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桃から生まれろ 二


 異国の海賊たちは奇妙な鳴き声に気がつきました。

 探して見ると、サルがキジに毛をひっぱられていました。


「いてて。本当にだんごをとる気はないってば。もしかして、さっきのは君なりの芸術表現げいじゅつひょうげんだったのかな? それなら元にもどすけど……」


 地蔵様じぞうさまは『頭がよすぎるのも考えものだ』と思いました。


「ん? さっきから同じ方向へ引いているね? もしやどこかへ呼んでいるのかい? やれやれ。ボクはお腹がすいて倒れそうだから、自分の食事を探さねばならないのに。まあ、いいだろう。まずは君につきあってあげるよ」


 地蔵様は『頭が悪いよりはずっといいか』と思いなおしました。


「肉だ! まだ小ぶりだがサルとトリ肉だ!」


 斧を手にした人間たちがよだれをたらしてせまってきて、サルはキジといっしょに走り出します。


「君はこれを警告けいこくしてくれていたのか!? 気がつかなくてごめんよ! ボクはなんておろかなんだ! うわあああ!」


 サルは無我夢中むがむちゅうで走り、地蔵様まで数十歩の範囲へ入りました。


「よし射程距離しゃていきょり! サルよ! 海賊どもから桃をうばい、おばあさんへ届けるのだ!」


「うわあああ! こわいよおおお!」


「戦力が足りなければ、このきびだんごをエサにイヌも巻きこんで……っておい、どこへ……」


 サルはそのまま通話圏外つうわけんがいまで走り抜けてしまいます。


「変な幻聴げんちょうまで聞こえるよおおお!?」


「そんなところだけ子どもらしくおびえなくてもいいでしょ!?」


 キジもサルを止めようとシッポをくわえていましたが、引きずられて連れ去られただけでした。



 海賊たちだけが地蔵様の通話圏内で立ちどまり、へたりこみます。


「だめだ。オレはもう空腹で走れそうにない」


「オレもだ」「オレも」「オレも」


 地蔵様は『もうこの際だから、この者たちに助けを求めてみようかな?』と思いました。


「異国の不心得者ふこころえものどもよ、わたしの話に耳をかたむけるがよい。というか聞いてください。きびだんごをあげるから。こっちにありますので……」


 神通力をこめて呼びかけ、異文化交流いぶんかこうりゅう挑戦ちょうせんします。


「あちらに祭壇さいだんのようなものがあるぞ?」


「この地にまつられている精霊せいれい住処すみかか?」


「なにやら気になるな? 見るだけ見ておくか?」


「呪われはしないだろうか?」


 四人はふだんの行いが悪いせいか、地蔵様が神通力をこめた言葉でも、少しずつしか伝わりません。


「まさかそんな、呪ったりはしないから。おいでおいで……そう、そのだんご! それをくわえ……ではなくて、腹におさめていいから! その桃は村へ届けておくれ!」


「これ、食いものか? 砂糖さとうをまぶした焼き菓子がしに似てなくもないが」


 地蔵様は『成分せいぶんは大して変わらない! 人生なにごとも挑戦だ!』と思いました。


「待て。その粉はカビかもしれん。この桃に似た巨大な木の実といい、もし毒ならば取りかえしがつかん。しんちょうにならねば」


 地蔵様は『海賊のくせに細かいこと気にするなよ!?』と思いました。


「うむ。オレたちが精霊へささげる、ニガヨモギのような防虫剤ぼうちゅうざいかもしれん」


 地蔵様は『これが異文化交流の壁か?』と思いました。


「しかし金銀財宝どころか、なんのかざりもないしみったれた祭壇さいだんだな?」


 地蔵様が『この罰当ばちあたりどもめ! 呪ってやろうか!?』などと道をふみはずしかけると、海賊たちはいっせいに涙を浮かべます。

 地蔵様は『まずい時に言葉が通じてしまったのか?』とあせりました。


「しかし見ろよ。この石像の丸っこくて優しい笑顔。母ちゃんを思い出すなあ」


「オレは子どもたちを……くうっ、なおさら帰りたくなっちまった!」


「すさんだ心が洗われるようだ。きっとこの国に住む者たちは武勇だけでなく、人徳にもすぐれているのだろう」


「うむ。事情を説明すればわかってくれるかもしれん。礼にできるものなどなにもないが……もしこの桃が毒でないならば、贈り物として受け取ってもらおう」


 地蔵様は『そんな展開があったか!? 自分の笑顔にもっと自信を持っていいかな?』と思いました。


「しかし思えば、ただの石くれだった私に顔をったのも屈強くっきょうの剣豪だった。戦につかれ、この地で畑を耕しながら、生まれた娘の笑顔に過去の殺生を悔いておった。手にかけた者たちにもいたであろう、母や妻や娘を思って刻んだのがこの姿。荒くれのこの男たちにこそ通じる念が残っておるのやもしれん……んん?」


 地蔵様が感心していると、おじいさんにひきいられた村人たちが手にかまくわを持って押し寄せていました。



 村人たちは不安そうに、先頭のおじいさんより何歩も離れてひそひそと話し合います。


「おじいさんが見たのは赤い肌に赤い髪、見上げるような背の毛むくじゃらとか」


「なんと恐ろしい。赤鬼にちがいない! まさかこの村へ来てしまうとは!」


「しかしおじいさんはなんで、あっちへ行ったとわかるのじゃろ?」


「なんでもあの、かしこそうな顔のイヌがにおいをたどってくれとるそうじゃ」


 地蔵様は『今度はイヌ畜生が余計なまねを!?』と思いました。



 異国の海賊たちは涙をぬぐい、空腹で重くなった足をたたいてはげまし合います。


「では残った体力をふりしぼって里へおりてみよう。もしかすると、手あつく歓迎かんげいしてもらえるかもしれん」


 地蔵様は『ごめん。やっぱり逃げて』と思いました。


「む? しかしなぜか、逃げたほうがいいような気もしてきたぞ?」


 海賊たちは地蔵様の顔を見て改心したので、神仏の言葉が届きやすくなっていました。

 地蔵様は『おじいさんが来てるよ。本気を出されたら、みんなあの世いきだよ』と強く念じてあげました。


「おおっ? オレも今、不思議な言葉を聞いた気がした。先ほどの老人が楽園へ連れて行ってくれると……」


 地蔵様は『惜しいけどちがう!』ともだえます。


「惜しいけどちがう、と言われたような……この桃は惜しい食料だが、オレたちの物とは違う、という警告か? ならばやはり贈り物に……」


 地蔵様は『もういいから、逃げて逃げて~!』とさけびます。

 海賊たちは不思議なさけびを聞いた気がして、遠くに見えてきた村人たちのぶっそうな装備と表情に気がつき、ようやく逃げ出します。



 地蔵様が異国人たちの無事を願っていると、現れたのはキジとサルでした。


「地蔵様、もしやなにかおこまりでしょうか? サルでしかないボクにもお手伝いできることがございましたら、なんなりと」


「今さら来たって遅いよ!? ……あ、ごめんごめん。ありがとう。泣かないで!? 君は本当にかしこいね!? いい子いい子!」


「ぐすんっ……なにか不思議な声を聞いたと思ったから、怖いけどもどってきたのですが。まさか初対面のお地蔵様にどなられるなんて。ぼくはそれほど大きな罪を犯したのでしょうか?」


「いや決して、そういうわけではない。うん。別に君は悪くないから……」


 そこへちょうど、おじいさんたちの道案内をしていた子イヌだけが到着しました。


「あらやだ。わたしなにか勘ちがいしていたかしら? 今、お地蔵様ってば、あの大男たちの無事を願っていたわよね? あれって村をおそいに来た海賊ではなかったの?」


「おのれはまた……いやいや、ふつうそう思うよね。というかそのとおりだったし。犬でそこまで事態がわかるなら、かなりのかしこさだ。あの男たちが改心したことなど、それこそ神仏でもなければわからぬこと」

 

「母、母、母」


 キジのひながはじめて話した言葉は人間の耳だと『ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ』と聞こえる鳴き声でした。


「君も……君なりにがんばっているよね。まだ知っている言葉は少ないようだけど、神仏である私は親のように大事で、言われたことには命がけでしたがいます、と言いたいのだね?」


「そこまで解釈を拡大できる言葉数には思えませんが……」


 かしこいサルは、地蔵様のうとましそうな視線にすばやく察します。


「あ、いえ、それでは私どもはあの大男たちが逃げられるように、村人たちを足どめすればよろしいわけですね?」


「そう……お願いできる?」


 地蔵様の頼みで、三匹はこころよく村人たちへ襲いかかりました。



 地蔵様が神通力で海賊たちの様子を見てみると、小船をつけた桟橋にはなんと、おばあさんが洗濯に来ていました。

 地蔵様は『なぜこんな時に!? 大家族でもあるまいし、洗濯なんて一日一回で十分でしょ!?』とふたたびもだえます。


「眠たくてうっかり、こえだめに片足をつっこんでしもうた。これはこれで『運』がついた……なーんて地蔵様のじょうだんですかのう? うふふ」


 地蔵様は『私のせいではありません! 寝不足は私のせいだけど! それに「いいことがある」と予告されて、そんな目に合わされたら怒っていいですよ!? どこまでおひとよしですか!?』ともだえ続けます。




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