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デュアル・フィールド  作者: 太刀河ユイ(飛竜院在九)
第一章・揺れる遺体と公共プール
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出会い(旧プロローグ)

 月島探偵事務所。

 ここが今日から僕のアルバイト先になると聞いて、正直言うと困惑していた。


 高校生活最後の春だと言うのに、まだ自分の進路すら決めていない。

 そんな僕を見かねてか、両親が知り合いの経営しているアルバイト先を紹介してくれるように手配してくれたのだ。

 そこまではいい。両親にお礼の一つでも述べたいほどには感謝もしていた。

 感謝の気持ちをどう言葉にすればいいのか胸の内で整理している真っ最中。僕の視界にとある豪邸が飛びこんできたのだ。


「住所はここでいいはずだよね」


 メモに記された住所には、確かにこの月島邸がある。

 表札の横には、それを上回る大きさの『月島探偵事務所』と書かれた看板。

 豪邸から漂う並々ならない威圧感に耐えながら、僕は玄関の前に立った。

 なぜこんな豪邸を立てておいて、探偵事務所を名乗っているのかは謎だし、怪しさも満点だ。逆に調べたくなってくる。

 玄関脇にあるチャイムの鳴らし、待っていた三秒では、その応えは見つからなかった。


『誰だい?』


 この豪邸の主が、テレビドアホンとスピーカーを通じて僕に問いを投げかけてくる。


「えっと、柚木薫です。アルバイトの紹介で来たのですが、こちらの月島探偵事務所で間違いありませんか?」


 やや緊張気味にスピーカーに向かって話しかける。


『ああ、ここだよ。なるほどね、今鍵を開けるから、少し待っていてくれ』

「はい」


 中から階段を降りる音がした後、カチャリのドアの鍵が開けられた。

 もう一度、カチャリと鳴る。二重ロックか、そうだよね。こんな家だもん。


「ようこそ」


 ドアが開かれ、顔を覗かせたのは百七十センチ前後の男性だ。歳は四十代ほどだろう。僕の父親と同じくらいだ。そういえば、知り合いって言ってたっけ。


「どうも。はじめまして」

「君が薫君か。俺は月島京助、ここで探偵事務所をやってるんだ」

「イメージと随分違いますね」

「家を離れられない理由もあるんだ。それに、事務所はここだけじゃないんだよ」

「え?」


 事務所はここだけじゃない? ここ以外にもあるんだろうか。


「ささっ、立ち話もなんだし、中に入って」

「は、はい」

「仕事仲間の紹介もしたいからね」

「仕事仲間、ですか?」

「君には、彼女の助手と言う事で働いてもらおうと思っているんだ」


 なんというか、いきなりハードルの高い仕事を押し付けられそうな気配がした。

 助手と言う事はすべてを任せられる事はないだろうけど、その仕事仲間と言うのは、たぶん……。

 いや、きっと思い違いだろう。


「この部屋で待っていてくれるかい?」


 案内されたのはリビングだった。ぱっと見ただけでも、二十四畳はある。


「そこの白いソファに座っていてくれて構わない」

「わかりました。失礼します」


 お言葉に甘えてソファに座ると、京助さんは奥の部屋へ進んでいってしまった。


『問題ない。自分で歩ける』


 扉越しに声が聞こえた。京助さんじゃない、凛とした女性の声だ。爽やかだけど、低めに作っているようにも感じた。

 少し気になって、様子を窺ってみようと身を起こす。


『ルーク。Follow me』


 でも、英語? ついてこいって、なんでわざわざ英語に話しているんだろう?


「えっと、柚木と言う者は?」


 部屋に入ってくるなり、辺りを見回すようにきょろきょろとする女性。

 だが、周りを見渡しているわけではないようだ。

 そして僕は、この人を知っている。


「ん。そこか、初めまして」


 少し男勝りな口調に似つかわしくない華奢な体。手に持っているのは白い杖だ。

 左目には白い眼帯を付けている。


「い、いえ。僕、柚木薫と言います」

「君がそうか」


 自己紹介すると、彼女は笑顔で応えてくれた。


「私は、月島涙子。見ての通り、目が見えない。少し前まではちょっとした有名人、だったんだがな」


 多少だが、自虐とも取れる口調でそう言い放った。

 月島涙子と言えば、数年前、怪盗ナイトレディと同じく新聞を賑わせた人物の一人だ。中学生の若き探偵として。


「それで杖を使っているんですね。と言う事は連れているのは」

「盲導犬のルークだ。三年の付き合いになる」


 ルークは尻尾振り、ただそうやって挨拶してきた。どうやら、あまり吠えないタイプらしい。無暗に吠えないようにしつけられているんだろうか。


「さて、挨拶はいいかな」


 京助さんだ。


「父さん。いろいろ試してみたいが、仕事の内容はもう伝えたのか?」


 涙子さんっては、親にもこんな口調なのか。


「京助さん。あの、仕事仲間って、もしかして涙子さんの事ですか?」

「ああ、そうだよ」

「その様子では、何も話していないのだな」

「ハハハ……。急だったからね」


 しっかりしているように見えて、案外無計画なのかもしれない。

 この話も知り合い同士だったから、と言うコネクションから来たものだから仕方ないとして。


「それで、仕事の内容を教えていただけませんか?」


 話を進める為、本題を切り出した。


「ああ、いいよ」

「私から話してもいいかな」

「どうぞ。パートナーになる人かもしれないからね」

「ぱ、パートナーって大げさな!?」


 でも、そうか……。彼女が盲目で、僕が助手という事は、やる事もだんだんわかってきた気がする。


「君には、私の目になってもらいたい。文字通りの意味だ」


 私の目になってもらいたい。

 この言葉に、どれほどの意味が込められているのかは僕には想像もできなかった。

 彼女の表情は偉く真剣だったが、ここから語られるのは突拍子もない話。


「信じてもらえるかどうかわからないが、私には特別な力がある」

「へ?」


 つい、間抜けな声をあげてしまう。

 無理もないだろう。特別な力、超能力やそんな類の……冗談だろうか。


「涙子。ゆっくり話そう」

「すまない。だが、他にどう言えばいい? 事実だ」


 カメラでもあるんじゃないだろうかと、思わず辺りを見渡した。


「やってみせた方が早い、な」

「わかった」


 涙子さんの言葉に従い、京助さんは胸ポケットから何かを取りだした。

 メモ帳だ。至って変わったところはない。

 それとかけていたペンを抜き、僕に近づいてきた。


「はい、これ」


 メモ帳とペン。両の手をスッと僕の前に出して、続けてこう言った。


「今から、そう。なんでもいい。何か文字を書いてくれ」

「え、何かって……」

「好きなものでいい。単語……記号とか、何かのマークとか」


 さっぱり意図がわからなかったが、とにかく何かを書けばいいらしい。

 僕は思いつくまま、今日の日付と今朝食べたシリアルの商品名を書き殴り、それを丸い線で囲った。


「……しまった」


 突然、彼女が頭を抱えてそう呟いた。


「え、どうしたんですか」

「いや、あと三日で父さんの誕生日だと言う事をすっかり忘れていた」

「…………」


 拍子抜けした。


「涙子、一応僕ここにいるんだけど……」


 苦笑気味に、京助さんが涙子さんを一瞥する。

 いまいち彼女のペースが掴めなかった。その戸惑いは徐々に大きくなっていく。


「ナッツフレーク社の商品だな。栄養が偏りそうだが、朝食には気を使った方がいいと思うぞ」

「えっ」


 とっさにメモを見る。

 このメモと、今彼女が言った『ナッツフレーク社』には関連がある。

 間違いない。

 このシリアル食品の商品名の会社名を、彼女は口にしたのだ。


「なんで?」

「見えているのか、か?」


 本当は盲目じゃなかったり?

 いや、彼女は今目を瞑っているし、第一盲導犬を連れて白杖まで付いているんだ。

 ここまで手の込んだ悪戯をする人には思えない。

 これが海を越えたテレビ局のドッキリ番組でもなければ、話は変わってくるけど。


「僕は、ただ直感でメモを書きました。だから……」

「そうだ。私があらかじめ内容を把握するのは不可能だ」

「見えているんですか? 本当は盲目じゃない、とか」

「五十点、だな」

「へ?」


 ただわからぬ間に、点数を付けられた。


「今の推理だよ。でも、こんなオカルト話をしたところで、信じてもらえるかどうかわからない」


 オカルト話?


「何か、種のようなものがあるんですか?」

「そうだな。君が今見ているものは、なんだ?」

「え。涙子さんと……京助さん。あと、この部屋にある家具ですね」

「それは、今君だけが見ているものじゃないんだ。君と同じものを『視』て共有している」

「そ、そんなこと」

「ありえない。そう思うなら、また何か書いてみるといい」

「…………」


 何も言い返せなかった。

 今日の新聞を引っ張ってくれば、あらかじめ内容を暗記していたとでも言える。

 他のものでも、同様に揚げ足を取る事は容易い。

 でも、それができない。彼女が『見た』のは、僕がその場で書いたものだから。

 そうなるように、二人は僕にペンとメモを渡したんだろう。


「どういう仕掛けなんですか……」


 さっぱり訳が分からなかった。


「元々あった能力としか言えないな」

「僕の家系に現れる特異体質なんだけど、どういう仕組みかはわかってないんだ」

「それが事実なら、京助さんも?」

「うん。他人と視界を共有する力を持っている」

「他人と視界を共有……」


 僕が見ているこの景色を、この二人は見ることができるのか。


「つまり、目になってほしいと言うのは」

「察しがいいな。そうだ、私がこの能力を使用する際、近く、または現場の最前列にいてほしい」


 盲目の涙子さんが現場の状況を把握するには、確かにこの方法が一番だな。


「この能力の共有対象になって、探偵活動をする手伝いをするんですね」

「ああ」

「心配するな。君の体に害はない」

「あ、いえ、そんな」

「いいんだ。なかなか頼める相手がいなくて、困っていたんだ」


 やっぱり探偵職って、大変そうだな……。


「秘密厳守で、お願いね」


 京助さんだ。


「は、はい!」

「この力の都合上、見たくないものまで見ちゃうかもだけど。死体とか」

「あー……」


 目には入るかも知れないけど、『見る』だけでバイト代が入る訳だし。わりといいバイトなのかも?


「そういった類の依頼は、ほとんどないだろう?」

「最近はね。じゃあ、薫くん。これにサインしてくれる?」


 京助さんが持っていたファイルから、一枚の紙を取り出す。


「契約書、ですか」

「一応仕事だからね」


 契約書に書かれていて最初に目に止まったのは、学生にとっては高額の時給。

 そして、現場保存に関する諸々の項目。

 現場で見た情報を、口外しないと言った秘密厳守の決まりごともあった。

 一通り読んだ後、自分の名前と印鑑を押し、提出する。


「はい。確かに」

「これからよろしく頼む」


 スッと差し出された手は、僕から右に少しだけズレていた。

 ずっと視界を共有している訳ではないんだろう。


「よろしくお願いします」


 少し横に動いて、彼女の手を取る。

 思ったよりも小さな手だった。


「ふふ……」

「?」

「あ、いや。君とは、上手くやれそうな気がする、と思ってな」


 そう言って彼女は、少しだけ繋いだ手に力を込めてきた。

 決して強い力ではなかったが、そこからは確かに彼女の自信が伝わってきた。

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