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デュアル・フィールド  作者: 太刀河ユイ(飛竜院在九)
第三章・怪盗ナイトレディとの因縁
12/17

巨大金庫と涙子の持ち駒

 金庫室は社長室の真下にあるらしい。

 三十六階に移動し、源次郎さんが金庫扉のある部屋のロックを外す。


「まずは、第一ロックだ」


 部屋に入ると、雰囲気はガラリと変わった。壁も別の部屋とは雰囲気が違う。床、天井、この部屋を囲う壁と言う壁は素材が違うようだ。

 そして、コンピューターが置かれたデスクが中央の巨大扉を見守るように設置されている。巨大扉には何かに使われるのであろう機材がある。あれが鍵になるんだろうか。

 他には何もない。あるとすれば部屋の角に四箇所、監視カメラが設置されている。


「社長、お疲れ様です」

「ああ。扉を開けたい」

「かしこまりました」


 と、スーツの男がキーボードを叩き出す。


「どうぞ」


 この言葉と共に、金庫扉から一度だけ音が鳴る。

 それを確認した源次郎さんは扉の前まで行き、ボードのような物の上に掌を重ねた。


「登録ナンバーゼロゼロゼロ、金田源次郎」


 ピッ、ピッと二つの電子音の後に、源次郎さんの顔に赤い光の線が通る。


「これは網膜センサーだ。それと掌紋と声紋の三重同時チェック」


 ピッ、と電子音が短く鳴り、巨大な金庫の扉は大きな音を立ててゆっくりと開いていく。


「最初はこの部屋のロック、コンピューターの暗証番号。これならあいつも手は出せまいよ」


 登録者の三重ロックと合わせて五重のロックか。すごい金のかけようだ。

と、金庫扉の向こうは案外整理させているのか殺風景だった。と言うか、何もない。

 中央に台座がある他は、壁一面が銀色であるのみ。壁はよく見ると、小さな棚になっているようだ。映画とかでよく見る銀行の金庫だ。


「巨大真珠は、この棚だよ」


 源次郎さんは「730」と番号を振られた棚からトランクを取り出し、中央のテーブルに置く。金具を外して中を開けると、中には写真で見た巨大真珠が入っていた。

 おお、見事にハート型だ。


「女性社員に写真を見せたら好評でな。写真を見られたら恋愛運が上がるなどと、今社内で噂になっているよ」


 はっはっは、と笑う源次郎氏。この巨大真珠の存在は秘密にしている訳ではないから、噂の出所は掴めない。だが、情報が社外に漏れるのもあり得る話だ。

 源次郎さんはそのまま見ていて良いと言って、その場を離れてしまった。

すると「001」と書かれた棚を空けて、中のトランクを取り出した。こちらのものと比べるとかなり小さい。


「さて、私も用事も済ませた。あまり長い間空けていると、警部殿に怒られてしまうからな。そろそろ引き上げよう」

「はい、お義父さん」

「薫君、呼び出しただけになってしまったがすまなかったな」

「いえ、警察が本格的に動くのでしたら、僕がでしゃばっても邪魔になるでしょうし」


 春日井警部が絶対にいい顔をしないだろう。


「話せてよかったよ。また涙子と会いに来てくれ」


 この場でそこで解散という事になった。僕と涙子さんは二人に見送られて、エレベーターに移動した。

 二人は三日後の警備について話し合うらしい。


「さて、追い払われてしまったな」


 エレベーターの扉が閉まると、涙子さんは顎に指を当てて「困ったな」とでも言いたげに話しかけてきた。


「仕方ないですよ。警察の警備に入れる訳もありません」

「うむ。だが、詰みではない」

「飛車角は落ちているように思えるんですが」


 王手をかけられているようにも感じる。


「我々だけではこの戦況は詰みだろう。なので、一人。盤上に駒を追加する」


 飛車角落ちと言う将棋の例えに対応するかのような表現だ。

 涙子さんはイタズラを思いついたかのような表情で人差し指を立て、携帯電話を取り出した。


「でも、誰を?」

「君もよく知っている人だよ。今から電話する」


 エレベーター内では電波が通じないので、降りた後で涙子さんは携帯電話を再度構えなおした。

 通常は相手側の電話番号を入力するか、アドレス帳から番号を呼び出すのが一般的だ。だが、涙子さんは盲目ゆえにそれでは不便すぎる。

 涙子さんは慣れた様子で携帯電話の音声認識機能で電話番号を呼び出し始めた。


「水原葵。発信」


 自動のプッシュ音と、三度のコール音が鳴る。便利だなと眺めているのも束の間、不機嫌なその人の声が電話越しに聞こえてきた。

 隣にいる僕でも聞こえるのだから、よっぽど大きな声なのだろう。

 そんな騒がしい声を涙子さんはいつもの静かな笑い声と「わかっている」とだけ返し、さっき僕らが源次郎さんと話していたことを伝えた。


「では、三日後に迎えに来てくれ。準備はそちらに任せる」

「あの……」


 通話を終え、携帯電話をカバンにしまう涙子さんに声をかける。

 電話の相手は音声認識の呼び出し時に発せられた知った名前だ。


「君にも三日後、迎えが行く。葵の車だぞ?」


 ああ、嫌な予感しかしません。




 何もする事はないと言われ、三日が過ぎた。

 その放課後、四時三十二分。


「お姉ちゃんが朝からご機嫌なんだけど、なんだか気味が悪いのよね」


 ホームルームが終わり、部活へ向かう準備をする雪絵がそんな事を知っていた。

 原因はナイトレディ関係だろう。

 葵さんの理由はどうであれ、怪盗ナイトレディに強い執着を持っているようだ。

 その強すぎる執着ゆえか、警備チームから外されたのだ。詳しく聞いた訳ではないが、涙子さんがかけた電話からは「ちょっと聞いてよ!」と言う葵さんの涙ながらの愚痴が聞こえてきたのだ。


「でも、機嫌良いと思ったら、朝からすごい顔で竹刀持って素振りしてんのよ?」

「へ、へぇ」

「今日と明日、有給取ったらしいのよね」


 よっぽど警備チームから外されたのが悔しかったのだろう。

 涙子さんがたくらんでいるのは恐らく、警察関係者の葵さんを巻き込んでナイトレディを捕まえる計画だと思われる。

 盤上に追加された葵さんは、嬉々として今頃計画を練っていることだろう。

 葵さんの反応が実にわかりやすい。警察官として任務外で動いていいのだろうか。

 始末書で済めばいいが、雪絵の話を聞く限りそんな事は一切考えていないんだろう。


「じゃ、私部活だから」

「う、うん。がんばってね」


 雪絵を見送って、携帯のメールをチェックする。

 そろそろ到着するから準備してね、というメールが葵さんから届いていた。校門の前まで来てと言う文章も添えられている。

 せめて制服を着替えさせてほしいが、直接会ってから文句を言うべきか。

 校門まで向かい、葵さんの車を待つ。

 待ち始めて数分後、けたたましいエンジン音が遠くから耳に入ってきた。

 最初こそ許容範囲だったものの、だんだんと近づいて来たエンジン音と共に、銀色に輝く音の発生源が視界に入った。葵さんの愛車だ。

 キィィィィィィッ、と言うブレーキと耳を塞ぎたくなるほどのエンジン音との不協和音を校舎に轟かせた直後に車は停車し、運転席側の窓が開けられる。


「よっ。高校生探偵」


 葵さんは愛車から顔を出し、なにやらご機嫌な様子で挨拶してきた。

 よう、不良刑事!

 と皮肉を言いたい気持ちもあったが、満面の笑みを見据えると恐怖心が蘇る。

 後ろ乗りなよ、と促されるが少し躊躇ってしまう。

 ええい、ここまで来れば乗りかかった船だ。

 後部座席に乗り込むと、前の座席には涙子さんが座っていた。


「では、まず落ち着いて話せる所に向かおう」

「お任せをー」


 葵さんが声を弾ませてアクセルを踏み込む。途端に体が後ろに持って行かれた。

 車のスピードに慣れた頃には、我らが母校は遥か後ろにあった。ふと涙子さんを見てみる。この人は涼しい顔で座っていた。なんて人だ。信じられない。

 その後、乱暴な発車と急停車を繰り返し、金田コンツェルン本社ビル付近にまでやってきた。

 口元に手を当て、吐きそうなるのをグッと堪える。

 たまに乗せてもらってはいたけど、葵さんの車は久しぶりだと体に毒だ。


「さって、まずは作戦会議ね?」


 ちょっとは休ませてほしい。

 その願いが通じたのか、街中に入りスピードが緩み出した。

 この刑事は交通課に行った方がいいと思う。そうすればルールを重視してくれるだろう。それが今後、この車に乗る人の為だ。

 そんな事を言えば姉妹揃って笑顔でいじめてくるのを僕は知っている。稽古と称して扱きが明らかにひどくなるのだ。怖い。


「おっ。あったあった」


 着いたのは街中にある有料駐車場だった。


「夜までここで待機ね」


 運転は乱暴だが、バック駐車は丁寧で上手い。ホッと一息つける貴重な時間だ。

 エンジン音が止まり、葵さんがシートベルトを外し、こちらに振り向いた。


「ちょっとこれ見てくれる?」


 葵さんが手渡してきたのは、この辺りの地図だろうだ。

 赤や青のペンなどで線が引かれている。それが集結しているのは、金田コンツェルンの本社ビルだ。


「ナイトレディのルートは二つあるわ。空から進入してくるか、地上から進入してくるパターンね」

「あと、麻雀荘の時みたいに変装したりとか?」

「そうね。その時の事は詳しく知らないけど、変装の対策はいろいろ練っていたみたい。私はそこで外されちゃったけどね。身長が近くて同じ女、それに感情的だからってチームから抜けるハメになったのよ。あああああムカツク!」


 だんだんとヒートアップしてくる葵さんを余所に、地図を見てみた。

 地上からのルートは一つだけ。車では通れず、バイクがギリギリ通れる狭い通路に青い線が惹かれている。

 そして、道と言う道をなぞらない赤い線。これは空からの進入通路だろう。


「でも、空から進入する事なんて……」

「ないと思うでしょ?」

「それがいろいろとやられてんのよ。遥か上空からパラシュート降下してきたり、街中を馬で駆け抜けて行ったり、ボートやハンググライダーで逃げられたり。あと」


 と、ここで葵さんがビルの上に目をやった。

 視線の先にはヘリが飛んでいる。テレビ局のものだろうか。


「ああいう感じのヘリに仲間や金で雇った人間がいたりして、進入や逃亡の手助けをしていたパターンもあったわよ」

「本当に何者なんですか」


 というか、馬?

 よくパトカーを撒けたものだ。


「しかし、今回は街中の高層ビルだ。進入の方法はいくらか限定できるし、逃げ場も少ないはずだ」

「そうね。問題は巨大金庫の場所なんだけど」

「三十六階です。社長室の真下だったかと」

「あー、空から進入した方が手っ取り早いわね」

「その分、屋上の警戒は強いのだろう?」

「ええ。今回は金庫のセキュリティも恐ろしく厳重だし、簡単には盗まれないと思うんだけど……なんか不安が残るのよね」

「私もだ」


 いつも強気な二人から、そんな弱音が漏れた。


「現場に直接行けませんからね。僕らにできるのは、万が一逃げ出したナイトレディを先回りして捕まえる事なんじゃ?」

「先回りか。奴の隠れ家がわかればいいんだがな」

「探しているけど、皆目検討もつかないのよね。日常生活で変装でもしているのかしら」

「この前は太田に化けていたからな。その可能性は高い」

「なら、進入するのをとっ捕まえるのは無謀ね」


 葵さんはお手上げのポーズをして息を小さく吐き、地図を見つめて難しい顔をした。


「チャンスは逃げ出す所かしらね。屋上からヘリに乗るか、ハンググライダーを広げて自力で逃げるか」


 わざわざ三十六階から地上に降りて、バイクで逃げるのは考えにくい。

 脱出ルートは空のルートで確定と考えていいだろう。


「そういえば、今日京介さんは?」

「父さんはお祖父様に頼まれてボディガードをしているよ。恐らく社長室か、指示があれば金庫室にも行くだろうな」

「ふーん。自分の女にはしっかり首輪つけておいてほしいんだけどねー……」

「……すまないな」


 そういえば、彼氏がナイトレディの追っかけになったとか話していたっけ。


「ま、源次郎さんと京介さんが、ナイトレディ……月島夜空と血縁関係及び夫婦って言うのは世間にも知られている事。なんで今更予告状を出してまで戻ってきたのか、気がかりなのよ」

「私にとってはどうでもいい事だがな」

「捕まえる事しか考えてないものね。それでもよ、この予告状の最後の文章。これがどうにも引っかかるのよね」

「僕もです」


 我がこの愛を取り戻しに参上します。

 盗む対象を記しているのは、辛うじてわかる。

 もしかしたら、そんなに難しい事じゃないんじゃないんだろうか。


「でも、このままここでナイトディが出てくるのを待っているだけいいんでしょうか」

「中の様子、気になるわよね」


 ビルの周辺はここからは見えないが、気付けばヘリが一機増えている。警察のものだろうか。その下はさらに厳重な警備になっている事だろう。

 現在午後五時二十分。予告時間まであと五時間四十分。

 今日は会社員も残業は禁止だと通達されているらしいと葵さんから聞いた。

 就業時間は十時までらしいので、その一時間後が予告時間となる。


「ああ。誰か一人でも入り込めればいいんだが……」

「私は車があるから待機してないとよ?」

「では、自ずとその役割は君にいくわけだ、薫君」


 ですよねー。


「だが、どうやって入り込むかだな」


 方法がない訳じゃない。巻き込むことになっちゃうけど。


「考えられる手は二つですね」

「ほう。二つもあるのか」

「ま、一つは却下されるでしょうね。怪盗の如く別のルートでビル内に侵入すると言う悪手です」

「刑事がここにいるんだけど?」


 刑事は刑事でも不良刑事じゃないですか。と口が滑りそうになった。危ない、危ない。


「それで、もう一つの手は?」

「頼りになる幼馴染がいます。ね? 葵さん」


 と言ったものの、葵さんはピンと来ない様子だった。

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