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 木造の建物の多い、温泉の湧く迷宮を抱えるホースブール。そんなホースブールの宿の一つである、切り株の虚の食材袋の一室にて、ケイマはベッドの上に寝転がっていた。探求者をやるなら使いやすいレイアウトだから、と言う理由で宿の一室を借り、ケイマはそこを自分の部屋としているのだ。

 やがてケイマはゴロリと身体を転がし、ぼんやりと壁際に置かれた鎧と剣に目を向ける。そこには、二組の鎧と剣が置いてある。

 鎧が二つに、剣が二振り。一つは如何にも頑丈そうな、金属と革を合わせたスタンダードな探求者の鎧。一つは駆け出しが纏うような、安っぽい革だけで作られたボロボロの鎧。一振りは燦然と銀色に輝く、大ぶりな両刃剣。一振りは鉛色に沈む、傷だらけの両刃剣。

 一組はケイマの意志を拒絶する、高ランクのアイテム。一組は誰でも使える、ただの道具。父親の遺物に、自分の装備。

「………」

 ケイマは黙って起き上がり、銀色の両刃剣を手に取った。きっちりと手入れを施され、いつでも切れると言わんばかりの名剣振りだ。ケイマはそれを両手で構え、意志を強くして剣に働きかける。

 しかし、何も起きない。幾ら力を込めても、幾ら祈っても、父親の剣はスキルを使う様子はない。

「ははっ、パッシブスキルすら、使えてねぇの」

 ケイマは剣を台に戻し、ふてくされた様にベッドに倒れ込んだ。

 アイテムの魂を取り出し、他のアイテムに受け継がせる砕き屋に言わせると、ケイマの魂と父親の魂の在り方が違いすぎるのが原因らしい。アイテムは持ち主に影響を受けて習得するスキルを変えていく。だからどんなに努力をしても、在り方があまりにも異なる探求者が磨いたスキルは使えない。

 父親が育てた剣の魂は〈不動〉。父親が存命の頃、何度か砕き屋にアイテムを砕いてもらい、その度に取り出された魂を鑑定したので間違いない。パーティの先頭に立ち、決して揺らぐことなく魔物の攻撃を引き付ける。そんな魂が反映された、〈不動〉の名。

 ならば、ケイマの魂は如何なる名を持っているのか。

「……行くか」

 ケイマはベッドから起き上がり、自分の装備を手に取った。首元のお守りが、擦れて涼しげな音を立てた。


 ―――


 家族への説明は、すんなりと済んだ。予想通り、マークから反発を受けたが、いつも通り押し切った。

 母親とミリィに関しては、迷宮絡みのことはケイマに一任しているため、そこまで大きな抵抗は見られなかった。ただ少しだけ、心配そうなミリィの表情が心に響いた。

 母親から三人分の弁当を受け取ったケイマは、途中でゲイルの道具屋に立ち寄った。そこで四歳位になるゲイルの娘に告白され、ゲイルに厳つく睨まれながらも幾つか消耗品アイテムを買い揃えた。そこからホースブールの中央に行けば、そこが迷宮の入り口だ。

 ホースブールの迷宮の入り口は、小高い岩山の麓にある。歩いて一周するのに数十秒も掛からないので、そこだけ見れば山と言うには物足りない。しかし崖と証した方が相応しい岩肌を晒し、ゴツゴツとして屹立する黄を帯びた砂色は、山と証するには十分な威圧感がある。

 岩山の頂点からは湯が溢れ、地面に落ちては湯の川を作り、山肌から木の樋で掬われては宿に向かう。不思議なのは、湯が山からこぼれる場所が一つなのに、川や樋を流れる湯の効果が一つ一つ違うことだ。

 湯気により周囲は霞がかった様になるが、不思議と湿気による不快感はない。むしろ空気はほんのりと暖かく、しっとりとして何処か心地良い。ケイマは暖かい霞の中を進み、暗くて奥の覗けない迷宮の入り口がある壁面を目指して、岩山の麓をぐるりと回った。

「あ……?」

 ケイマはそこで、あまり会いたくない相手を見つけてしまった。

 まるで坑道に通じているかの様な入り口は、朽ちることのない丸太によって支えられている。その前でリーンとミーアの二人組と向き合うのは、今ホースブールの迷宮で最も強いと言われるパーティーだ。そのパーティーはケイマには背を向ける形で、リーンとミーアに何か話を持ちかけている様だ。

 ケイマは一瞬顔をしかめ、普段通りの表情に戻してから待ち人二人に近付いていった。

「……連れが来た。私たちはそろそろ行かせて貰うよ」

 ある程度集団にケイマが近付いたところで、リーンは初めからそれに気付いていたかの様な余裕を見せながら、思考を読ませない笑みを浮かべてそう言った。

 その言葉に反応して、リーンとミーアと対峙していたパーティーは、キョロキョロと周囲を見回した。その内の一人が、背後にいるケイマに気が付いた。一人が気が付き、周りに知らせ、全員でケイマを見て。そしてそのパーティーは、失笑した。

 対峙していたパーティーの中央、細身で長身の男が肩を竦めた。纏った鎧は全て金属で構成された、探求者と言うより王城を守っているという騎士を意識したかの様な出で立ちだ。身の丈を超えるような大剣を背負っているが、過剰装飾のせいで威圧感が薄れている。

 いつもキラキラした所にいる、天才的な探求者。ケイマの弟のマークが、強さを意識し過ぎることになった要因の一つ。そして何よりも弱い者は使えないと、とことん他者を嫌う性格。

 そのパーティーではリーダーをしている大剣の男は、少し呆れた様に口を開いた。

「ははは、冗談が下手ですね。と言うより、運が悪かったんでしょう。私共の誘いを断るには、確かに彼は丁度良いタイミングで現れました。しかし彼は一つもスキルを使えない、出来損ないの探求者――おっと、これでは全ての探求者への侮辱になりますか。――……ただの、こそ泥です。あなた方の様な強者には、彼では釣り合いが取れません。どうでしょう? ここは素直になって……」

「ごめんなさいね」

 不愉快そうに眉を潜めたケイマを見たからなのか、ミーアが大剣の男の向上を遮った。

「――あなたの“アイテム”が他の探求者よりも多くのスキルを獲得していることは、噂程度に知っているわ。でも、私たちが今欲しいのは、あなたの“アイテム”のスキルではないの。――今現在の私たちには、“彼”の技術以外は差したる価値はないのよ」

 大剣の男の表情が、一瞬引きつった。

「……そうですか、それは残念です。それでは、気を付けてください。役立たずがどう足を引っ張るとも知れませんからね」

「問題ないな。私たちは、この場の誰よりも強い」

 大剣の男の表情には、今度は一切の変化はなかった。ただ不敵な笑みを浮かべたまま、何を言うでもなくケイマに道を譲った。ケイマにはその姿が、何とも不気味に感じられた。


 ―――


 ケイマたちは、坑道の様な道を進んで行く。地面は堅く踏み固められており、まるで岩のように安定している。やがて地上の光が遠くなってから、ケイマは口を開いた。

「なぁ。あんまり蟠りが残るような解決策を取られると、俺の今後に響くだろうが」

「ごめんなさいね。凄く嫌いなタイプの人だったから、つい、ね」

「……はぁ。まぁ、内の宿をどうこうする度胸もねぇだろうし、構わねぇさ。何とかなるだろ」

「君の家族の宿は、何か特別なのか?」

 先頭を行くリーンが、チラリとケイマのいる方に視線を送って問うた。

「そんな特別って訳じゃねぇよ。ただ、内の宿に手ぇ出すと、ホースブールの探求者八割と職人九割、後はそれ以外の住人も九割近くは敵に回すことになる。そうなったら、迷宮を二つ以上は離れねぇと、まともに探求者家業なんざできねぇさ。――父親が探求者やってた時の積み重ねと、母親の宿と店の影響だな」

「それは十分特別よ」

「似たような影響力持った奴なんざ、迷宮一つに一個はあるだろうよ。その辺の化け物に比べりゃ、まだましな方さ」

「王族が逗留することすらある高級宿――君の言うところのよそ様向けの宿――ではなく、駆け出し探求者の一受け口がそれだけの力を持っていることが異常なのだが……。まぁ、当事者には分かりにくいか」

「あぁ、分かんねぇな」

 やがて道は分岐を作り出し、三人は一定の光量や温度の保たれた迷宮の中に入り込んでいた。

 何処からが迷宮だったのか。少なくとも、幅の狭い岩山の中を真っ直ぐに進んだはずなのに、行き止まりにならないとはどういうことなのか。迷宮の内と外の境目を知る者は、何処にもいない。ただ迷宮は、外見からは想像出来ない広さを持った、生きた空間であることだけが、事実として知られている。

 ホースブールの迷宮の低層は、崩しても崩してもせり上がって元の形を保とうとする柔らかい土壁と、けっして腐敗しない丸太を組み合わせて形作られている。所々飲める湯が湧き出て泉を作り、迷宮に籠もる場合はそういったポイントが利用されやすい。ただし、泉に魔物が潜んでいないかの確認を怠ると、大変な目に遭うことになるが。

 また、仮に猛毒を投げ込んでも、次の瞬間には飲める湯に戻っているという実話を持つ泉だ。誰が試したことなのか。あるいは、誰が仕出かしたことなのか。どちらにせよ、やってしまった探求者が、まともに人生を終えられたとは思えない話だ。

「話を蒸し返すようで悪いが、入り口で私たちに声を掛けていた男。彼は有名人なのか?」

「……リーン、二年位前から、私たちがこの街に来る度に声を掛けてくる相手よ。いい加減覚えたらどうなの?」

「まぁ、有名人だろうさ。この街最強だって、そんな風に言われているな」

「あれで最強か。――名前は何だったか……」

「きっついなぁ。まぁ、確かにリーンも相当強いしな。野郎が戦ってるとこは見たことねぇから詳しくは知らねぇけど、バカみたいに大量のスキルを使うって言うし、そりゃ迷宮で有利にもなるさ。――名前は確か、……グエン、だったか?」

「まぁ、そうだな」

「貴族らしい、とでも言うべきかしら。無駄にお金を浪費してるところとか、絵に描いた様な貴族の三男坊ね」

「あ? あいつ、貴族なのか?」

 ケイマは首を傾げた。

「多分、貴族じゃないかしら。そうでもないと、何時までも竜鱗亭に泊まり続けるのは無理でしょう。役割もない貴族の末の子が、暇を飽かして迷宮潜り。財力はあるでしょうから、装備を充実させるのも簡単だったでしょうね。――いっそのこと、お金を浪費して何かの研究にでも打ち込んでくれた方が、世のためになるでしょうに。知ってるかしら? 新しい発見をするのは、お金の有り余っている暇な貴族であることが多いのよ」

「世の中って、つくづく平等じゃねぇな。どうやって稼いでんのかと思ったら、元々金持ちだった訳だ。――あ? そういや二人とも、白馬温泉に宿を取ってるんだったな?」

「休暇に来たつもりだったもの。良い宿を取っても良いじゃない」

「その金で鍵を買えよ」

「私たちは、無限にお金を持っている訳ではないのよ。それに本気で休暇に来たつもりだったのよ。リーンがやる気にならなければね」

「その点については悪いと思っている。――来たぞ」

 リーンはスラリと剣を抜き、切っ先を現れた魔物に突きつけた。

 現れたのは“泥蛙”。文字通り蛙なのだが、その身体は湿った真っ白な泥の様な物で出来ており、切れば切るほど剣に泥がへばり付いて、切れ味が落ちていく嫌な魔物だ。といっても、剣に付いた泥を払えば元通りなのだが。攻撃手段も、動いた相手に体当たりをするだけと、あまり強くない魔物だ。

 場所は開けた小部屋になっており、隅の方の湯の泉から、二匹、三匹と増援が跳び出してくる。といっても、一歩跳んでは一休み、といった随分とノロマな動きだ。攻撃スキルを持たないケイマでも、十分何とかできる相手だ。

「援護は必要かしら?」

「不要だ。放っておいても集まってくるだけだし、邪魔なのだけ切り捨てて進もう」

「おう、了解だ。――ところで、“泥蛙”の泥は美容に良いって聞いたことがあるんだけどよ。二人とも、使ったことあるか?」

「ないな。生理的に受け付けない」

「あるわね。蛙だって知らなかったけど、悔しい位スベスベになったわ。――いらないわよ?」

「そういえば、貴族にはホースブールの泥は人気が高い、という話を聞いたことがあるな。持って帰れば良い土産になるかもしれないが……。知らないというのは、ある意味では幸福なのだな」

「……あぁ、確かにそりゃ真理だ」

「まったくその通りね」

 “泥蛙”は特に障害になることもなく、ケイマたちは小部屋を抜けて、再び細い通路へと入っていった。ケイマとリーンの剣が通った所にいた“泥蛙”は、グシャリと潰れて泥の山となる。蛙と言うだけならまだしも、この崩れる瞬間は何とも不気味だ。

 ケイマたちが通路に抜けた後も、ひたひたと付いて来たが、普通に歩いていても追い付かれる心配はない。やがて歩調は変えないままに、“泥蛙”から足音さえも届かぬほど離れてしまう。

 三人が抜けた小部屋には、小さな泥の山が寂しく残った。

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