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デュアル・フィールド  作者: 太刀河ユイ(飛竜院在九)
第一章・揺れる遺体と公共プール
2/17

一ヶ月前の事件(捜査)

 しばらくして、葵さんの要請を受けた県警の刑事達が到着した。葵さんは上司であろう厳つい顏をした中年の男と話をしている。


「すると葵君。君はこの第一発見者である柚木薫君の通報でここに駆けつけ、現場を確認。後に我々に応援を要請した、と?」

「はい。丁度、夜勤を終えた頃に電話を受けました。確認の為に急行したんですが、発見時、遺体は揺れていたとの事です」

「と言う事は、首を吊った直後に救命措置をすれば助かったんじゃないのか?」

「そう思い、遺体を引き寄せたら、既に冷たくなっており、脈もなかったと」

「冷たく、か……。素人目だろうが、あの高さじゃ即死だろうな。死斑は?」

「出ていません。首吊りの場合、死斑は下半身に集中しますが、遺体には確認できませんでした」


 と、ここで刑事達の目が僕に向けられた。


「柚木君、だったな」


 中年の刑事が僕に一歩近づいてきた。


「はい」

「本当に発見した時、遺体は揺れていたのか?」

「間違いありません。火ノ川さんは七メートルの飛び込み台から首を吊っていて、助けようと五メートルの飛び込み台の上で遺体に触れました」


 亡くなっていたなら現場保存に徹した方がいい。だが、揺れていたあの現場で駆け寄らないなんてできない。昔から知っている人なんだから。


「警部。この子は現場保存の知識は持っています。遺体が揺れていたのは本当かと」

「わかった。お前の知り合いと言うのなら、今は、信じてやろう」


 葵さん、結構信用されているんだな。さすが大卒から警察官になってすぐ刑事にあがって言っただけの事はある。


「か、薫!」

「雪絵?」


 部屋の外から声をかけてきたのは、騒ぎを聞きつけてきた雪絵だ。一応メールは送って置いたけど、少し心配させてしまったんだろうか。


「け、怪我とかしてない?」

「うん。でも、火ノ川さんが……」

「メールで見たよ。お姉ちゃんが一番ショックだと思う。私には家に帰りなさい、って言っていたけど、やっぱり心配になっちゃて」


 雪絵の視線の先には、姉の葵さんがいた。あの人は今オーナーの土橋浩介さんと話している。


「昨日はここで仕事を終えた後、家に帰りましたよ。ですが、深夜に起きてしまったので、近くのコンビニまで夜食を買いに行きました」

「仕事を終えたのは?」

「夜の九時過ぎですね。家に着いたのはその三十分後ですかね」

「コンビニに行った際のレシートは?」

「ああ、こちらにありますよ。財布の中です」


 と、オーナーは財布の中から一枚レシートを取り出し、葵さんに手渡した。


「時間、何時だろう」

『深夜の四時だな』

「うわっ!」


 右耳にはめていたイヤホンから突然、変声器越しの声が飛び込んできた。そうだ、こいつとずっと通話を繋げたままだった。


「いつまで繋げてればいいんだよ、これ」


 煩わしくなり、イヤホンの端子を抜く。


『この事件が解決するまでさ。それより、いろいろと情報を集めないとな』

「薫、あんた誰と話してるの?」

「葵さんの知り合いらしいんだけど……」

「お姉ちゃんの?」

『さて、薫君』

「……なんですか」

『すまないが、刑事達の目を盗んで、十メートルの飛び込み台まで上がってくれないか?』

「は!?」

『葵はああやって忙しいようだし、君も見逃している点はあるだろう?』

「僕が? いや、でも僕が捜査することなんてないでしょう」

『君は、犯人がこの部屋に入ってくる所を見ているのだろう?』

「いや、直接見た訳じゃないんです。そもそも、あれが本当に犯人だったのかどうか」

『その確証を得る為に動くのだ』


 どうなっても知らないぞ……。


「じゃあ、雪絵。悪いんだけど先に帰っててくれ。俺、まだいろいろ聞かれると思うから」

『いや、彼女にも協力してもらう』

「え、ちょ」

『彼女には、葵以外の刑事達の気を引いてもらう。一人でいいんだ、頼んでみてくれ』

「って言っているんだけど、聴こえた?」

「……一応ね」


 雪絵は呆れ顔だ。


「で、気を引いてからどうするの。素人さん」


 僕は黙って、十メートルの飛び込み台を指差した。雪絵はすぐにその下を確認し、バリケードテープが貼られているのを見ると、


「本当に行くの? 怒られても私知らないからね?」

「……はい」


 覚悟はしているつもりだ。

 僕も本当に犯人がいるなら、見つけ出したい。それは雪絵も同じようだ。


『運が悪ければ、もう証拠はほぼなくなっているだろうな』

「回収されたって事ですか?」

『そうだとしても、あれからすぐに刑事である葵が来たんだ。遠くまで捨てに行く時間はなかったはず。この建物の中にいる事は確かだろう。まだ刑事達もあそこは調べてなさそうだ』

「じゃあ、雪絵。悪いけど、頼む」

「はあ……わかった、誰か呼んでみるから」


 オーナーは葵さんと、雪絵は葵さんと歳の近い刑事の男を呼んで、いろいろと事情を聞き始めた。あの二人は火ノ川さんと親戚だし、話は長引かせる事ができるだろう。

 顔の厳つい警部がいないな。他の刑事も鑑識と話しこんでいるし。関係ない十メートルの飛び込み台には、誰も近づいていないようだ。

 イヤホン端子を付け直し、いざ飛び込み台へ。

 バリケードテープをくぐって、十メートルの飛び込み台に上がる階段を音を立てないように昇っていく。


『しかし、一番の謎は揺れていた火ノ川と言う男の遺体だな。首を吊った瞬間に君が現れたのだとしたら、どうやって彼に首を吊らせたんだ』


 耳にはイヤホンを挿したままで、この声も当然聴こえる。


「なぁ」

『どうした』

「なんで遺体が揺れていた事を知っているんだ? あの場所には僕しかいなかったはずだけど」

『ふむ。気になるのはわかるが、それは言えない。そうだな、この事件を我々が解決できたら、教える機会を作ろう』

「我々? 警察ってこと?」

『落第だな』

「え」

『君の、その推理だよ。葵でもよかったんだが、なんだろうな。久しぶりにワクワクしてきたよ』

「人が一人死んでるって言うのに……」


 とんでもない奴だな。未だに変声器を外していないし。これじゃ、男か女かも判断できない。


「もしかして、俺とお前で事件を解決しようって言うのか?」

『うむ、そうだ。何かあれば、私がフォローしてやる。さて、飛び込み台に着いた事だし、いろいろ見てみよう』


 この電話相手の言われるがまま、こっそりと飛び込み台の様子を探る。ここは火ノ川さんが首を吊っていた場所でも、僕が火ノ川さんを寝かせた場所でもない。ここには来ていなかったが、何かあるんだろうか。


『ん? 君、少し右を向いてくれ』

「え」


 言われた通り、右に視線をずらす。

 すると、何かが柵に引っ掛かっていた。バットとグローブ……どうやら野球をモチーフにしたストラップのようだ。それが縛られるような形で柵の下の方に吊るされている。

 ポケットからハンカチを取り出し、被せるようにして携帯を回収する。

折り畳み式の古いタイプの携帯のようだ。


『あとでバレると面倒だ、ストラップはそのままにしておけ』


 バレると面倒って……。葵さんの知り合いって言うのは確かだけど……だんだんこの人の方が怪しく思えてきた。


「は、はい……」


 携帯は火ノ川さんのものだろうか。アラームの画面で止まっていた。アラームのかかっていた時間は――


「七時二十八分?」


 ついさっきだ。それも、僕がここに来た時間とちょうど被る。


『一つ聴きたいんだが、君は火ノ川と言う男は本当に自殺だったと思うか?』

「ぼ、僕は……」


 僕の目撃時には揺れていた遺体、冷たかった手足。矛盾したその二つの情報が何かのヒントになりそうなのに。


『君ならわかるはずだ。遺体を目撃した際、彼の体は揺れていた。それはまだ彼が首を吊って間もなかったと言う事。そうでなければ、誰かが体を揺らしたと言う事になるが……』

「人がいたとすれば、途中から入ってきたあの人影くらいですが」

『その人影は君を追ってきたのを見たか?』

「い、いえ」

『その人物は七メートルの飛び込み台、プールサイドと水面から離れていたそんな場所に、君と倒れた男の影がいたにも関わらず、声すらかけなかった』

「確かに犯人でないなら、声くらいかけますよね。そうでもなくても、怪しまれない為に何かしらのアクションを起こすと思うんです」


 もしかしたら、命に関わる状況だったのかも知れないけど、僕は飛び込み台の上からその影を見て、その場からすぐさま逃げ出した。

顔くらい見ておけば、今頃犯人が捕まっていたかもしれないのに。


『その人影は犯人に間違いない。私があのメールを送ったのは、あれが自殺に見せかけた他殺であると仮定していたからだ。君があの場にいれば、口封じの為に犯人から何らかの危害を加えられていた可能性があったからだ。刑事の葵にであれば、追えとでも言えたのだが、君は一般人だからな。奴が何もアクションを起こさず、あの場に現れたと言う事は、何かしらの証拠がまだ残っていたと言う考え方ができる』

「だから、十メートルの飛び込み台に何かあるって思ったんですか?」

『あの程度なら回収されたと思っていたんだが、どうやら君があの場にいたんで、回収を諦めたのかもしれない。犯人はここに入るなり、遺体を見つけた君の姿を見て、引き返した……この推測が正しければかなり計画的な犯罪だったはずだ。しかし、君が遺体を見つけた事で計画が狂った』

「だとすると、怪しいのは……あの人しかいませんよね」

『私も同感だ。トリックの見当はついているが、そこまでどう持って行ったのか』


 僕はただ巻き込まれただけの学生だ。でも、小説や漫画であるなら、こういう時どうする?

 新しい証拠を探す、被害者の事をもっと調べたり、思い出したりするのが基本だろうか。


「あの」

『なんだ?』

「火ノ川さんはオーナーにかなりの借金をしていたらしいんです。ここで働いていたのも、返済には何かと好都合だったからだって言っていました」

『なるほどな。どうやら、すぐそこに解決の糸口はあるようだな』


 この電話の相手は、なぜか嬉しそうにそう呟いた。


『葵に検死の結果を流してくれるように頼んである。それで恐らく、すべてが見えてくるさ』

「検死結果……」

『気になるか?』

「え?」

『気になるか、と聞いたんだよ。なぜか、そう思ったんだ』


 気になる。知的好奇心。興味、ただそれだけなはずなのに、この人にはすべてを見透かされてしまっているようだった。


「おい、お前! そこで何してる!」

やばっ!


 鬼のような形相で警部が飛び込み台に上がってきた。


「お前、確か遺体の第一発見者だったよな」

「え、えっとー……な、何か見えたので確認を……」

「何かァ?」


 ハンカチに包んだ携帯を見せ、僕は愛想笑いに徹した。それと反比例するように、春日井警部の表情はわずかずつ険しくなっていく。


「さっさと、ここから降りろ!」

「は、はい!」

「ったく、捜査の邪魔しやがって。おいィ、指紋つけてねーだろうなァ!」

今にも殴りかかってきそうな雰囲気だったので、僕はそそくさと退散した。

『あの人も相変わらずだな』

「……あの人、知っているんですか?」

『春日井警部だ。下の名前は剛だったはずだが、妻子持ちで正義感の強い男だ。少々融通は効かないが、葵は上司として慕っているようだぞ』


 春日井警部か。あとで謝っておかないと……。


『ところで薫君。あの携帯、妙だと思わないか?』

「そうですよね。なんであんなところに」

『彼はいつもあの時間にアラームを付けているのか?』

「火ノ川さんは清掃担当の僕と交代する時間に、アラームをセットしていたんです。それがあの時間でした」

『なるほどな』

「確か、携帯は目覚まし代わりにしていたって言っていました」

『あの時間以外にも、アラームをセットしていたかもな』

「あとで葵さんに相談してみましょうか」

『ああ。……そうだ、君に伝えなくてはいけない事がある』

「え? なんですか?」

『君は一つ、見落としをしている』

「み、見落としですか?」


 僕が聞き返すと、ガチャリと何かが電話に物がぶつかったような音が鳴る。


『左手首にはかなり浅い切り傷があった。……以上だ、健闘を祈るよ。探偵君』


 凛とした声で『彼女』はそう僕に告げた。どうやら、変声器を外した音だったらしい。

 女性だったのか――と驚いている間に、その通話は既に終了していた。

 口調は男のようでいて、変声器を外した声は間違えようのない女性の声だった。二時間四十五分と長い通話の中でほとんどは変声器越しの声を聴いていたけど、最後に聴いた声は高めと言う訳ではないが、自信に溢れる強い女性の声。なぜだろう、通話が終了した事を知らせる電子音に交じり、彼女の地声が頭から離れなかった。

 イヤホンをカバンにしまった後も、それは変わらない。

 手首に浅い切り傷。

 彼女は確かにそう言った。それが僕の見逃したもので、その情報が本物だとすれば、その傷はきっと、犯人が意図しない形で付いたもののはずだ。

 それほど浅い傷なら見逃しても不思議はないけど、なぜ彼女はそれに気付けたんだろう。検死結果を待っている今、火ノ川さんの遺体を直接確認する事はできない。

 プールサイドまで降り、葵さん、雪絵と合流して、携帯の事について報告した。

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