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「時間はあまりない。やれるんだろうな、本当に」

「任せて下さい」

俺はそう言って、時間を確認する。

残り時間は五分といったところ。

ゆっくり首を回していると、依頼主は業を煮やしたように、「急げっ」と声を荒げてきた。

しょうがない。ご要望とあらば、急ぐとしよう。

俺はパソコンのアダプターにコードを差し込むと、その反対側を、自分の"首の後ろにあるアダプター"に差し込んだ。その瞬間、パソコンとの接続によって体内を流れる電気信号とは異なる異物の侵入に、ゾクッとする。いつもながら慣れない感覚だ。

脳から流れるシナプスは、脊椎を通り体に命令を下す電気信号を流す。その命令を首に繋いだコードによってパソコンに送り込むことで、手足を動かすようにパソコンを操作することが可能となる。思考をネットワークに送り込むというのが、感覚的には近いのかもしれない。

これなら、よほど強固な壁でもない限りはどんなシークレットファイルも雑誌の袋とじを開ける程度の手間でしかない。

「あらら、奥さん、かなりのやりくり上手みたいですね」

依頼主である旦那は、専業主婦である妻が買い物に出たわずかな隙をついて俺を家に招き入れた。妻はきっちりした性格で、家計簿をつけていて週に一度はきちんと旦那にその内わけを見せていたという。だが、かねてから妻の支出面に、旦那は違和感を持っていたらしい。気づかれないようにクローゼットの奥に隠すようにしまわれた新品のブランド品。その数は年々増えているのだそうだ。

そこで俺に依頼がきた。

きっちりした性格の妻なら、自分で支出を管理するため、裏帳簿、なんて言い方したら大袈裟かもしれないが、"本当の家計簿"がパソコンのファイル内にあると踏んだらしい。

だが、パソコンは基本的に妻しか使わず、専業主婦の妻は、夫が家にいる間は友人の誘いなどあっても外出しないという。

だから、唯一妻が家をあける、買い物の瞬間を見計らって俺を家に招いたようだ。

さて、それにしてもこれは、すごいな。

偽物と本物の家計簿では支出欄が違っていて、簡単に言ってしまえば消耗品などが、不自然さのない範囲で多く支出簿記されているのが、依頼主である旦那の手元にもある家計簿。

そして、隠しファイルとして周到に隠蔽されている家計簿には、嘘の申請による浮いた金額が丁寧に算出されている。

呆れるのは、欲しいブランド品の値段が目標金額として設定されていて、それに届くためには1日あたりいくら"ピンはね"すればいいか、ご丁寧に記されていることだ。

その隠しファイルを旦那に見せると、怒りか困惑か、あるいは呆れ果てているのか、読み取れない複雑な表情をしていた。

まあいい。家庭事情は俺の預かり知らぬところだ。

あくまで依頼された隠しファイルを発見するのが、今回の仕事。

首の後ろのコードを引き抜くと、意識は電脳世界から完全に切り離される。

それにしても、馬鹿馬鹿しい依頼だ。

妻のヘソクリを暴くために、安くない依頼費を払うなんて本末転倒ではないだろうか。まあ、俺は稼げればそれでいいのだが。


仕事が終わり、携帯端末を確認すると映像メールが届いていた。

メールを開き、画面いっぱいに現れた顔は怒りに満ちていた。

『パソコンの修理頼んでおいたのに、勝手に帰ったわね! 約束は守るためにあるのよ。この埋め合わせは、必ずしてもらうからそのつもりでいなさい!!』

ブチッと接続が切られ、メールは閉じられる。

美人な分、怒ると相変わらず恐ろしい女だ、と嘆息する。

芝宮千里子(しばみやちりこ)は、俺の通う西陣高校のクラスメイトで、同じ『情報リテラシークラブ』に所属する仲間だ。

弁解しておくと、彼女との約束を忘れていたわけではない。ただ、金にならない頼み事と金になる面倒事なら、迷わず後者を選ぶのは道理だ。

俺にだって生活がある。小遣い稼ぎでバイトする同世代の連中と違って、俺は生きるために金を稼がないといけないんだ。

でもまあ、今度埋め合わせはしないとな。

そうして俺は、依頼主から金を受け取ると、首の後ろのアダプターに再びコードを接続し、歩行補助装置の電源をオンにする。

毎日の日課なので慣れた手つきのはずだったが、依頼主からしたら俺のことが不憫に思えたのだろう。

「手伝おうか?」

そう言って手を貸そうとしてきたが、俺はかぶりを振った。

「お気遣いは無用です」

そう言って俺は、歩行補助装置の力で立ち上がった。

両足に装着された無骨な機械。これがなければ、俺は満足に歩くことができない。

外に出て駅を目指すが、その道中でもやはり珍しいのか、すれ違う人々から好奇の目が向けられた。


見せ物じゃねえぞ。


かつて、そう反論した俺に対して、「お前は見せ物じゃなくモルモットだ」と真面目に答えた人間がいたっけ。


俺は駅に到着すると、電車を乗り継いで研究学園都市に降り立った。

万博を切っ掛けに研究都市としての開発に力を入れてきた賜物か、この地には多くの最先端テクノロジーを研究している施設や大学、それに附属する小中高校が多く存在している。だが、やたらと小綺麗な駅を出ると、町並みなんて田畑や空き地ばかりで、この都市が日本国内きっての最先端研究都市であることを忘れそうになる。

しかし、少し進むと、大きな看板が掲げられ『ロボット歩行実験中』と電光掲示板の文字が流れる。

そもそも車の通りなど皆無なその道路を、歩行ロボットがゆっくり歩みを進めていた。

これが、この都市の面白いところだろう。都市内を少し歩けば、こんな風に実験に公道が使用されることも多々あり、運が良ければ国内最新鋭の機械や研究を間近で見られるかもしれない。

まあ都市に住む学生からしたら、そんなものよりも最新ファッションが揃う市街の方がずっと魅力的なのだろうが、俺はやはり、田舎道で最新鋭のロボットが歩行実験を行っているというチグハグな光景が好きだ。

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