

 どうしようもない世界で、必死にもがくお話。

 それでも、どこか優しい――そんな物語だった。


「……ん」


 城阪冬美は、自室のベッドで目を覚ました。つやのある黒髪。叔母の若い頃に似たとよく言われる、可愛らしい顔立ちを――寝ぼけまなこに、貼り付かせる。

 軽く伸びをして、枕元の時計を見た。猫のカタチの、可愛らしい目覚まし時計。

 何だか寝すぎてしまった気がするのだが、時間は七時半。春休みの一日にしては、別に寝坊でもなかった。


「変なの」


 つぶやくが、別に悪い気はしなかった。

 ただ、不思議な気分だった。

 まるで、自分でない誰か。

 そんな人生を、追体験したような――


『冬美、そろそろ起きないのー?』

 

 考えに沈みそうになると、部屋の向こうから声がした。

 母親だ。


「……あ、今起きるよ」


 思い出した。

 確か、今日は出かける予定だった。


 この四月から、城阪冬美は高校生になる。新しい制服を着込んで、冬美はリビングに姿を見せた。


「えへへ、どうー?」


 一足先に朝食を取っていた大学生の兄。


「んあ? あー、いいんじゃね」


 彼――城阪 晴翔(はると)は、気のない返事を返す。


「……何よ、春にい」


 冬実は、その反応に頬を膨らませる。


「不満か? 実の妹の制服姿に、色好い反応期待するんじゃねえよ」


「ぶー」


「それよりも、紫崎が本命だろ?」


「……あう」


 からかうような口調に、冬美は口ごもった。

 兄が口にしたのは、長年の親友。冬美も小学生の頃から知っており――まあ、そういう思春期特有な対象のお相手である。


(……そう言えば)


 ふと、夢の内容を思い出した。

 おぼろげに残っている記憶の中に、彼の姿もあった気がする。確か、時代劇のような恰好をしていた。

 彼だけではなく――

 他にも、何人かいた気がする。

 長い黒髪の、勝気そうな少女。

 栗色の髪の、大人しそうな女の子。

 小生意気な年下の少年と、活発そうな青年。


 ――確かに、残っていた。


「……どうした?」


「ん? ううん、何でもない」


 不意に黙り込む冬美に、心配そうな晴翔。

 軽口をたたき合うが、だからこそ、兄妹の関係は良好だった。


「お、よく似合うねー」


 母親の城阪沙姫が、顔を見せた。子供ふたりを生んだというのに、まだまだ若々しい。


「えへへ、そうでしょー?」


 兄への不満分を上乗せで、冬美は満足そうに微笑んだ。


「……ん、ほんとよく似合うよ」


「お母さん?」


 母親の表情の変化――懐かしむような、ほんの少し哀しむような、そんな色。


「あ……いや、何でもない」


 沙姫はパタパタ手を振って、


「藤二、起こしてくるわ」


 冬実と晴翔の父親――つまりは、自分の旦那を呼びにその場を出ていった。


「お母さん、どうしたんだろ?」


 首を傾げる冬美に、晴翔が口を開いた。


「……多分、姉さんの面影を見たんじゃないかな」


「真姫、叔母さん?」


「ああ」


 九条真姫。

 母親の姉。

 ふたりにとっては、叔母。

 彼女は、中学生の頃に事故で死んでしまった。だから、高校生にはなれなかった。


 冬実は、そんな彼女に生き写しであると言われるほどに、その面影があるらしい。


 今日は、これから家族で出かける。

 向かい先は、母親の実家。祖母と祖父に、新しい制服姿をお披露目に行くのだ。


 ――そして、そこには叔母の位牌も祭られている。


「まあ、おまえが本当に真姫さんの生まれ変わりだとしたら――」


 晴翔が、続ける。


「これから、幸せに生きていく義務があるんじゃねえかな」


「…………」


 叔母は、若くして逝った。

 時折、墓前に顔を出す昔馴染みらしき大人達。彼らを見る限り、彼女は生前、慕われていたに違いない。短くても、それはよい人生だったのだろう。

 けれども、本当はもっと長く――


「うん、そうだね」


 しみじみと頷く冬美の頭に、いつの間にか立ち上がっていた晴翔が手を置いた。


       ◇


 玄関から姿を見せる、城阪冬美。

 軒先で、背の高い青年と出くわした。その言葉に、照れたのか挙動不審になるその様子。あとから出てきた、兄がからかう。

 右を見る。

 駅前で、気の強そうな黒髪の少女が誰かを待っているようだった。辺りを見回し、そわそわしている。やがて、待ち人が来たらしく、笑顔にほころんだ。

 そのわきを通り過ぎる、サッカーボールを小脇に抱えた活発そうな少年。小学校高学年くらいだろうか。

 あとについてくる垂れ目の、可愛らしい少女。ぶっきらぼうを装いながら、その様子をチラチラ気にかけている。仲睦まじい、幼い恋人同士のようだった。


 そんな微笑ましい光景を――


 遠く離れた場所から、見る瞳があった。

 高い高いビルの上。

 ヒトであれば、見通せない距離。だからこそ、彼女はヒトではない。

 どこか時代錯誤な紫色の袴姿に、肩にかけた黒塗り鞘の大太刀。その華奢な体躯には不釣り合い――けれども、奇妙にサマになっていた。


「……あれが、わたしのお母さん達?」


 少し舌足らずな、少女の声。

 年の頃は、十と少しと言ったところか。つややかな、長い黒髪。その面影は、冬美によく似ていた。あるいは、その叔母の九条真姫に。


「そうだね」


 そのとなりで、ひとりの少年が頷く。紫がかったパーカーに、うっすらと白い羽が陽炎のように浮かんでいた。


「まあ、姫様の生まれる元になった怪異とその友達の、生まれ変わりだね。魂の一部を、引き継いでいるってところかな」


「そう」


 少女は、微笑んだ。

 どこか、嬉しそうに。

 ほんの少しだけ、寂しそうに。


 ふと、何かが震えた。

 少女は、懐から取り出す。

 それは、古びた携帯。

 今となってはまず見かけない、折り畳み式の携帯電話だった。淡い紫色のそれは――


「仕事だな」


「そう」


 いつものことだと。

 ふたりは、並んで踵を返した。


 ヒトは、何時だって死にたがる。

 世界は、何時だって殺したがる。

 そんな怪異と、都市伝説。

 ヒトの恐怖が、想いが。そんな存在を生み出す。

 そうやって、世界に生まれ落ち、蔓延(はびこ)る悪意。

 されども、それだけにあらず。


 ヒトの願いも、時として生み出すのだ。

 かつて、戦乱の混沌より生まれた伊津真伝という妖怪があったように。

 

 救ってほしい。

 助けてほしい。

 そんな祈りが、そのような想いから――


 とある怪異譚を母親に、


 新たに生まれた妖怪があったのだ。

 ヒトを救うアヤカシ。

 ヒトを護る怪異の少女。



 その、名前は――


『むらさきひめ』


 完結です。これ以上は、今は語りません。

 活動報告で、ちょっとだけ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結、お疲れ様です。 [一言] 何だろう……完結した今でも、この作品の感想を上手く言語化できません。 じわーっときて、ぼやーっとして、またじわーってくるこの感覚。この擬音も少しズレているよ…
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