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1-7

 階層を越える扉の膜は、深度が深いほど濃く明確になっていく。まるで揮発性の高い液体が、泡の様に薄い膜を作って板状の姿を取っているかのようだ。息苦しさはない物の、通り抜ければヌルリとした感覚が肌を伝う。

 まるで血みたいだと、ケイマは隠し扉を潜り抜けながら思った。ホースブールの迷宮特有の人肌より少し高い気温と、辿り着いた深層の赤い構造が、自身の身体に流れている赤い液体を連想させた。ここはまさしく、生きた炎の中であると。

「気温は見た目ほど高くないな。火の粉に見える物も、エフェクトの一種かな?」

 先に深層に入ったリーンの言葉を聞き、ケイマは落ちてくる火の粉の下に掌で受け皿を作った。しかし火の粉はケイマの身体には干渉せず、スルリと抜けて地面に溶けていった。熱を持つこともなければ、装備を焦がすこともしない。まるで実体のないスキルの様だ。

「確かスキルが使えなくなる魔王の呪いってのがあったな」

 実体のないスキル、という言葉が頭に浮かんだ時、ケイマは自然と魔王の呪いのことを呟いた。かつて勇者が倒し、しかし世界に呪いを掛けたという魔王。勇者の結界によって、内部の呪いは随分と抑えれているというのは常識の範疇だ。

 ならば結界の外の世界はどうなっているのか。ケイマは少し思案したが、それを遮る様にしてリーンが訊いてくる。

「巻き込まれたことがあるのか? ――……魔王の呪いに」

「まぁ、二、三度な」

 思考を遮られたケイマは、そっぽを向いてリーンの問いに答えた。別に機嫌を損ねた訳ではない。ただ、あまり他人に触れられたい内容ではなかったのだ。

「あら、思ったより熱くないのね。――どうかしたの、リーン?」

 ケイマのどこか曖昧な反応の意味を問いただすためか、リーンは何かを言うために再び口を開いた。しかしそこから声が零れるより早く、ミーアが隠し扉を潜って深層に出てきたことで、その先は遮られてしまった。

「いや、何でもない」

 タイミングがズレたからなのか、リーンはまるで興味をなくしたようにそう言った。あるいは興味がなくなったと言うよりも、元々気紛れで質問したことだったのだろうとケイマは思った。

 ケイマは会話が途切れた隙に、道具袋から隠者の手記を取り出す。なれた手つきで白紙のページを呼び出し、トントンと軽く二回見開きを叩けば、ページとページの境から先の細い羽ペンが飛び出してくる。ケイマはそれを手に取ると、開かれたページに部屋の正確な形状を、平面にして描いていく。

 僅かな壁の角度の差も、ケイマにとっては現在位置を割り出すための情報だ。だからこそ手を抜かずに、一級品以上に蛇足を加えたマップを作製する。ある程度簡略化した方がマップとしては優秀なのかもしれないが、ケイマのマップは誰かに道案内をすることを目的として描いている訳ではないのだ。

 いや、とケイマは自分の考えを否定した。今回は例外だ、と続けて思う。今回はリーンとミーアという二人の探求者に、ケイマが同行する形を取っているのだ。

「……なぁ、マップは研究に使ってる仕様で構わねぇか? どうも簡略図ってのは気にくわねぇんだ」

 ケイマ少し考えてから、リーンとミーアにそう問うた。簡略図も描けないことはないが、それよりもケイマ自身に馴染みのあるやり方を取った方が良いと判断したのだ。

「構わない。最低限、各小部屋の位置関係と、前後の階層に行き来するための隠し扉の位置さえ分かればいい」

「そうね。――あぁ、この迷宮って、帰り道に鍵は要らないわよね?」

「あ? 少なくとも中層から地上へ普通に戻る分には、鍵もトラップ解除のアイテムも必要ねぇぞ。どっちにしろここまで来るのに通ったルートは、後半日は開きっぱなしだぜ? ――あぁ、そうだ。ここから先は知らねぇがな」

 隠し扉とそれに付随するトラップの更新は、約一日の周期を持つ。それにあわせて、開いた扉に鍵がかかりトラップが復活するのだ。

「なら大丈夫でしょう。余程のことでもない限り、同じ迷宮内で仕様が変わるとも思えないし」

 ミーアはそう言い、フードをより深く被りなおした。次いで杖を二、三度揺すり、持ち手の位置を微調整した。これまでは特に何をするでもなく付いて来ただけだったが、これから先は本格的に戦闘に参加するということか。

 リーンは相変わらず左手に盾を持ち、魔物が近くにいない今は剣を腰に佩いている。それでいて魔物が近付くと、視界に入る前に戦闘態勢に入るのだ。何かしらのパッシブスキルを持っているのだと、ケイマは当たりを付けている。

 ケイマの両手は隠者の手記と羽ペンに塞がれ、もはやどう見ても非戦闘員である。腰に剣はある物の、高ランクのアイテムで身を固めた二人の間にいるので明らかに見劣りしている。

「とりあえず次の階への隠し扉を見つけたら、その時にでもマップの複写を渡しゃ良いよな?」

 ケイマは中層に繋がる扉のある小部屋を描き終えると、そう二人に問うた。隠者の手記には、隅にある赤みを帯びた湯の溜まった泉から、見える範囲にある小部屋から伸びた通路まで、実に精密に描かれている。何度も修正を加えることなく、一筆で一つの繋がった線を描ききる辺りに、ケイマの器用さが見え隠れする。

「そうね……。うん、区切りとしては、それが丁度良いかもしれないわね」

「私もそれで構わない。――しかし良いのか? 階層ごとに転写するとなると、かなり手間になるのではないか?」

「問題ねぇ。一度描いちまえば、隠者の手記が勝手に複写してくれる」

「そんなスキルを持った本があるのか……。初めて知った」

「本系のアイテムはスキルを複数持っているように見えて、どんなタイプでも一つだけなのよね。だから前に取り寄せて研究してみたのだけど……。お手上げね。初めは魔法系のスキルに応用できるかと思って、軽い気持ちで始めたのだけれど、仕組みが全く分からなかったわ。職人が作れないアイテムの系統っていうのも、納得できる難解さよ」

 魔法系のスキルは同じ名前のであっても、使い方によって効果の変わる風変わりなスキルだ。魔法使いは幾つかの属性を宿す杖を用い、それぞれが一番だと思う使い方をする。ある者は魔法の名を叫び、ある者は図形を描き、ある者は謎の踊りをする。そうやって試行錯誤し、あるいは他者が書いた魔法書を読み、求める効果をより効率良く得られる方法を模索するのだ。

 ケイマの知り合いにも何人か魔法使いはいるが、彼らは常により効率の良い魔法の使い方を考えている。その真面目な心が裏目に出て、切り株の虚の食材袋の店の方で急に踊り出し、他の客の迷惑になるという母親の命によって、ケイマが店から叩き出したこともあるほどだ。

 何はともあれ、魔法使いにとってより効率の良いスキルの運用方法の模索は、生活に食い込んでも止められない程重要なことなのだ。

「なるほど……」

「ケイマさん、今何か失礼なことを考えなかったかしら?」

「さぁ、何のことだか」

 ケイマはミーアが無表情のまま踊っている姿を想像したなどと、口が裂けても言えなかった。

「――ミーア。この部屋をサーチしてくれ」

 しらばっくれるケイマにミーアが食い下がろうとしたが、それを遮る様に剣を抜いたリーンが鋭く言った。するとミーアは素早く杖を動かし、虚空に図形を描き始めた。どうやら踊りを魔法の手段として使っているわけではないらしい。

 杖の頭から出る新緑の光は、輝く線となって傾いた正四角形を描いた。正四角形の四つの角はそれぞれ上下左右を指し、横の対角線は緩やかに膨らみ、二つに裂けて弧を作り出す。二つに別れた緩やかな弧の間には、そこに収まる円が一つと、収まりきらずに途切れた円が一つ描き込まれる。それはまるで、上下の区別のない目の様だった。

 更に虹彩には意味を持つ文字が計四つ刻まれ、目の上部と傾いた正四角形の上部の角の間には五芒星が楔の様に穿たれる。固定された。そう感じられるような、妙に意識を引きずられる五芒星だ。

 ミーアは最後に杖の足で強く地面を打ち鳴らし、それが起動の合図となって魔法が発動する。しかし、ミーアはすぐに首を傾げた。

「リーン、本当に何かいるの? 何もいないわよ」

「そんなはずはない。魔物の反応は近くに有る。魔法を間違えたりは――いや、それこそあり得ないな。では、この反応はなんだ?」

「おい、一体何言ってんだ?」

 ケイマにはリーンとミーアが何をしているのか分からず、ならばいっそのこと、と邪魔をしないように黙っておくつもりだった。近くに魔物でも潜んでいるのだろう、と一応当たりは付けていたし、実際にリーンは魔物の反応があると言っている。しかし何やら難航しているように見えたので、気になって声を掛けたのだ。

 ただ単に、ケイマは任せきりにするのも居心地が悪かった、というのもある。

「あぁ、近くに魔物の気配がする――パッシブスキルに反応があるのだが、それらしい影が見えない。そこでミーアに敵対存在のサーチを頼んだが、反応がなかった。――現状はこんな所か?」

「おいおい、あんまし大丈夫って感じでもねぇな。その辺の壁に張り付いて……いねぇな。じゃあ、泉ん中とかは?」

「……いないわ、ゴツゴツした赤茶色の岩場だけね。透明化だったら、サーチできなかった時点でお手上げだけど……。ホースブールにそんな魔物はいたかしら?」

 ケイマはあまり打開に役立つか分からなかったが、何もしないよりはましだと言葉を並べた。しかし一つは自分自身の目で否定され、もう一つはミーアに目視によって確認されてしまう。既にケイマの足は泉が覗ける位置に付いており、無駄足を踏まされた気分になった。

 意地になって湯の水底を睨み付けるケイマを尻目に、ミーアは違う魔法を使って壁を調べ始めた。というより、威力の弱い魔法を手当たり次第にぶつけて反応を見ているようだ。リーンは剣を抜いたまま、注意深く周囲に睨みを利かせている。行ったり来たりと歩き回っているのは、パッシブスキルの反応の強弱を見るためか。店で肉に食らいついていた時とは違う、凛とした姿だ。

 誰も次の小部屋に移動しようとは言わない。それは“ある現象”に巻き込まれた可能性を、この場にいる誰もが考えたからだろう。そうなれば最悪の場合、今日は探索せずに帰る羽目になる。

 あらゆるスキルに、誤報は存在しない。あるとすれば、力及ばずにある物をないと感じることくらいだ。あるとスキルが感知した以上、“何か”がないとおかしいのだ。スキルの性質上、ない物をあると感じることはあり得ない。

「真っ先にこの階層に入ったリーンが、知らない内にトラップを踏んだ、という可能性はないかしら?」

「ねぇな。まず、トラップの痕跡がねぇ。それ以前に、トラップ踏んどいて、本人が気付かねぇはずがねぇ。それこそ異常だ」

「リーン?」

「何かを踏んだ記憶も、トラップに掛かった感覚もないな」

 いよいよ退却か、とケイマ思った。幸先が悪すぎる、とも。

 この場の全員が思い付く最悪の可能性。それは、魔王の呪いに巻き込まれている可能性だ。考えられる呪いの効果は、パッシブスキルの異常化か、本来は居ないはずの魔物の出現といった辺りか。ケイマの手は首もとの金属片に伸び、自然とそれを強く握っていた。尖った金属の先が掌に食い込み、現実の苦さを伝えてくる。

 しかし状況の打破は、ケイマによって成されることとなる。

「……あ」

 ケイマの口から零れたのは、溜めていた呼気が漏れたような、覇気の欠片もない呟きだった。背後に彷徨くリーンが、この辺りに反応が強い、と独り言を呟いているが、スルリとケイマの意識を抜けて記憶には残らなかった。

「む、何か見つけたのか?」

「あれだ」

 耳聡くケイマの呼気を捉えたリーンは、真っ先に反応してきた。部屋の反対側を調べていたミーアも、水底を指差すケイマを見て近付いてきた。

「……? 何もないようだけれど?」

 ミーアはケイマの指の先を見つめるが、何も見つけられずにそう言った。リーンも分からないのか、泉に落ちるのではないか? と思えるほど身を乗り出しているが、何も見つけられないようだ。

 対してケイマは黙って剣を抜き、手に持ったまま泉にゆっくりと沈めようとした。切っ先が水面に触れた瞬間、リーンとミーアはどちらともなく驚きの表情を浮かべた。

「……今、何か動いたな」

「……えぇ、岩肌が縮んだように見えたわ」

 ケイマはゆっくりと切っ先の位置を調整し、リーンが動いたと言った場所の境目に狙いを定める。しかしそれ以上は動かさない。完全に剣を安定させ、一切のブレも許さずに硬直する。まるでその部分だけ岩が突き出しているかの様に、風景に溶け込んでいく。

「あ、また動いた」

 リーンが呟いた。その瞬間、ケイマも動きだす。それまでの静止状態が嘘のように激しく動的に、しかしあくまでも精密に、岩と“それ”に開いた隙間に素早く剣を打ち込む。水面は激しく揺れ、ケイマは切っ先に僅かな抵抗を感じ取る。

 しかし、もう勝負は決まっている。

「うぉらぁっ!」

 ケイマは叫び声を上げて気合いを込め、屈めて曲がった全身をバネの様に跳ね上げて真っ直ぐに伸ばした。その運動はケイマの持つ剣にも伝わり、最終的に剣の腹に乗る形となった“それ”も持ち上げ、天井に向けて吹き飛ばした。一見すると赤茶色の楕円形をした平たい石片だが、裏側は生物的で柔らかそうな黒い肉を持っている。人の顔より巨大な“それ”は、天井にビタンッと派手にぶつかり、回転しながら落下してきた。

「ふっ!」

 落下してきた“それ”を、ケイマは濡れた剣を両手で握って迎え撃った。赤茶色の石片の様な部分ではなく、柔らかそうな肉の部分を狙って。

「……今、魔物の反応が消えた」

 ボトリと“それ”は地面に落下した。それと同じか少し早いタイミングで、リーンはそう宣言した。その言葉が指す意味とはすなわち、ケイマが切った“それ”が魔物だったということだ。

 姿形は岩に張り付いていた時と同じだが、裏返しになって肉のほうが上向きになっている。ケイマが切ったはずの切断面はなく、姿形をそのままにドロップアイテムへと変化してしまっていることが分かる。ケイマは“それ”の形を見て、やっぱり、と呟いた。

「“朱玉鎧貝”だ。――いや、“平鎧貝”つった方が通りは良いか?」

 ケイマはドロップアイテムとなった平鎧貝を拾い上げ、懐かしそうに呟いた。

「“鎧貝”? あれは巻いている奴だろう? こう、勢いよく水面から飛び出してきて、壁に突き刺さるやけに硬い貝の魔物」

「思い出したわ。“鎧貝”には、“巻”と“二枚”があるっていう話。“平”というのは初めて聞いたけれど……。ホースブールの迷宮特有の魔物かしら?」

「俺としちゃ“鎧貝”が攻撃してくるってのが、半分信じられねぇな。“巻”がいるってのも初めて聞いた。――それにこの迷宮じゃ“平”しか出ねぇらしいぜ? 俺は“平”しか食ったことはねぇし、“二枚”も鍛冶屋で殻を見かけたことがあるだけだ。どっちも昔の話だがな」

 少なくとも五年以上前の、まだ深層に挑む探求者がいた頃の話だ。

 肉は食用で歯ごたえがあり、噛めば品の良い旨味を感じられる食材だ。硬く頑丈な朱玉鎧貝の殻は、磨けば透明感のある美しい朱色の防具が作られる。

 今でも鎧貝の殻の装備している探求者は少なくないが、長年の素材不足でヒビが入り色も褪せている。他の迷宮で取れる二枚鎧貝の殻を取り寄せて代用した結果、乳白色の防具へと変化している場合すらある。それはそれで艶があって美しいが、ケイマの記憶に残る鮮烈な朱には程遠い。

「食べられるのか?」

「……真っ先にそこに食いつくか。まぁ、美味かった。美味かったと思うぜ。何分、昔の話だからな。美化されてる、っつう可能性もある訳さ。――にしても、こんなに小さかったか?」

「“鎧貝”としては、確かに小型ね。もう少し深く潜れば、大型も出てくるかも知れないけど」

 なるほど、とケイマは思った。自身が成長したから小さく感じたのかと思ったが、魔物に対する造詣の深そうなミーアが言うのだから実際に小型なのだろう、結論づける。あるいは、“平鎧貝”自体が小型の魔物なのか。

「そうか、食べられたのか。――む、何だその知らなかったことが意外だ、と言わんばかりの表情は」

「心が読めるスキルがあるとは、思わなかったぜ」

「意外なのは分かるけれど、そんなスキルは存在しないわよ? あと、多分リーンが戦ったことのある“鎧貝”は、食べるのに向かなかったのでしょうね。身が小さいとか、取り出しにくいとか。――“二枚鎧貝”も、食用よりは真珠を取ったり、殻を利用したりの方が多いのよ。美味しいのは確かだけど」

「何時食べた」

「ちょっと、顔が近いわ。――一年くらい前よ。あなたが拠点に残って、新しい剣を作って貰えるって喜んでた時よ」

「あぁ、あの時か……」

 リーンは複雑そうな表情だ。新しい剣が手にはいるのも嬉しいが、食の楽しみを削られたのは悲しい。表情がそう物語っている。

「ケイマさん」

 楽しみが武具と食事偏るのは女性としてどうなのだろう、とケイマが考えていると、ミーアがケイマに向き直って声を掛けてきた。

「あ? 何だ」

 一応鎧貝は食材には違いはないので、巨大な葉に包んで道具袋にしまおうとしていたケイマは、殻を寄越せと言われるかと思った。しかしミーアの口から出た言葉に、ケイマの想像とは全く違う物だった。

「知ってるかもしれないけれど、鎧貝の殻は頑丈な防具の素材になるわ。鉄よりも軽いから、全身鎧にしても動きを邪魔される心配もないし、スキルに対する耐性も高い、とても良い素材よ。ここに“鎧貝”が出るなら、折角の機会だし自分の鎧を作りなさい。もちろん“鎧貝”――“朱玉鎧貝”を探すのは手伝うわ」

「良いのかよ? “朱玉鎧貝”は動かねぇし、見た目もアレで見つけにくいしで、かなりレアだ。最近じゃ“鎧貝”が居ることも知らねぇ探求者もいる位さ。――何よりも、鎧貝の殻は食材じゃねぇぞ?」

 ケイマは軽く驚いたが、ミーアは重ねて告げた。

「あなたが私たちに要求した条件、あれは全てあなたのご家族のお店のための物でしょう? 私たちがケイマさん自身に支払うべき報酬は含まれていないのよ」

「んなもん、店と宿が繁盛すりゃ十分に……」

「私たちは最深部までスキルを持たない人を連れて行くという、とても愚かなことをしているのよ? もちろん、あなたを傷つけずに生還する自信はあるわ。でも、あなたが背負うリスクに、リターンが釣り合ってないのよ。……私はそのアンバランスさが気に入らない」

 ケイマは何も言い返せない。理屈で言いくるめられた訳ではなく、ミーアの持つ何かに圧倒されたのだ。フードから覗く瞳は真っ直ぐで、ケイマはそれから目を逸らせない。

「リーンは返ってくる物がなくとも、必要なら危険に飛び込んじゃう子だから、あまり報酬の話は気にしなかったようだけど。――受け取ってくれるかしら、私の我が儘を」

 真摯に言葉を紡ぎ出し、決して相手を威圧せず、しかし強制力を持った強いミーアの善意の言葉。ミーア自身に言わせれば、ただの我が儘のその言葉に、ケイマは気付けば頷いていた。

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