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桃から生まれろ 三


 おばあさんは足とわらじを洗いながら、とめてあった小船を不思議そうにながめました。


「またずいぶんと変わった形の船じゃのう? 誰か旅のかたでも来とるのじゃろうか?」


 地蔵様はおばあさんがつぶやいた『旅のかた』という言葉に嫌な予感がします。


「旅のかたといえば、おじいさんとの出会いを思い出すのう」


 地蔵様は『やっぱりだ! いつも旅人の話題になるたび、そのノロケ話だ! いつもなら最後までほほえましく聞いてあげているけど、今はそこで足を止めないで!』ともだえます。


 海賊たちは小船を目にしながら、東洋人らしき老婆ろうばを前に、しげみから出られないでいました。


「かつて剣豪と呼ばれた父上を打ち負かそうと、何度も来なさったが。それもかなわず、傷の手当てをしていたわしと、いつしか仲良くなりすぎて……ああ、おじいさんたらもうっ」


 いつもそこで顔を赤らめるおばあさんをかわいいとは思っていたものの、地蔵様は『今日だけはおさえてください』と思いました。

 海賊たちは自分たちの脱出路だっしゅつろに立ちふさがる東洋人の老婆が、なぞのつぶやきと共に怪しく身をくねらせはじめた姿を見て、震え上がっていました。


「老人でも恐ろしい強さだったが、一人だし、女性だ。四人がかりならば、あるいは誰か生き残れるかもしれん……生き残った者が伝えるのだ。仲間はいかに勇敢ゆうかんであったかを」


 地蔵様の『早まっちゃだめ! そのおばあさんだけはだめ~!』という絶叫も、海賊たちには通話圏外つうわけんがいでした。



 地蔵様がしかたなくイヌとサルとキジの様子を見ると、そちらも修羅場しゅらばでした。


「こいつら、かしこそうなのは顔だけじゃ! こんな時にかみついてきおって!」


「さっき見かけた、恐ろしい鬼どもの手先だったか!? 天罰てんばつをくらうがいい!」


 鬼ではなく、まだ子どものイヌとサルとキジが相手ならわりと強気な村人たちがかますきを振り上げました。

 しかしそれらは振り下ろす前にすべて、おじいさんが素手でたたきとばしていました。


「ゆるしてやってくれんかのう? こんな子イヌたちがここまで必死になるんじゃ。よほどの事情があるのかもしれん……ほれ、暴れなくなったじゃろ?」


「おじいさんの武芸にすくみあがっただけでは……」


 つぶやいた村人をイヌがもう一度かもうとしましたが、サルがそっと止めておきました。

 そして村人たちを地蔵様のほうへ案内します。

 あと少しのところで、おじいさんは道に残された数人の足跡あしあとに気がつきました。


「ふむ、どれもまっすぐ引きかえしておる。村をおそう気はなかったようじゃのう?」


「鬼は問答無用もんどうむように人をらうものじゃろう?」


「いやいや、わしが見たのはどうも、若いころに都のうわさで聞いた、遠い異国の人だったようじゃ。もし海賊ではなく、ただ船を流されて難儀なんぎしておるだけなら、手厚くもてなしてやりたいがのう?」


 地蔵様は『すばらしい見識と人徳。でも、とりあえずこっち来て』ともだえます。


「それに都のえらいおぼうさまの話では、鬼とはうらみ憎しみが寄り集まった魔物とか。神仏の加護かごを受けた清い心によってのみ、退治できると聞いておる……できればそんな若武者を、わしの手で育ててみたかったのう?」


 地蔵様は『その若武者の原材料が今まさにそこに! ああっ、あと数歩だけ急いで!』ともだえます。


「さあもう、あとはわしに任せて、村のみなさまも、けものの君たちも、帰るといいじゃろ……ん?」


「よし射程距離! おじいさん、神仏速報しんぶつそくほうです! この先の桟橋さんばしにおばあさんと……」


 地蔵様の説明の途中で、おじいさんは全身の毛を逆立て、鬼神のごとき形相ぎょうそうになり、村人たちは悲鳴をあげて逃げ散りました。

 おじいさんはトラのようなえ声をあげて猛然もうぜんと駆けだします。


「……桃を持った異国の者たちが……ああっ、また通話圏外になっ……!」


「なんてことじゃあああ!? おばあさんが異国の人たちとはちあわせては……」


 おじいさんは駆けながら、若かったころを思い出していました。

 剣の技をみがききながら諸国しょこく放浪ほうろうし、ついにこの地へかくれ住むという伝説の剣豪に挑み続けた日々。

 若い弟子にすら一度も勝てず、わざわざ手加減てかげんされた打ち込みで倒され続けた日々。

 ようやく弟子の腕に近づけたと思ったら、うっかり目にした水浴みずあびから弟子は剣豪の娘だったとわかり、臨死体験りんしたいけんにいたる全身骨折で身動きもできず、看病かんびょうされ続けた日々。


「……異国の人たちがあぶない!」


 若いころのおばあさんは、集まって来る武芸者ぶげいしゃたちから身を守るために、父親から剣を教わっていました。

 父親が病気がちになってからは自分で武芸者たちを追い払って腕を磨き続け、うっかり父親をも越える腕になっていました。

 しかし武芸者になるつもりなどなかったため、心はそれほどきたえていませんでした。

 おばあさんのうっかりで、おじいさんは何度かあの世をのぞいています。


「おばあさんはあわて者じゃ! これまでなんとか殺生せっしょうをさせんように暮らしてこれたというのに、あの異国の人たちをうっかり鬼と勘ちがいしては……」


 地蔵様はおじいさんたちが夫婦になった時の言葉を思い出します。

 おじいさんは『ひと息に刃物を二十振りできる妻をいつか越えてみせる。あわてないで生きられるようにする』とちかっていました。


「おばあさんに殺生はさせん! おばあさんが極楽へ行けなくなってしまう!」


 かつて殺生を悔いながら亡くなった剣豪が願ったとおり、おじいさんは『いっしょに極楽へ行ける人生を夫婦で送る』とはかへ誓っていました。



 道を無視して森を直進するおじいさんは刃でえだぎはらいながら、すでにひと息で三十振りを超えています。

 地蔵様はそんな新記録もお見通しでしたが『今はそんな場合ではないし』と思いなおしました。

 四人の海賊が茂みから一斉に飛び出ます。

 まさにその時、おじいさんもその様子をはるか遠くの視界にとらえていました。

 不意に海賊たちの動きがぴたりと止まったので、おじいさんは墓穴を四つ掘れそうな場所を考えはじめます。

 ところがしばらく待っても、四人の首はつながったままでした。

 四人は首の代わりに涙を落として、異国の言葉で話しはじめます。


「あの石像とまったく同じ顔ではないか」


「こんな顔にふりむかれては、オレはとても斧を振り下ろせん」


「オレもだ。家族に見えた顔を斬るくらいなら、この地で骨となろう」


「しかしこの老婆はもしや、オレたちを襲う気はないのか?」


 おばあさんは不思議そうに四人の顔を見ていましたが、やがて腰につけた巾着きんちゃくをはずします。

 中からひとつ、きびだんごを取り出すと、かじって食べて見せました。


「よくわからんお国なまりじゃが、ずいぶん腹がへっておられるようじゃ。地蔵様にお供えするつもりじゃったが、持っていってくだされ」


 そう言って巾着ごと手渡します。

 四人は大喜びで受け取ったあと、かついでいた大きな桃をさしだし、小船へ乗りこんでぎ出しました。


「また、たいそうなお礼をいただいてしまったのう? こりゃ、まずは地蔵様へお話しせねば……おや、おじいさん? どうしたんじゃあ?」


「おばあさん、よう怖がらんで、あわてずにいられたのう?」


「なにをいうとるじゃ。あんなの、若いころのおじいさんにくらべりゃ……うふふ」



 異国人たちは故郷を目指し、地蔵様は海の神様へ四人の無事を願いました。

 ものかげから様子を見ていたイヌとサルとキジは健闘をたたえ合い、桃の中の赤子が大きく育つまでには、自分たちも大きく強くなって再会しようと約束して別れました。


 おじいさんとおばあさんは心に届いた地蔵様の忠告を守り、大きな桃へひと息三十振りをためすのはやめておきます。

 村のみんなと少しずつ食べたところ、中から元気な赤ん坊が出てきて、大変に驚き、喜びました。

 赤ん坊は清く優しい心を持った立派な若武者に育てられ、イヌとサルとキジをお供に海を渡り、都の軍勢でもかなわなかった強大な怨霊おんりょうのかたまり、鬼を退治したそうです。



 ちなみに桃と言えば神仏の加護かご象徴しょうちょうでした。

 地蔵様が赤子を桃に包んだのも『桃から生まれたから立派になれたのね。神仏ありがたや~』と後々の世まで宣伝話題せんでんわだいになってもらう狙いです。

 そして鬼退治をした若武者の話題は、きびだんごのお礼で受け取った『きびだんご太郎』として地元特産品のありがたみを広め、地蔵様は「また予定がおかしなことに!?」ともだえました。


 めでたしめでたし。






(おわり)




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