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デュアル・フィールド  作者: 太刀河ユイ(飛竜院在九)
第一章・揺れる遺体と公共プール
4/17

一ヶ月前の事件(解決)

 春日井警部は胸ポケットから電話を繰り出し、名前も確認しないで電話を構えた。


「どちら様ですか?  すいませんが、今業務中でして……」


 喋り出した春日井警部の表情が変わったのは、その一瞬先の事。


「あ……て、てめぇ。まさか今まで……わかったよ、好きにさせろって言うんだろ。くそっ!」


 乱暴に電話を切り、こちらを一瞥する。


「続けろ」


 ただそれだけ告げると、プールサイドにある休憩用のパラソルに設置された白い椅子に腰かけてしまった。


「薫君。確証があって言っているのよね?」

「はい」

「ふん!  じゃあ柚木君、これで私が犯人でないと言う事になれば、名誉棄損だからな」

「いいですよ。この賭け、乗らせていただきます」

「か、薫! そんな探偵みたいな真似やめてってば!」

「馬鹿な賭けをするなぁ、君も。火ノ川にそっくりだ」

「それはあなたもじゃないですか?」

「……なんだと?」

「揺れていた遺体は、七メートルの飛び込み台に吊るされていました。その飛び込み台に昇るには専用の階段をする以外は梯子程度しかなく、他の飛び込み台とも階段は共有されています。通路は狭く、人一人を抱えて昇るのは体力がいる」

「そうだ。わしには到底、そんな事はできんよ。だから、奴が勝手に自殺して」

「そうじゃないんです。火ノ川さんは自分の意志で飛び込み台に昇ったんです」

「え、薫。それ、どういうこと?」

「火ノ川さんは、あなたが脱税した資金を発見した。それは、刑事である葵さんの耳に届いていたんです。でも、その証拠はどこにもなかった。そこで火ノ川さんは、あなたに何か賭けをふっかけたんじゃないですか?  今みたいに」

「…………」

「脱税の事を黙っておくかわりに借金を帳消しにしろ、って脅されたとか、そんな所だと思うんですけど……そうだとしたら、ただの脅しだ。でも火ノ川さんは葵さんがないと言った、あなたの脱税の証拠を掴もうとしたんです。違いますか?」

「その証拠はどこにある? 脱税だの、火ノ川との賭けだのと……そんな証拠」

「あなたの様子を見てればわかりますよ。この携帯のロックが外れた時、大変驚いていましたから」


 火ノ川さんの携帯を見つめ、一番新しいボイスレコーダーのファイルにカーソルを合わせる。


「午後十時頃の音声ですね。十分くらいでしょうか」

「この頃、何をしていましたっけ」

「その時間は、仕事を終えて一時間程度した頃だったが……」

「では……この時間、あなたはなぜここにいたのでしょうか」


 僕も初めて聴く音声ファイル。

 午後十時、火ノ川さんが録音ボタンを押した瞬間からの音声が流される。

 周りにも聞こえるように声を拡散させるよう設定し、オーナー、そして葵さんと警部、その他の刑事達に聞こえるように携帯を掲げた。


『んじゃあ、認めるんだな?  てめぇが脱税しているって』

『……どうする気だ?』

『この会話は録音してある。携帯には暗証番号を入れておいたから、簡単には消させねぇよ?』

『で、では!  賭けをしようじゃないか。お前が勝てば、この脱税した金の三分の一……いや、半分を横流ししてやる!  もちろん借金はチャラでいい!』

『そりゃあ、随分都合のいい話だよな。で?  俺が負けたらどうするんだ?』

『内容を聞けばすぐにわかるさ』

『ほお、聞こうじゃないか』


 ここで音声は一時停止し、オーナーの様子を伺う。


「火ノ川さんは、この後あなたと賭けをした。火ノ川さんの体内から検出されたと言う睡眠薬。あなたはこれを火ノ川さんに飲ませたんだ。それも、不眠症治療に使う強いものをね」

「飲ませたって言っても、そこは飛び込み台の上だったはずよね?」

「葵さん、やっぱり水か何かに混ぜて飲ませたと思っています?」

「そうね。運ばれた遺体の制服の中に、小さな水筒もあったし、仕事中に飲んでたんじゃないかな」

「し、しかしだ。そんな水筒の中に睡眠薬なんて混ぜられないだろ。大体私の使っている睡眠薬は、そんなすぐに水には溶けないはずだぞ」

「溶けなくてもいいんですよ。だって、それも賭けの一部だったんでしょ?」

「な、何?」


 賭けの内容。

 それはこのボイスレコーダーの続きを聴けばすぐにわかるはずだ。

 揺れていた冷たい遺体。上の飛び込み台に吊るされた携帯電話。睡眠薬を使っていた事、これを踏まえて行われた土橋オーナーと火ノ川さんの『賭け』は余りに残酷だと思う。

 想像できてしまった僕は、自分の想像力さえ呪いたかった。

 推理した内容を喋っている途中にも関わらず、僕はそんな事を考えてしまう。


「間違えているなら……それはそれで、いい事でしょうね」

「ね、ねぇ薫君。火ノ川さんは、どうやって……」

「火ノ川さんは七メートルの飛び込み台に座り、睡眠薬を飲んだんです。首に縄をかけ、手を後ろに縛った状態でね」

「そ、それって」

「火ノ川さんが眠りにつけば、バランスを崩して首を吊ると言う仕組みです。手を縛ったのは、自分で縄を解かせないためでしょう」

「でも、あんたが見つけた時は火ノ川さんの腕は縛られていなかったんでしょ?」

「いや、眠った後に切ったんだよ。その辺は単純。まず、睡眠薬を飲まされた火ノ川さんは数時間で眠ってしまった。睡眠薬に耐性のない人間なら、その薬の効果にはまず逆らえないはずだ。眠りについたのを確認したオーナーは手頃な刃物で縄を切って、ポケットから携帯を抜き取り、十メートルの飛び込み台に昇って、携帯電話のストラップを利用して柵に括りつけた」

「でも、その携帯にはボイスレコーダーがついていた訳だし、そんな致命的な証拠、残しておく訳にはいかないんじゃない?」

「致命的だからこそ、ですよ。すぐ下には水があるし、処分するならいつでもできると思ったんだろう。火ノ川さんのシフトは深夜で固定されていて、起床する時間も大体決まっていたけど、オーナーも言っていましたよね」

「な、何をだ?」

「……君との交代時間にアラームをセットしていたな、ですよ。火ノ川さんは僕との交代時にアラームを鳴らしていた。僕が少しでも遅刻すると文句を言うからです。と言っても、その時間は三十分早くて、その早い時間は雑談を行うんですけどね」

「…………」


 土橋オーナーは黙ってこちらを睨みつけるだけで、何も言うつもりはないようだ。


「アラームの事だけを知っていたあなたは、これを利用しようと考えた。交代する三十分前にアラームが鳴って、火ノ川さんはその音で起き、それと同時に狭い飛び込み台から落ちて首を吊ると言う仕組みです」

「薫君。あなたが来た時にアラームは鳴っていたの?」

「いえ、鳴っていませんでした。アラームは止めるまで鳴り続けるタイプと、何回かコール音が鳴ってから止まるタイプがあります。火ノ川さんがその際に設定していたのは、恐らく後者。だから、僕が飛び込み台を駆け上がる間に止まってしまったんだと思います。携帯もアラームの画面でしまっていました。携帯はこの仕掛けに利用する為、ギリギリまで壊さなかった。僕を清掃前に呼び出しておいたと言う事は、あなたは僕を第一発見者にしたくなかったから」

「そ、それは」

「あなたがこの部屋に現れたのも、それが理由ですよね。僕が既に火ノ川さんの遺体を発見していたから、携帯の回収を諦めて入口にいた雪絵と会ってアリバイを作った。……ですが、このトリックなら、こんなアリバイはその場しのぎでしかない」

「そうね。本当なら携帯が鳴って火ノ川さんの首が吊られた時には、薫君はオーナーと会っていた。話しながらプールに行こうとでも言って、火ノ川さんの遺体を見つけ……薫君に救急車を呼ばせている間に携帯を回収してしまえば、自殺に見えてしまうって事かしら」

「さすが元高校生探偵だね、お姉ちゃん」

「元、ってのは間違ってないけど……なんか癇に障るわね」

「土橋オーナー。僕の推理、何か間違っていますか?」

「…………しょ、証拠はあるのか?」

「証拠ですか?」

「確かにそのボイスレコーダーに記録されていた内容は本物だ! 脱税もしている事も認めざるを得ない。だが殺したのはわしである必要はないだろう。部外者の可能性もあるじゃないか!」

「携帯のアラームの事を知っていたのは、僕とオーナーのあなただけだと思うんですけどね。じゃあ、あなたの手荷物か自宅、もしくは周辺のゴミ集積場を探ってみましょうか?」

「な……なに?」

「あなたが縄を切ったハサミ……いや、ハサミだったら手首に傷を付けるミスは起きにくいですね。カッターか何かでしょうか?」


 カッター。この単語で土橋オーナーの表情が一瞬歪み、そして視線を左に逸らされた。


「では、探してみましょうか。手荷物、あとは――」

「あっ、薫君。ストップ」

「え、何か間違えてましたか?」


 突然葵さんの制止が入り、僕は言葉を詰まらせてしまった。この制止の間に緊張で口が渇いていた事に初めて気付き、口の中で少し舌を動かしていると――


「そうじゃないんだけどね。ちょっとごめんね」


 葵さんが掌を立て「ごめんね」とそれらしいポージングを取ると、胸ポケットから携帯電話を取り出した。それからボタンを数回操作して、耳元に構えず、無線機の要領で話しかけた。


「ツッキー、聴いてたー?」

『ツッキーはやめろ。土橋オーナーの視線の動き方からして、手荷物ではなさそうだな。大方、事務所の机にでも隠してあるのだろう。二重底の可能性もある。入念に探ってくれ』

「そ、その声は!」


 間違いない。さっきまで僕が電話していた女性の声だ。


「電話、変わる?」


 葵さんから電話を差し出され、僕はどう言っていいのかわからず、気付けば無言で頷いていた。

 右耳に電話を宛がい、その声を聴く事だけに集中する。


『合格だよ。少々大味な推理ショーだったがな』

「辛口ですね」

『いや、初めてにしては見事だったよ。刑事達もいたのにな、度胸があるというか、そういう男は嫌いではない』

「出すぎた真似だと思ったんですけど……でも、フォローありがとうございました」

『何の話かな?』

「ははっ。推理は得意でも、嘘は下手ですね」

『少し傷つくな』

「あの……なぜ僕にこんな事をさせたんですか?」

『テストだよ』

「テスト、ですか?」

『一ヶ月後、君にアルバイトを紹介する為のテストだったんだ。恐らく、先に君の両親へ話が行くだろう。両親が了承すれば君に紹介してもらう』

「じゃあ、そのテストって言うのはこの殺人事件だったんですか?」

『……そうだ。まさか、こんな事になるとは思わなかったがな。火ノ川と言う男は君と葵の知り合いだったと言うのも、事件の途中で知った。私は残酷な事をしていたのかもしれない。謝罪しよう』

「い、いえ……それはいいんですけど、何のアルバイトなんですか?」

『まずはそうだな。今日行った私との電話は、なかった事にしてほしい』

「なかった事に?」

『君が遺体を見つけるまでは、君の監視をするだけのつもりだったのだ。詳しい事は一ヶ月後に話したいのだが、それまで待ってもらえるだろうか?』

「僕は構いません。それと、一つよろしいですか」

『何かな?』

「あなたは月島涙子さん、なんですか?」


 この人の電話で葵さんが言い放ったツッキーと言うのは、葵さんが付けたあだ名。これは完全に直感だけど、僕はこの人と探偵のような事をしている……と思ったのだ。

 あの飛び込み台の上に昇った時、彼女にフォローするとまで言われた僕が先ほど推理を披露した時、この人は僕に何かを求めていたと、そう思った。

 この事件だって、僕は情報を提供すれば葵さんの推理力で簡単に解決したはずだ。

 彼女は一つ息を吐き、静かな声でこう言い放った。


『……次に会う時は、初めましてだからな。柚木薫君』



 その後、事務所から一本のカッターが押収された。

 事務所の備品であり、少し切れ味が落ちたものだった。

 カッターの刃には火ノ川さんの殺害に使われた縄の繊維と、微量だが火ノ川さんのDNAとオーナーの指紋も検出された。と、葵さんから話されたが、後日呼ばれた事情聴取では嫌味が半分以上を占めていた。

 探偵気取りであんな推理をしたのは、僕を入れて三人目だと言う。

 葵ちゃんもそうだったよねー、と高校生探偵時代であろう思い出を引き出され少し赤面していたが、火ノ川さんを亡くした憂いはまだ瞳に残っている様子だった。

 葵さんが二人目だとすると、それより前の一人目は彼女……月島涙子さんなんだろうか。

 そして僕は数週間後、両親からとあるアルバイトを紹介された。ただ行ってみればわかるとだけ言われ、僕は今そこに向かっている。


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