桃から生まれろ 一
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。
ある朝、おじいさんは裏山へ柴刈りに行きました。
おばあさんは川へ洗濯に行って帰ってきました。
おばあさんは今朝、今日はなにかいいことがあるような気がして、少し早くおきていました。
するとそのころ、川の上流から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきて、桟橋にひっかかって止まりました。
上流の森にまつられていた地蔵様はぼうぜんとします。
「なんで今日にかぎって早起きしちゃうかなあ?」
地蔵様の前にはきびだんごがお供えされていました。
おばあさんはこれまで毎日かかさず地蔵様をお参りし、そうじをして、お供えをしていました。
「生活時間を念入りに確かめて、ここぞという時で川へ桃を落としたのに! 今日にかぎって、なんで!?」
地蔵様は動けませんが、おばあさんの様子は神通力という不思議な力でお見通しです。
おばあさんは家へ帰るなり、畑仕事をはじめていました。
「どんないいことがあるんじゃろ? おじいさんといっしょにここまで長生きできたことが、なによりありがたいことじゃが、子どもができなかったことだけは、残念じゃったのう」
地蔵様は『だから願いをかなえてあげようとしたのに』と思いました。
「もしかして……」
地蔵様は『そう、長年の願いをかなえてあげたから、もう一回だけ洗濯に行かない?』と思いました。
「今日もおじいさんとなかよく暮らせるということかもしれん。それはとてもありがたいことじゃ~」
地蔵様は『もうちょっと欲だしていいよ! 人間だろ!?』と思いました。
「ふあ~、さすがに少し、眠いかのう? 昨日のお参りでは地蔵様に『明日はいいことがあるよ』と言われたような気がして、うきうきと早起きしてしもうた」
地蔵様は『もしかして私のせい? 気をもたせたりしないで、ずばっと要件から言うべきだった?』ともだえました。
地蔵様は動けませんが、村の中のことなら神通力でなんでもお見通しです。
おばあさんの家の裏山では、かしこそうな顔をした子イヌが腹をすかせて鳴いていました。
桃を流した川の下流では、かしこそうな顔をしたサルの子が腹をすかせて鳴いていました。
地蔵様から数十歩と離れてない近くの森では、ふつうの顔にしか見えないキジのひなが腹をすかせて鳴いていました。
「いける! でも最初がかんじんだ! おばあさんのお祈りでこの石くれにこめられた神通力には限りがある!」
地蔵様は動けませんが、けものや木々の言葉も話すことができました。
「キジのひなよ、作戦その一だ! こちらへ来てきびだんごをくわえよ!」
無視されました。
地蔵様はキジの言葉で話しかけましたが、キジのひなはキジの言葉をおぼえる前に親鳥からはぐれていたのです。
地蔵様はしかたなく、まわりの木々へ話しかけ、キジのヒナが好みそうな実を落としてもらいます。
「そう、こっちへ来るように順番に……よーしよし……まんまとかかりおって……」
キジのひなは近づいて来ましたが、食べるのも歩くのも遅くて、地蔵様はやきもきします。
「でも思い出すなあ。あの赤ん坊も、戦から逃れて行きだおれた母親の手から、なんとかここまではわせて、桃の木に頼んで包んでもらって……おっとキジ、そこで停止! そう、そのだんご! それをくわえて、私の声がとどく数十歩の距離までイヌとサルを誘導……してくれる?」
キジのひなに言葉は通じませんが、地蔵様が神通力をこめて話し続けると、おおよその意図は通じたようで、うなずいてくれました。
そしてくちばしをすばやくだんごへつきたてると、深く刺さりすぎて鼻と口がふさがり、息ができなくなりました。
「だから私はくわえなさいって……ああもう! 中途半端に意図が通じたばかりに! 地蔵に殺生させる気ですかあなた? どうせ走るならそっち! 川のほう! ふやけて落ちるかもしれないから!」
キジのひなはおどろいて走り続けましたが、川へたどりつく直前に倒れ、その様子まで神通力でお見通しの地蔵様は泣きそうになります。
しかし通りかかった顔のかしこそうな子ザルがだんごを引き抜いてくれました。
「なにやらさわがしいと思ったら君だったか。あわてないで少しずつ食べるといい。ボクはとったりしないから」
サルの言葉で静かに言うと、さっそうと立ち去ります。
「なんとか助かったか。ありがとう。ごくろうだった。かしこいサルの子よ……ほふ~うっ」
地蔵様は深いため息をついた後で我に帰ります。
「いや、立ち去ったら困るのだ! こっちへ来てもらわないと!?」
キジもきびだんごをくわえてふりまわして見せますが、サルは空腹をがまんして目をそらしました。
「なにを気どっておる? サルのくせに。けだものらしい食い意地を見せて……キジまで食われたらこまるが……ああ、声がとどかないのがもどかしい!」
「おや? あの桃は……ずいぶん大きいな?」
サルは川岸まで来て桃に気がつき、地蔵様は目を輝かせます。
地蔵様は『あのかしこく親切なサルなら、中の赤ん坊に気がついて、村の人へとどけてくれるかもしれない!』と期待しました。
サルは桃へ駆けよると、両足をそろえて飛びげりをくらわせます。
「なにか悪い病気かもしれない。誰かが食べないように流しておかないと」
「なにしやがる畜生!? なんてこった! 頭がよすぎるばかりに!」
地蔵様はくよくよしてもしかたないと思い、裏山の子イヌの様子を見てみます。
すると柴刈りに来ていたおじいさんが鳴き声に気がついたのか、持っていた弁当のおにぎりをわけてあげていました。
「おじいさんも本当にいい人なんだよなあ。そんなあなたたちのために、せっかくお子さんを用意したのに。まさかこんなささいな手ちがいで海のもくずになろうとは……神も仏もないのか!?」
ところが川下から見なれぬ小船がさかのぼって来て、流れてきた桃をひろいあげていました。
乗っている四人の大柄な男たちの髪は茶色や金色で、角つきの鉄兜をかぶり、手には大きな斧を持っています。
「異国の海賊か? もしや村を襲う気では……」
特に大きな男は日に焼けた赤い顔に赤い髪で、裏山の近くへ船をつけさせると、一人で様子を見に登ります。
そこで見たのは東洋人らしき老いた男と子イヌでした。
老人は腰から刃物を抜くと、瞬時に数本の雑木を斬りはね、それらが地上へ落ちる前に枝のほとんどを切り払ってしまいます。
「毎日の鍛錬で、ひと息に十五回は振れるようになったのう。しかしまだまだ……」
隠れて見ていた赤髪の大男は震え上がりました。
ただし老人がつぶやいている異国の言葉はわかりません。
「ところで先ほどから、そこにどなたかおられるようじゃが……」
老人がふりむくと、赤髪の大男は転げるように裏山を駆け下りて逃げました。
地蔵様は安心します。
「若いころに旅の武芸者だったおじいさんのおかげで、村の襲撃はあきらめてくれたようだな。よかったよかっ……いや待て!? 桃は置いていってくれないと!? あの赤子はおじいさんたちに立派な英雄として育ててもらうつもりだったのに!」
赤髪の大男が小船にもどると、男たちは激しい言いあいになりました。
「なんて国に来ちまったんだ!? 老人ですら魔物のような強さだ!」
「だから海賊なんてやめようって言ったんだ! 不漁が続いて肩身はせまかったが、おとなしく女房の言うことを聞いて畑をたがやしていりゃ、大漁の日だって待てたのに! 死んだらそれもできねえ!」
「お前だって漂流する前は乗り気だったろうが!? サバの首も切れないくせに!」
「今はそんなことを言ってもしょうがない! もう、この際だから、ここの住民に助けを求めてみよう!」
などの内容は、すべて西洋でも北方の古い言語で話されていました。
「い、異国の言葉はちょっと……」
地蔵様は腰が引けましたが、神通力をたくさん使って、なんとかおおよそで理解します。
「根っからの悪人でもなさそうだが、村で最も優しく親切なおじいさんを怖がってしまうとは、なんとも運がない。おそらくはふだんの行いが悪く、異国の神仏に見限られておるのやもしれん。とはいえ、この村も神仏を心から敬える者は少ない。国は神仏の社をあちこちに作りながら、戦での殺生はやめぬときている。これでは人の恨み憎しみが寄り集まり、魔物となるのも時間の問題……んん?」
地蔵様が愚痴をこぼしていると、海賊たちはさらに川をさかのぼり、いつもおばあさんが洗濯をしている桟橋を見つけていました。
そこへ小船をつなぐと、大きな桃をかついで全員で上陸します。
「おお! まずはとにかく、桃がもどってきた!」