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むらさきひめ  作者: ハデス
第壱幕
18/49

むらさきひめ3

 そうして。

 ひとつの物語は、終わりを迎えます。


 束の間に、脳裏によぎったその光景。

 今ではない時代。

 ここより外れたどこかで、わたしは彼と一緒でした。

 まだヒトではなかった彼と、確かに一緒でした。

 だから、もう。


 恐れることは、ありません。

 

「……護法防壁・柳逆(りゅうげき)

 ひるがえる白刃が、光の軌跡をなぞる。

 襲い掛かってくる彼女の黒髪を、あっさりと切り払った。

 

 たたずむわたしの手には、一振りの大太刀。

 紫電、と呼ぶ彼が姿を変えたのは、白刃きらめく、抜き身の一刀。

 目の前には、うずくまる彼女の姿。

 化けものじみた口裂けの姿から、ヒトの形に戻った彼女がいます。

 視線を外すと、へたりこんだ翔子ちゃんの前に、見慣れない男の子が立っていました。

 十歳くらいでしょうか。白いパーカーを着込んだ、可愛らしい男の子です。


「このお姉ちゃんは、まかせてよ」


 ありがとう、とわたしは頷いて。

 もう一度、向き直ります。

 起き上がろうとしながら、わたしを睨み付けてくる彼女。その様子は、もう少しも怖くなくて……ただ、哀しいだけでした。

 

『――』


 と、ようやく知った彼女の名前を呼びます。彼女が、まだヒトであった頃の名前を。

 

 鎖が、見えました。彼女の全身にまとわりついた、錆付いた鎖です。

 それは……彼女を縛る鎖だったのでしょう。

 ずっとずっと、苦しみと哀しみに、彼女を縛り続けてきた鎖だったのでしょう。


「……もう、終わりにしようよ」 


 わたしは、歩み寄りながら。

 太刀を、掲げて。

  

「静かに、眠って」


 その鎖を、

 

 ――彼を振り下ろして、切り払いました。

 

       ◇

 

「……真姫」


 わたしを呼ぶ声。

 振り向くと、翔子ちゃんが立っていました。

 今にも泣き出しそうな、そんな顔です。

 彼女が消えて、そこにはわたしと、その手にした太刀と、名前も知らない男の子と、翔子ちゃんが残っています。

 誰もが押し黙って。

 男の子だけが、にこにこと笑っています。 

 そこへ、勢いよくドアが開く音。階段に続くドアの向こうに、ひとりの少年が立っていました。


「翔子!」


 聞き慣れた少年の声でした。忘れるわけがありません。わたしの、恋人だった少年なのですから。

 卓也は状況が飲み込めないみたいで、わたし達を見回していましたが……


「うっ?」


 短く息を呑むと、翔子ちゃんの前に飛び込んできます。

 その目が、わたしの手にした太刀に注がれています。そうして、まるで翔子ちゃんを庇うように、わたしの前に立ちました。


「……ま、真姫?」


 怯えたような表情も、その声も、わたしには辛いです。多分、その誤解も。でも、わたしは静かにたたずむだけで……


「ち、違うのよ。卓也!」


 翔子ちゃんが叫びます。


「卓也、違うの。真姫は、あたしを助けてくれたの」


「え?」


 卓也は翔子ちゃんに振り返り、それからわたしを見ます。


「真姫は、あたしを化け物から守ってくれただけなんだよ……!」


 化け物、と。

 彼女のことを思い出して、わたしは哀しくなりました。

 そうなのか? と卓也が瞳で訪ねて来ます。

 でも、わたしは答えませんでした。

 踵を返します。


「真姫!」


 わたしを呼ぶ、翔子ちゃんの声。

 呼び止める声。

 後ろ髪を引かれる思いを、わたしは振り払います。


「追って来ないでね」


 振り向かないままで、わたしは言います。静かに。


「……もう、わたしと貴方達は世界が違うから」


 

 ――だから。

 もう、きっと。会うことなんてない。会ってはいけない。

 こちら側と、向こう側。遠く、遠く隔たってしまった世界のわたし達は、もうこれ以上一緒にいてはいけない。

 

 けれど。

 でも……せめて、もう少し。

 最後に、ほんの少しだけ。

 


「卓也」


 名前を呼ぶと、息を呑む音がしました。彼は、どんな顔をしているのでしょう。どんな表情で、わたしを見ているのでしょうか。

 恋人だった彼に。

 振り返りたい。振り返って、彼の顔を見たい。もっと言葉を交わしたい。その腕に触れて、抱きしめてもらいたい。

 でも、それはもう望んではいけないこと。思ってはならないこと。

 もう、遅いから。全てが、手遅れだから。

 だから、飲み込もう。          

 全部、飲み込んで。


 

 こんな、言葉を吐きましょう。


「……わたし、貴方が嫌いだから」


 ついで、親友だった彼女にも。


「翔子ちゃん、貴方も大嫌い」


 ふたりに残すのは、拒絶の言葉。


「だから、絶対こっちに来ないでね?」


 別離の言葉。

 ああ、きっと相応しい。もう死んでいるわたしから、まだ生きている彼らに送るには……これ以上ない言葉でしょう。

 


 わたしはもう振り向かずに、こみ上げてくるどんな想いも押し殺して。

 

 ふたりの前から、姿を消しました。


 

 そして、また。

 時は流れます。


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