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デュアル・フィールド  作者: 太刀河ユイ(飛竜院在九)
第二章・黒いファイルと涙子の休日
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黒ファイルの中身

 学校とこのアルバイトの両立は、大して難しいものではなかった。

 放課後はほとんど書類を整理する仕事ばかりで、公共プールで起きたような事件もなく、平和な日々が続いていた。

と言うのも、探偵業のほとんどは京助さんの領分で、僕と涙子さんはその書類整理が主だったからだ。

 学生に浮気調査をさせる訳にはいかないでしょ?

 と、確かにその通りだ。ホテル前に張り込む仕事は確かに僕らの仕事でもない。学生に大人の色恋の黒い所を見せるのもどうだろう。

 そして、朝方に京助さんがその依頼を終え、僕とほぼ同時刻に事務所に帰って来た。


「お疲れ様、薫君」

「お疲れ様です。京助さん、今帰った所ですか?」

「うん。でも、ごめん、涙子の傍にいてもらえるかな。これからまた出かけないといけないんだ」

「いいですよ」

「ただ、涙子に手を出したりしないでよ?」

「は、はい」


 声が爽やかな京助さんだが、軽く言っているようでいて、その目は真剣だ。ここでアルバイトを初めて一週間になる。それなのに母親の姿を未だに見ないな。写真もまったくないし。

 父子家庭なんだろうか。

 盲目の娘がいる家庭に、この豪邸。言っちゃなんだが、探偵業だけでそこまで稼げるとは到底思えない。ここまで思うものの、さすがにこれを口にはできないでいた。


「涙子ぉー。駅前の事務所に行ってくるからねー」


 玄関から室内に向かって声をあげる京助さん。

 そして、どこからか声が返って来る。涙子さんの声だ。


「車に気を付けてくれよ!」

「よし。あ、そうだ。悪いんだけど、これを涙子と読んでくれるかな」


 踵を返した京助さんが思い出したように立ち止まり、鞄から黒いファイルを手渡された。

 黒いファイルに中には数枚の紙があるようで、それほど量の多いものじゃない。


「彼女が興味を持っている人物のファイルだよ。あ、読み終わったらシュレッダーで処理して置いてね。じゃ、またね。ふぁーあ……」


 徹夜明けなのか、と思わせるほど豪快な欠伸をかます京助さんを見送った後、入れ替わりで涙子さんが階段の手すりを頼りにゆっくりと玄関まで降りてきた。


「父さんはもう行ったのか」

「ええ。たった今行ってしまいました。何か用でもあったんですか?」

「ああ、頼んでいたものがあったんだ。誕生日のプレゼントを奮発して、機嫌のいい時に押し付けたのだが、あっちが覚えているかだな」

「大喜びでしたもんね……」

「後輩からも三日前に荷物が届いたよ。ハワイにいるようだが、戻ってから手渡しでもいいと言ったのだがな」


 アルバイトが終わったその日、京助さんの誕生日会を行った。涙子さんは万年筆を渡したと言っていたが、あの人はプレゼントをもらっただけでも大層嬉しそうだったな。涙子さんの事を溺愛しているし。僕は何も用意ができなかったので、ここのキッチンを借りて食事を作っただけだった。


「君の料理も喜んでいたぞ。私も久しぶりに食事が楽しかった」

「はは、ありがとうございます」


 男の料理だから、気の効いたものをあまり作れなかったけど、レシピを調べながらの調理は何事なく終えたのだ。

 食事をしている涙子さんを見る京助さんの視線はやや複雑そうだったが……。


「……あの、もしかして電話の件をなかった事にしたかったのは、京助さんの為ですか?」

「深い意味はなかったのだ。本当に、その……あれで世話焼きと言うか、心配症と言うか、私が新しいパートナーにする人物が男性だと気付いた時点で動揺していたよ。声が上擦っていた」

「いいお父さんですね」

「あまりベタベタされると対応に困るがな」

「おっと、忘れるところだった。頼んだのって、これだと思いますよ。黒いファイルです」


 見えはしないだろうが、涙子さんに向けて黒いファイルをかざした。


「ちょうどいい。リビングで音読してくれないか?」

「わかりました」


 このように、涙子さんが読みたい資料がある時は僕と視界を共有するか、僕に音読をさせるのが基本だ。

 彼女が能力を使わないのは、一日の使用に限界があるからだと言う。その長さは誤差もあるが、大体二時間程度らしい。多いように思えるが、何があるかわからない、それに使用しないでいい場面ではあまり使用しないようにしているとの事だ。

 たまに休憩などして、連続での使用は控えているらしい。

 僕の出番もなくなるし。

 リビングへと移動し、ルークが僕と涙子さんを出迎える。


「よっ、ルーク」


 対面しても尻尾を振るだけで返事はないが、歓迎してくれているようだ。涙子さんはルークが座っている近くのソファに座り、僕はその正面へ。


「では、読みますね。あ、お茶淹れましょうか?」

「いや、構わない。この後は出掛けようと思っているからな」

「わかりました。では……」


 黒いファイルをめくり、一ページ目に書かれた題目を見る。


「怪盗ナイトレディ。捜査報告書……」

「うむ。それだ、間違いない」

「涙子さんが興味を持っているのって、怪盗なんですか?」

「ああ。葵が君と同じ立場……つまり、視界の共有を行って、私の探偵業を


 手伝っていてくれていた頃から活動している頃にも怪盗だよ」


「え、葵さんが高校生探偵をしていたのって」

「葵の目を通して、半分は私が推理していた」

「な、なるほど」


 公共プールでの僕と同じだったって事か。


「奴の活動は、それ以前からかもしれないがな。正体は不明、年齢もわからず、変装の名人で普段警察の前で見せる『いかにも怪盗』と言った服装からして女性だと言う事しかわからない。主に盗むのは私腹を肥やす金持ち達の財産だが、その矛先は大体黒い噂のある者達ばかりだ」

「黒い噂……?」

「土橋オーナーを覚えているか?」

「はい」

忘れもしない。火ノ川さんを自殺に見せかけようとして殺したあの人だ。

「あの人の脱税した金も狙われていたんだそうだ」

「え、そうなんですか?」


 は、初耳だ。


「だから、彼は不眠症を患っていたのかもしれないな。警察には上手く誤魔化していたみたいだがと、私も最近知ったのだがな。他にも数千万の価値のある宝石類、金塊と……悪を懲らしめていると報道された事もある。一度、その姿がカメラに収められて話題になったのだが知らないか?」

「覚えています。かなりの美人だって」

「葵も刑事になってから、ちょくちょく情報を集めているようなんだが、生憎あいつは一課で管轄外だからな。捜査したくても、なかなか思うようにいかないようだ」


 葵さん、何かナイトレディを追う理由でもあるんだろうか。


「と、続きを頼む」

「は、はい。えっと……今年に入り、ピタリとナイトレディの被害が激減したが、昨日県警に予告状が送られてきたようです」

「……その予告状、暗号めいていないか?」

「いかにも、って感じですね。読みますよ」

「頼む」

「……『時を刻みし半分の月は騎士の頭上を照らさず、双子の最後を照らし出す。その日の十一時に、我がこの愛を取り戻しに参上します』……最後に、怪盗ナイトレディ、と。これは、金田源次郎氏に向けられた予告状、だそうです」

「なるほど。だが、最後の文がやたら不自然だな」

「我がこの愛を取り戻しに……元々、ナイトレディの物があったんでしょうか。愛ってのも抽象的と言うか、そのままの意味ではないようですね」

「警察側はどう見ているか、書かれているか?」

ある程度の文章を速読し、涙子さんの必要としている情報を伝えた。

「愛と言うのは宝石言葉ではないか、と言う説が濃厚みたいです」

「その可能性もあるな。しかし、祖父の所に来たか……」

「え。祖父って事は」

「ああ。私の祖父で、父さん……京助の義理の父に当たる」


 と言う事は、つまり、母方の祖父と言う事か。


「君の思っている事はわかるよ。母は、私が小さい時に家を出ていった。それっきり、祖父の源次郎とはたまに挨拶や食事をするだけの間柄になってしまったが、あの人にも黒い噂があるにはある」

「そうなんですか」

「今度、父さんと挨拶に行ってみるか。君も来るか?」

「は、はい。前半の予告文にも触れられていますけど、読みますか?」

「時を刻みし半分の月、か。君はわかるか?」

「これが予告した日を表すと言うのは……双子の最後を照ら出す、と言うのは十二星座の双子座の事でしょうか?」

「私もそう思う。双子座は五月二十一日から六月二十一日までに生まれた人の事を指している。その最後の日、六月二十一日の十一時の事だろう」

「でも、これじゃ、夜に来るのか昼に来るのか……わかりませんね。怪盗ですから、昼に盗みに来るのは考えづらいんですけど……昼にも月は出ますし」

「騎士の頭上、だよ」

「騎士の頭上?」

騎士。英語で『Knight』……。

「頭上を照らさないと言う事は、頭文字を取るって事ですか」

「そう。同じ発音で二つの意味を持つ騎士と夜をかけたんだよ。名前にもあるナイトレディは、夜を翔ける女怪盗、彼女の剣の腕前を踏まえて女騎士、ナイトレディと名付けられたんだ」


 この怪盗に、そんな経緯があったのか。


「めぼしい報告は、他にはないか?」

「なさそうですね」

「よし。では、でかけるか。毎日事務仕事で嫌になってきた頃だろう?」

「い、いえ僕はそんな事……!」

「遠慮するな。君がエスコートしてくれればルークも休める。もちろん、ついて来てくれるな?」


 無邪気に尻尾を振りながら撫でられているルークを一瞥し、微笑む涙子さんを見ながら僕は頷いた。

 もちろん、頷くだけでは彼女に伝わらない。だから僕は、嫌味一つ含ませずにこう言うのだ。

「わかりました。ご一緒させてください」

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