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 光が舞う。スキルの発生に伴うエフェクトが、質素な迷宮に彩りを与える。青い光は全てを遮断する巨壁となり、来るもの全てに衝撃を持って答え、赤い光は剛力を生み、触れるもの全てを弾き飛ばして砕いて潰す。

 高ランクの探求者がアイテムを持つことで始めて許される、頂上の戦い。一歩間違えば、立場はどうあれ虐殺に近いその行いには、不思議と残虐性は見て取れない。その理由は、スキルを振るう者の腕があってのことなのか。

 ケイマはそれを近くで、感嘆の心持ちで眺めていた。

「すげぇな、戦闘用のスキルって」

 その姿を形容するには、ケイマの知性では今一つ物足りない。結果として零した感想は、スキルに対する物だった。

「幾ら身体が強くなっても、素のままでは限界があるもの。リーンは基本的に、アクティブなスキルは二つしか使わないけど、それだけで戦況は変わるわ。そうでなくとも、パッシブなスキルの恩恵を受ければ、身体の強さは覆る。――あなたには、痛いほど分かることではないかしら?」

「……まぁ、な」

 ケイマは剣を片手でブラブラと揺らしながら、空いている手で頭を掻いた。とりあえず剣を抜いてはいるが、リーンが魔物の討ち漏らしをしないため戦う機会が巡ってこないのだ。当のリーンは進路上の魔物を等しく凪払い、ズンズンと先へと進んでいく。

 ホースブールの様な武器や防具といった形をとるアイテムの少ない迷宮では、頭から爪先までアイテムを装備している者は少ない。中々出てこない上に、職人に頼んで全てを揃えるには、アイテムという物は値が高すぎる。店を探して迷宮で拾われたアイテムがないか探したところで、貴重なアイテムを売ろうとする者自体が少ないので、常に品薄状態だ。

 武器の一つ、防具の一カ所でもアイテムならば、まだ良い方だ。少なくとも、それでスキルが使えるようになるのだから。ケイマの様に攻撃や防御に直接使えるスキルがないのに、中層まで潜るのは本来自殺行為とみなされる。

 それが出来るのは、迷宮で魔物を倒した分だけ身体が強くなる、という謎の性質があるからに他ならない。ケイマだって、伊達に五年も迷宮に潜り続けた訳ではないのだ。しかしその差も、スキル一つで覆される。

 特殊な耐性を得られたり、迷宮で鍛えられた能力に上乗せができたり、スキルを使用した際に普通では考えられないことが引き起こされる。

「ふぅん。そんな格好で中層まで来るなんて、どんなバカな子かと思っていたけど、その辺りのことは弁えている様ね」

「子ってほど歳が離れてる訳でもねぇだろ。――まぁ、どうしようもなく、事実だしな」

 スキルが使えるというのは、それだけ特別なのだ。ケイマも、そのことはよく理解している。

 低層ではスキルを使用せず、文字通り魔物を叩き割って進んでいたリーンだが、中層に入ってからは遠慮なしにスキルを使用している。手強い魔物だからスキルを使った、という風ではなく、時間短縮が目的なのだろう。

 事前に最短ルートを調べていたのか、迷いなく先頭を切って進んでいく。ケイマの頭の中に完全に入っているホースブールの迷宮のマップと照らし合わせても、全く無駄なく次の階層を目指している。

 ケイマはそろそろか、と気を引き締める。低層には命に関わるような凶悪なトラップはないし、出現する可能性のあるポイントも少ない。迷宮の構造自体も単純で何も考えずに進んでも、トラップに引っかかる可能性自体とても低い。

 しかし中層に差し掛かった今、迷宮の凶悪性は徐々に増している。トラップは数だけでなく致命的なタイプの物が増え、構造が複雑になってトラップに遭遇する確率が増えていく。さすがに即死級のトラップはケイマでも滅多にお目に掛かったことはないが、危険であることに違いはない。

 変化は景観にも現れている。四方を囲む迷宮の材質は硬く目の細かい岩に変わっているのが、迷宮の中層に入った証だ。時折灰色の岩を割って湯が溢れるのは低層と変わらないが、何もない所から鉱物が顔を覗かせるのが大きな違いである。泉が出来る場所の周りに、植物の密集度が増しているのも大きな違いか。

「あ? おい、リーン。遠回りしてんぞ」

 ふと、ケイマは頭の中の最短ルートから、リーンの進路がずれたことに気が付いた。通路から繋がった小部屋の先、二つある通路の内、次の階層を目指すには遠回りになる通路を目指している。

 リーンは一振りで小部屋に残っていた最後の魔物を吹き飛ばし、不思議そうな表情で振り返った。ミーアも怪訝そうにケイマを見た。

「確か最短ルートは直線であっていたと記憶しているが……。ミーアは?」

「ええ、私もそうだと思うけど」

 そう言ってミーアは、マントの影に手を伸ばし、腰の辺りから薄っぺらな本を取り出した。それを見て気になったことのあるケイマは、確認のためにマップを覗き込んだ。

「ん? ひょっとしてお前ら、この街でマップ買ったのか?」

「あぁ、そうだが」

「……みてぇだな、白馬温泉の宿のマークが入ってる。どっちが買ったか知らねぇが、マップを買った時に何か言ったか?」

 ミーアの取り出したマップには、迷宮の全ての構造が描かれている訳ではなかった。基本の形は線であり、間隔を置いて角の取れたブロックが線の上に乗っかっている。線は次の階層と前の階層を繋ぐ通路を、ブロックは部屋を表しているのだろう。

 繋がった通路以外にも、部屋からは短い線が描かれているが、その先は行き止まりであるかのように途切れている。その中の一つに、ケイマたちが足を止めた部屋らしき物も混ざっている。

「うん? 最短ルートを描いてくれ、と注文した」

「……ホースブールの迷宮の構造だと、分かってるとこまでトラップに当たらずに進めんだよ。だから、トラップ解除の道具なんざ、ホースブールじゃそんなに数を売られてねぇ。需要が低いんだ。トラップの付いた扉ってのも、もう確定しちまってるし、扉の位置の更新もだいたい一年に一回だからな。――だから最短ルートってのは、トラップを踏まねぇルートなんだ。金とトラップ解除の手間がかからねぇ最短ルート、ってな」

 ケイマはそう言いながら、手に持った剣を鞘に戻した。そのままの自分の道具袋に手を伸ばし、中から厚みのある本を取り出した。妙に表面の滑らかな藁半紙を、ただ重ねて強靱な糸で束の一辺を縛っただけの簡単な装丁だ。意図したような目立った汚れはない物の、くすんだ様子の独特の風合いの本だ。

「隠者の手記……。随分とレアなアイテムを持ってるのね」

「こいつは迷宮の……四十二階層、だったか? その辺りの宝箱から出てきたぜ。こいつで三代目だ」

「五百ページ以上ある本を、どうやって埋めたのよ」

 ケイマはその問いに答えず、アイテムに命令を送った。

「ホワイトリスト追加、“章限定”章“ホースブール迷宮・マップ”、“閲覧限定”リーン、ミーア。項目“ホースブール迷宮・マップ・三十六階”開け。――見てみな。俺の描いたマップだ」

 隠者の手記。ホースブールで手に入れることのできる書物の一つであり、最初は何も書かれていない白紙の本だ。特徴は読み書きやページの差し替えとコピーができること、そして何よりも機密性だ。故に何かの研究を行うのに、極めて優秀な本だ。

 ケイマは近くにいたミーアにページを開いたまま手記を差し出し、内容を見るように促した。リーンはミーアの後ろから、開かれたページを覗き込んだ。

「……このマップの上に描かれたバツ印は、トラップかしら?」

 受け取ったページを数瞬、次にパラパラと付近のページを確認したミーアは、すごいわね、と呟いてからケイマにそう訊いてきた。隠者の手記を圧迫していた物の正体に、うっすらと気付いたようだ。

「そうだ。正確に言や、トラップがあるかもしれねぇポイントだ。丸が宝箱の位置で、三角は採取が出来るポイント。三角の中の数字は、採れる物の種類だ。俺は迷宮の構造と――……構造には、周期性以外の法則があると睨んでる。隠者の手記を二つも埋めたのも、その関係さ」

 開かれた隠者の手記に刻まれているのは、極めて正確なホースブールの迷宮のマップだ。通路の僅かな角度の差から、厳密には四角ではない部屋の形状まで、ここまで精巧に仕上げる必要があるかと、見る者に一種の執着に似た異様さすら感じさせる。ただ最後に、執着に合わぬ尻切れた感じさせる、何処か物足りないマップだ。

 しかしその物足りなさを差し引いても、マップとしての価値は一向に下がらない。

 二つのマップを真剣に見つめていたリーンは、やがて溜め息を吐いた。

「すごいな。成果は上がっているのか?」

「あぁ、それなりにな。とりあえず、トラップにしても宝箱にしても、始めっからパターンがあるみてぇだってことは分かった。関係ねぇ要素同士は連動してねぇみてぇだが、同じ要素なら階層を跨いで一連の繋がりが見えたからな。出現する可能性があるポイントがどうこうじゃなくて、こことあそこに宝箱があったから、あっちにもあるはずだ、みてぇな感じさ。更新の度にパターンん中から選ばれて配置が決まって、……まぁ、結局トラップの種類と宝箱の中身にゃ、法則を見つけられなかったけどな」

「この迷宮全体の周期はもう少しで来るし、それまでに分からなかったのは残念と言うべきかしら? ……いえ。案外、そうでもないかもしれないわね」

「あぁ。俺が見つけたパターンの数は六十四だ。そもそもパターンがあったのが今回だけだったのかも分かんねぇし、パターンの数が一緒かどうかも気になるしな……。無駄にはなんねぇよ」

「……すごい根気だな」

 感嘆の声を漏らすリーンに、ケイマは皮肉気に笑った。

「んなもん、片手間だ。――本当に知りたいことにゃ、滅多なことじゃ手が届かねぇ」

 ミーアは少し悩んで見せてから、隠者の手記を指差して言う。

「……あなたの研究過程の記録を見せてもらうことは出来るかしら?」

「そいつは無理だ。半端すぎるからな」

 ケイマそう言って、ミーアの手にある隠者の手記を捲って、自分たちのいる階層のマップを開いた。

「――あんたらが持ってきたそのマップも、かなり正確な奴さ。奴らの言う、最短ルートに限っちゃな。けど、トラップ無視して進めんなら、ここは曲がった方がお得だぜ。ついでに宝箱にも寄れるしな。――決めんのはあんたらさ。どうする?」

 ケイマは二人に問い、ミーアは任せると言わんばかりにリーンを見た。元々リーンの趣味から迷宮に入ったのだから、この即席パーティーのリーダーと言えるかもしれない。

 リーンは頷くと、ケイマを見て口を開く。

「折角ケイマを雇ったんだ。しっかり働いて貰おう」

「おう、任せな。中層の上までなら、完璧にナビゲートしてやるよ」

「ええ、お願いするわ」

 もう剣を抜く必要はないかと、ケイマは返して貰った隠者の手記を道具袋に仕舞い、無造作に歩を進めた。

 ケイマがリーンに代わり先頭に立ち、当初とは異なるルートへと足を向ける。向かう先は、トラップがあるため他の探求者が行きたがらない、しかしトラップがあるだけの最短ルートだ。

 通路に入って一つ目の角を曲がったすぐ先、ケイマは目を細め巧妙に隠されたトラップに目を向けた。僅かに見て取れる風景の誤差や起伏を視覚が受け取り、違和感は無意識に処理されてトラップの存在を見抜く。ぼんやりと浮かび上がるように、隠されたトラップの姿が露わになった。

「……大したトラップでもねぇな。真ん中より左側を通らねぇ限り、何の問題ねぇトラップだ。――範囲広いから、ふざけて踏むなよ?」

 ケイマは見つけたトラップには最早気も掛けず、真横をするりと抜けていった。リーンとミーアもお互いに顔を見合わせた後、ケイマと同じ位置を通り抜けてきた。さすが高ランクの探求者と言うべきか、トラップの真横を歩いていると知っていても、戸惑ったり怯えたりする様子はない。

 場慣れした雰囲気から、無駄なトラップの解除はせずに済みそうだ、とケイマは思った。そのままケイマは少し寄り道をして、行き止まりの先にある宝箱に針金を突っ込んだ。

「お、鍋が良いな」

 ガチャリと開錠すると、中には薄切りにされた白い脂の乗ったピンクの肉があった。ケイマはそれを丁寧に、しかし素早く道具袋から取り出した大きな植物の葉に包み、腐らない様にと道具袋の中にしまい込んだ。

 満足気にケイマが振り返ると、怪訝そうな表情のままのリーンが口を開いた。

「ケイマ。今の所には本当にトラップがあったのか? 無闇やたらと疑うのも悪いが、さすがにあそこまで何もないと……」

 ケイマは反論しようかとも思ったが、実際に何もしなかったのだから疑われても仕方がないと思い直す。かと言って、納得させるために無駄なトラップ解除をする気にもなれなかったので、ケイマは少しふざけた風に言い返した。

「まぁ、そこまでヤバいトラップじゃねぇし、何なら踏んでみたらどうだ?」

 トラップ解除の技術を納得させるには、次に回避不能なトラップが来たときで良い。ケイマはそう思って、ふざけて言ったのだ。言ったのだが、一人予想以上に生真面目な探求者がいた。

「ふむ、そうか。よし、踏んでみよう」

「は? なっ!? バカ! ……聞いてねぇし! おい、ミーア! ここを離れるぞ! ありゃダメージはねぇが、無駄に広範囲で地味に痛いトラップだ!」

「ちょと! 何てことをしてくれたのよ!」

「知るか! お前の連れだろ!? そっちで何とかしろよ!」

 次の瞬間、トラップを踏んだリーンの上からも、そそのかしたケイマの上からも、完全に巻き添えを食らった形のミーアの上からも、等しく小指の爪ほどの大きさの砂利が降り注いだ。

 身体も痛いが、迷宮にバカにされたようで心も痛い。服の隙間などに入り込めば、気力をごっそり持って行かれることになる。ホースブールの探求者は、今すぐに宿に戻って温泉に入り休みたくなるそのトラップのことを、石圧式健康法と呼んでいる。

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