表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

1-3

「ふーん」

 それがリーンの言葉に対するケイマの反応だった。興味がないというのもあるが、自分の装備ではまず無理だ、という意識があった。

「……本気で言ってるのか? 最近じゃ踏破を目指す奴自体がいねぇから、仮にケイマの――技術で中層の次の隠し扉まで行けても、その先が分からねぇだろ」

「はぁっ!?」

 しかし続くゲイルの言葉に、ケイマは慌ててリーンの顔を見た。驚いたどころの話ではない。

 現在ホースブールの迷宮は、中層までしかマップが存在しない。かつては最奥の間を目指し、踏破を行う探求者もいたというが、今はそこまで命を賭ける者はいない。ならば当時のマップが残っていないのかというと、残っているには残っている。ただし、現在の迷宮とは内部の構造が違っているが。

 それこそが、迷宮が迷宮と呼ばれる由縁だ。迷宮は幾つものサイクルを持ち、サイクルが一周する度に、それぞれ対応した要素の更新を起こすのだ。宝箱や中の魔物もそれぞれ独立したサイクルを持ち、短いサイクルで更新が起こっている。入った者を迷わせる迷宮自体のサイクルは最も長く、更新がなされる際には迷宮内全ての要素が同期して更新するようになっている。

 そのため、前回の更新以前のマップなど宛にならないし、深層に繋がる隠し扉の位置を見付けたければ、常に壁に向かって専用のアイテムを使い続ける必要がある。ケイマが迷宮内を逃げまくって何とかなるのは、精々中層――だいたい四十階位までだ。そこから更に深くに進み、深層付近で隠し扉を探せと言うのか。

「おい、さすがに洒落にならねぇぞ。俺の技術が深層でも通用するか分かんねぇだろ」

「安心しなさい。無理やり連れて行くつもりはないし、ケイマさんの技術は十分深層でも通用するわ。……私たちはあなたを戦力としてではなく、技術者として買っているの。そんな装備で魔物相手に無理をさせることだけは、絶対にしないと約束するわ――私たちのギルドの名に賭けて」

「あぁ。戦力の点では、おそらく私とミーアで何とかなる。迷宮の構造が変わっても、基本的に出現する魔物は変わらないからな」

 基本的に、というのは例外が存在するためだ。人々が魔王の呪いと恐れる物の一つに、迷宮に出現する魔物の種類が変わるという呪いがある。それによって酷い場合では、下層に“火油竜”などの深層にしかいないような危険な魔物が出現することもあるのだ。そうなればその迷宮の中・低層で日々の稼ぎを得る探求者は、完全に干からびることになる。

 逆に深層に厄介な魔物が出現した場合も、面倒なことになる可能性は十分にある。普段戦ったことのない魔物が、ただでさえ気の抜けない深層に出てくるのだ。しかも、戦う準備など全くしていない魔物だ。ホースブールの深層に、そんな魔物が現れないとも限らない。

 ケイマは少し考えてから、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

「……出現する魔物が変わっちまうことに関しちゃ、どうでも良いさ。んなもん、ただの運だからな。けど、俺にも仕事はあるんだ。店にそれなりの食材を持って帰らなきゃいけねぇからな。そう何時間も付き合えねぇぞ?」

「ケイマ、良いのか?」

 まるで了承を前提に話を進めるかのようなケイマの言葉に、ゲイルは真剣な表情で訊いてきた。

「良いっつうか……。まぁ、少なくともリーンの強さは、マジだ。その連れだってんなら、ミーアも確かな腕を持ってんだろう。そんな連中から太鼓判貰えるなら、俺の腕が深層で通じるってのも強ち嘘じゃねぇだろうさ。――それに俺は探求者だぜ? 機会があれば、無茶なこともしたくなるって」

「……行くってんなら止めねぇが、気を付けろよ。お前は確かに“強い”が、時々定まらねぇ時がある。自分を忘れるな。忘れた奴から、迷宮に喰われやすくなっちまうからな」

 そうなりやすくなる、というだけの話。幾ら自分を保てても、くだらないことで終わりは来る。だからこそ、少しでも死に神を遠ざけるよう心掛けるのだ。

 ケイマは頷き、リーンとミーアに向き直る。

「あぁ、分かってる。――で、行くにしても幾つか条件がある。まず、一回の探索に時間制限を付けてくれ。迷宮の食材を店の方に持って帰らねぇといけねぇからな。迷宮でキャンプなんて、持っての外だ。その関係で、宝箱は見つけ次第開ける。食い物が出てくる採取ポイントがあれば、それを採る時間も欲しい。魔物は……まぁ、余裕があればで良い。代わりに、宝箱から出る食材以外のアイテム類は、あんたらが自由に使ってくれて良い。……ひとまず、こんなところか?」

「探索は時間制限あり。食材の出そうなポイントは全て抑える。ただし、魔物はその限りではない。宝箱等から出た食材以外のアイテムの所有権は私たちの側にある。――それだけでいいのか?」

「構わねぇぜ。……というか、とっさに思い付く条件がその程度だ」

「お待たせしました」

 ケイマが他に加えるべき条件がないか考えていると、ミリィがお盆に料理を盛った皿を載せて運んできた。料理からは湯気が出ており、出来たてであることが伺える。

「と、来たか。話は食べながらでも良いかな?」

「あぁ。俺もそうしてたしな」

 とは言う物の、ケイマは自分が迷宮の深層に連れて行かれるかもしれないという話になってから、料理からは完全に手を離していた。ビビり過ぎだ、とケイマは心の中で独りごちる。ケイマは誤魔化すようにパンに手を伸ばし、千切って口に放り込んだ。

「じゃあ、そうしましょうか。折角の出来たてを冷ましてしまうのは勿体ないですし」

 ミーアはそう言って、チラリとリーンの方を見た。リーンの目はお盆の方に吸い寄せられている。ミーアはため息を吐いた。

「こちらは“紅湯牛”の肉を使った、『牛肉のソテー季節のフルーツソース掛け野菜のグラッセ添えて』と、『白身魚とキノコの酒蒸しと温野菜の盛り合わせ』、『季節の果実酒』になります。酒蒸しは梅肉を添えてお楽しみください。――では、ごゆっくりとどうぞー」

「この肉料理は見た目が豪快なのに、随分と気取った名前だな……」

「酒蒸しは見た目が店の雰囲気からずれているわね……」

「美味いんだから、良いんだよ。――ほら、あっち見てみ」

 料理の形と名前を確認した二人組は、ケイマの指さす方に視線を移した。そこには女性探求者が、お上品そうなパスタを、骨付き肉か何かの様に頬張る姿があった。

「あぁ、なるほど。この店は、あれだ。何故か頼んだ物が何でも出てくる様な、……あれだ」

「ガハハッ。まぁ、言わんとしていることは分かるさ。俺も若い頃は随分と驚かされたからなぁ……。そういや、大熊屋――ぼったくり宿の一つが、この店のメニューを盗むために鑑定アイテムを持ち込んだことがあったな。結局料理のランクが高すぎて、名前すら見えなかったみてぇだがな!」

 派手に笑うゲイルは、実に愉快だといった風だ。ゲイルの言葉に当時店に居合わせた古参の探求者も、当時は余程強烈だったのか釣られて笑い出す。若い衆は他の探求者に何があったかを詳しく訊きたがり、この店なら有り得そうだと苦笑した。

「それは凄まじいわね……。――そうだ。ねぇ、ケイマさん」

「あ?」

「この店の食材は、あなた一人で集めた物なのかしら?」

「ん。まぁ、だいたいはな。足りねぇ時は、店に来る探求者かその辺の店から買い取ったりするがな。それがどうかしたか?」

「“紅湯牛”は、中級の中の魔物でしょう? あなたが倒したのかしら?」

「あー、まぁ、いろいろやりようはあるってことさ」

 少し言い辛そうなケイマの様子に、ミーアは追求を止めた。奥の手を隠し持つ探求者は少なくない。それを無理に聞き出すのは、あまり誉められたことではないのだ。

「……そう。なら、いいわ。――リーン。あなた、食べる前にちゃんと手を拭いた?」

「む、失礼な。お前は私がそこまで食い意地の張った人格をしているとでも思っているのか?」

「……敢えて指摘することでもないわね」

 リーンは肉にナイフを通し、フォークに突き刺して口まで運ぼうとしているところだった。既に二切れ分ほど肉が削れて、一緒に運ばれてきたバスケットからも、パンが一つ消えている。

 ミーアは呆れた様に呟き、盆に載せて運ばれてきたフォーク――ではなく、箸という食器に手を伸ばした。

「へぇ、箸の使い方を知ってんのか? 相当な物好きだな」

 それを見たケイマが、面白い物を見た、とばかりにミーアの手元に目を向けた。ミーアは軽く微笑み、上品だが素早く肉を口に入れて咀嚼するリーンを一度見てから答えた。

「えぇ、リーンの影響でね。この街の偉人に縁のある食器なのでしょう? リーンはその人の……と言うより、迷宮に纏わる偉人のファンなのよ。――あ、美味しい」

「そうだ! その人の名前! ――……失礼。あー、何処かに記録は残ってないか? どんな文献を調べてみても、使っていたらしい薄氷の様な剣のことと、口が利けないのかと疑われるほど寡黙な人物だったこと位しか分からないんだ。とにかく謎の多い人物らしい、としかね」

「さぁ? 俺が知ってるのは、連むのが嫌いな鍛冶師で、鎧と剣を自前で作ったってことくらいか。ゲイルは何か知ってるか?」

「何処ぞの貴族が脅して作らせた剣が、見た目は違わねぇのに、びっくりする位脆かったって話は聞いたことがあるな。後は、結構歳を取ってから探求者になったとか……。何せ、勇者がどうこうのなってる時代の、すぐ後の人間だろうが。まともな情報なんざ、残ってるとは思えねぇな」

「ふむ、やはりそう簡単にはいかないか……。私は境界の――……いや、勇者の結界の向こう側の住人ではないか、と睨んでいるのだが。何分、証拠がない」

 少し煩わしそうに、リーンは勇者の名を口にした。

 結界の中に住む多くの住人が感謝している存在であり、探求者の多くが無関心な相手。そもそも生活を迷宮に依存しているのだから、ダイレクトに迷宮――勇者を崇める教会の言うところの魔王の遺物――に関わる探求者たちは、勇者を敬う気持ちは薄い。

 ただ蔑ろにすると教会がうるさいから、とりあえず形だけ敬う存在だ。だからと言って、堂々と勇者に不快感を示す探求者は珍しい。

「リーンは結界の外に行ってみたいのよ。偉人絡みでね。そのためには、通れない壁は邪魔なの」

「なるほど」

 ミーアがフォローを入れ、ケイマは納得した。ケイマは探求者という呼び名がどんな経緯で生まれたのかは知らないが、未知に挑むかの様なリーンの姿は、如何にも探求者らしいと思った。

「すまないな。私の趣味に付き合わせるようで」

「あ? つぅことは、迷宮の深層に行きたいってのは」

「あぁ。おそらく、ケイマの想像した通りだ。ホースブールの偉人は、唯一刃物だけを武器に一人で迷宮を踏破したと伝わるからな。彼なのか、彼女なのかすら分からない人物だが、刃物だけ――切断武器というのは強烈だ」

「おう。そういや、そんな話も聞いたことがあったな。薄氷の剣に比べれば、勇者の五剣など鈍器に等しい。――バカ強えぇって話の五剣相手に、こんな侮辱にしかならねぇ言葉が今の今まで残ってんだ。相当だったんだろうな」

 ゲイルは感慨深げに呟いた。

 ケイマも、もし本当にそうならどれだけ凄い人物だったのか、と過去の偉人に思いを馳せた。普通迷宮の武器と言えば、鈍器に近い物が多い。一応剣であれば刃はついているだろうが、戦い続ける内に潰れてしまう。迷宮産のアイテムは大概が頑丈だが、それでも加工可能な素材で出来ている以上、劣化は免れない。刃というのは特に繊細なので、すぐにダメになってしまう。

 だからこそ、刃が潰れた後に鈍器として使用できる、重厚で肉厚の剣が好まれるのだ。また、切れ味を得るだけなら、スキルがあれば何とかなってしまうため、純粋な切断武器というのは非常に稀有だ。それだけで迷宮を踏破したからこそ、ホースブールの偉人は未来へとその存在感を強烈に残したのだ。

「はー、なるほど。偉人を辿る旅って訳だ。――ん? ギルドに入ってるんだよな、さっきの口振りだと。歴史探求が目的なのか?」

「いや、完全に私の趣味だ。ギルドの目的は別にある。今は休暇中だ」

「私は温泉に入りたかったから、勝手に付いてきただけよ。まさか、迷宮に行くことになるとは、思わなかったわ」

 ギルドとは様々な分野の人間が集まって、一つの目的を果たすために活動する集まりだ。探求者、鍛冶師、道具屋、医師、哲学者、貴族、平民。それぞれの立場は関係なく、等しく目的を果たすための同士であると誓った集団のことを指す。

「ふーん。――ごちそうさん、っと。で、何時迷宮に行くんだ? 確か近い内に迷宮の更新があるから、それを確認しねぇとな」

「うん、美味しかった。――五日後だ。今日を含めて、五日後の夕方に更新が起こる」

「おう。準備が良いじゃねぇか。ケイマ、手が空いたら内の店に来な。前祝いだ。少し位なら、安く譲ってやる」

「助かる。じゃあ六日後の朝にでも何処かで――」

「いや、明日からだ」

「……は?」

「私たちは、後七日しかこの街に滞在できない。始めからその予定だったからな。今から迷宮に入るのが理想だが、此方はお願いする立場だからな。できれば明日の朝から始めたい」

「四日で踏破する気かよ!?」

「不可能ではないさ。私たちには、ホースブールよりランクの高い迷宮で、マップなしの踏破経験もある。……唯一ネックだったのが、次の階に繋がる隠し扉を確実に発見する手段と、扉の開錠に使う鍵と、トラップがある場合はそれの解除アイテム――問題が起こる度に使わなければならない、消耗品のアイテムの存在だ。その条件がクリアできなければ、かなりの労を支払うことになる」

「私たちのギルドにはトラップ探知のできる人はいるけど、探索しながらトラップ解除ができる人や、扉の鍵を用意できたりする職人は居ないのよ。道具を大量に持ち込む方法もあるけど、それだと無駄が多いでしょう? それに職人の方にはギルドの資金調達にも関わってもらっているから、趣味のために鍵を作ってくれとは言えないのよね」

 どうということはない、といった風な二人組に、ケイマは呆れるしかなかった。ゲイルは二人の性格が壺に入ったのか、盛大に笑っている。

「……まぁ、俺は雇われる立場だからな。あんたらがそれで良いなら構わねぇよ。一応、すぐに戻れない時の備えをしねぇといけねぇな。――ゲイル、念のために……って、何時まで笑ってんだ」

「ガハハッ。いや、すまんすまん。で、何だって?」

「……帰りが遅くなる可能性を考えて、お前の方でも食材を集めてくれないか? 客を待たせるのも、忍びねぇからな」

「おう、了解だ。適当な若い衆にも、声を掛けといてやるよ」

「頼む。――後は、家族の説得か」

「ごちそうさま。――私たちからも、事情をお話しした方がいいかしら?」

 ケイマは笑って首を振る。

「いや、俺だけで何とかするよ。――明日の朝、迷宮の前で良いか?」

「良いのか? ご家族に話を付けない内に決めてしまって」

「構わねぇ。たぶん反発すんのは、弟だけだろうよ。――あぁ、食器はそのまま放っといてくれ。妹が回収しに来る。じゃあ、明日な」

 ケイマは呟き、席を後をした。背中にさっぱりと告げられたら、無理はするなよ、というゲイルの言葉がありがたかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ