にせむらさきひめ 序
世界は、あたしに優しくなかった。
あたしも、世界に優しくなれなかった。
だから、当然と。
あたしは、世界に
背を向けた。
身体は、もはや死の忌みと。
夢見たものは、彼岸の果て。
想いの骸、狂い裂く。
四祈を通して、死期へと誘う怪異の嬢。
呪いの文事振り撒くは、救いがたき毒善者。
我が名は、死の姫。
『しき』と成る。
死こそが唯一の救いだと、それが絶対的な正解だと騙し、思いこませて、引きずり込み、同じ存在を増やし続けた。
死人花。
節くれ立ち、立ち枯れた大きな木。
ここに、引きずり込んだ魂達で、色付いた華を、咲き誇らせる。裂き誇らせよう。そのために、『しきめーる』と呼ばれる怪異を、ばら撒いた。
ばら撒き続けた。
それが、あたしの罪。
その果てが、この世界。
『死姫』というあたしは『紫姫』に葬られ、生前の名前を思い出した、哀れな独りの少女が残った。
その果ての。
これが――地獄と言う名の、結末だった。
◇
ベッドの上で、目を覚ます。
頭が、重い。
意識には、もやがかったよう。
吐き気にも似た、不快感。
身体を抱えて、押し殺す。
いつものことだ。
昨日と同じ。
今日も同じ。
明日も、きっと同じだろう。
自分の部屋を出て、階段を下りて、リビングに向かった。
いつものように、両親がそこにいた。母親は台所に立ち、父親は新聞を広げていた。
あたしは、一応おざなりの挨拶を交わす。
表情が黒いもやで塗りたくられた、両親の姿を取る人形相手に。
返事は、言葉ですらない。軋んだような音でしかなかった。
バカバカしい。
そう思っても、繰り返す。
繰り返すしかない。
いつもと同じ、代わり映えのしない朝食が並ぶ。
空腹感などない。
作業のように、味気のない朝食を終えて、何時の間にか着替えて、家を出る。重い足取りを引きずり、向かう先は学校。
見上げる空は、偽物。灰色に塗り固められただけの、作り物の雲天井。
今日は、何曜日だったか。
もう、わからない。
わかったところで、意味はない。
この毎日を始めて、何日が過ぎたのか。
もう、数えていない。
まるで、擦り切れた、ノイズ混じりの映像でも再生するかのように、全く同じ毎日。
これから向かう学校で、教室で、今日も、昨日と全く同じ一日を過ごすことになる。役割を与えられた、生徒役、友人役、教師役の動くヒト型を相手に――繰り返す。
ここは、そういう世界だった。
あたし――柏崎橙子が、罪の果てに辿りついた地獄だった。
自分で命を絶ったのが、十五歳の時。
本来生きるべきだった寿命まで、あと数十年。
この空っぽな毎日を繰り返す。
無為に。
無意味に。
死んだように生きる日々を、繰り返す。
いや。
生きるように、死んだ日々か。
それが、あたしという罪人に与えられた責め苦だった。