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「よう、ケイマ。今日はもう上がってきたのか? 早いな」

「あぁ、どうも調子が乗らねぇ。あんまし進まなかったから、明日に賭けることになったぜ」

 武器の調子も悪いしな。ケイマはその言葉を飲み込み、音にはしなかった。

 夕暮れからは少し遠い、ここしばらくはまだ迷宮に潜っていた時間帯に、ケイマはゲイルの店に来ていた。今日迷宮で起きたことに再び巻き込まれた時、より確実に乗り切るためには道具の種類と数が圧倒的に足りないと感じたのだ。地味に役立った惑い香も、使い物にならなくなったロープも、使い捨ての癇癪袋も、少なくとも消耗した分は補給しておきたい。

 ケイマはカウンターの椅子に腰掛けると、ひとまず今日消耗した分の道具の商品名を注文票――と言う名のただの紙――に記入していく。頼めば代筆も可能だが、ケイマは文字が書けるので問題ない。

「……茶でも飲んでくか?」

 ケイマが注文票にペンを走らせていると、ゲイルがそんなことを訊いてきた。ケイマは珍しいこともあるな、と思ったが、素直に好意を受け取ることにした。

「あー、貰っとく」

 ケイマは適当に頷き、注文票に記入漏れがないか確認していく。ゲイルの店で扱っている商品を片っ端から思い浮かべ、使えそうな物の商品名をどんどん記入する。資金が厳しかったり、後から必要ないと思ったら、注文の時に調節してから商品を買えばいいのだ。

 ケイマの返答を受け、ゲイルは店の奥に向けてお茶を淹れる様に大声で頼んだ。返ってきた鈴を鳴らしたような声の主が、ゲイルの妻である。追従する賑やかな声は、ゲイルの娘の物だろう。

 ケイマは黙り込んだまま、注文票に記入を続けた。ゲイルはカウンターに戻ってきたが、特に何も言わずに黙っている。かと思えば、カウンターの下から本を取り出して読み始めた。迷宮産にしては珍しく、特殊な力を持たない本だ。中身は空想の英雄を描いた物語で、写し本も出回っている人気のタイトルだ。特殊な能力を持たないが故に複製も可能――なのだが、複製した人物によって大きく内容を改変された紛い物もあるので要注意だ。その複製品を好んで集める好事家も、いるにはいるが。

 ケイマは注文票に、ゲイルは物語に集中して、しばらく静かな時間が続いた。新たに客も来ないので、賑やかになる様な要因もない。だからと言って、沈黙を守る必要などないが。

「……なぁ、ゲイル。魔物を凶暴化させる道具って、あったか?」

 ふと迷宮の中であったことを思い出して、ケイマは筆を止めてそう言った。迷宮で起きたことの解明が目的、ではない。そもそもあれは、人の手で気軽に作れる様な道具が引き起こせるレベルのことではない。エフェクトが発生していた以上、原因はアイテムによるスキルか、魔王の呪いか。少なくとも、消耗品を売る道具屋においてある様な品に、エフェクトを発生させる物はない。トラップもエフェクトを出す種類はあるが、それだけはないとケイマは思っている。

 ケイマの問いを受けたゲイルは、見開きに指を挟んで本を閉じ、口を開いた。

「何でまたそんな物を? あるにはあるが……、使いこなせんのか?」

「やっぱあるのか。いや、大量の魔物に囲まれた時に、逃走用とかに使えねぇかと思ってな。たしか、魔物を引き寄せる香もあったろ? それと組み合わせて使えねぇか?」

 魔物を団子にして足止めし、その間に逃げる。ケイマはその場の思い付きにしては、なかなか良い案ではないかと思った。

 またケイマは、逃走用と言ったがそれ以外にも使えると踏んでいる。集めて惑わせ、そして逃げる。その方向で使ってもかなり有効だろうが、魔物同士で争わせれば、攻撃力の低いケイマでも効率良く狩りができると思ったのだ。

「おいおい、臭いのある道具は併せて使ったりするなよ? 変に混じると、いらねぇ効果が暴発するからな。――だが、逃げるのに使う分には……。まぁ、お前なら問題ないか。悪用すんじゃねぇぞ? 商品名は『狂い玉』。投げると割れて、中身が飛び散る投擲用。で、効果は区別なく近くにいる奴に殴りかかる、だ」

「おぉ、思ったより直接な効果だな。使いやすそうだ」

「別にお前が殴られなくなる訳じゃねぇ。殴られにくくなるだけだ。後、臭いもある……キツいから、他のと併せて使うんじゃねぇぞ? 時間も短いからな、油断はするな。――さて、と」

 ゲイルはそう言うと、一度言葉を切った。少し悩んだ様子を見せてから、悩んだ事実などなかったかのように、実にあっさりした風に言葉を続けた。

「なぁ、ケイマ。お前が悩むなんざ、何年ぶりだ? 迷宮ん中で何か問題でもあったのかよ?」

 ケイマはピタリと筆を止め、それから姿勢を固めたまま周囲の様子を窺った。目ではなく、肌で感じ取ろうとするように、場の空気を読みとろうとする。ただ感覚が外部に向けられるのに反し、意識は内側に潜って新たに悩みを重ねる。

 しかしすぐに観念して、溜め息を吐いた。

「……分かる物なんだな」

「ふん、俺が何年店番を……いや、そこまでじゃねぇな。――何年探求者をやってると思ってんだ。経験が違うのさ」

「それ、関係あんのか? ――まぁ、なんだ。ちっと、間の悪いことがあってな」

 ケイマはいきなり問われたにしては、考えをまとめる時間を要するでもなくすぐに答えていた。

「間が悪い、か。当ててやろうか? ずばり、迷宮でグエンとかち合ったな」

「……よく分かったな。スキルか?」

「ガハハ、経験さ。何年――っと、もうこの件はいいか。まぁ、何にせよ、様子が変だとは思っていたからな。基本的に宿を第一に動くはずのヤツが、ガッチガチに固められたらみてぇに揺るがないお前が、店の仕込みに間に合わねぇ位ギリギリの時間まで迷宮に潜るっていうんだ。何か起こるとは思っていたさ。何せ、深層まで行くってんだからな」

「んだよ、基本的にって。偶にサボってるみてぇじゃねぇか」

「サボってるだろが。これまでも急に『魔王の呪いを見に行く』だの言い出して、町を飛び出していったことがあるだろ? 何度も何度も。――あの時だ。あの時のお前が持つ異常さが見えたんだよ」

「…………」

 そのことを持ち出されると、ケイマには反論するすべがない。ケイマは反論できずに黙り込み、誤魔化すように注文票に目を走らせた。

 ケイマとしては趣味の領域だと思っていたのだが、外からは異常ととれる行動に見えていたようだ。自粛しようかとも考えたが、魔王の呪いが出た、と言う噂を聞いた時の衝動は、ケイマ自身にも抑えられそうにない。こればかりは、周りに悪癖の一つと受け入れてもらうしかなさそうだ。

「お茶ー」

 ケイマが黙り込んでいると、店の奥から幼い声が響いてきた。ケイマとゲイルが声のする方に目を向けると、ヨタヨタと陶器のコップを乗せた盆を運ぶ少女がいた。ケイマの弟のマークよりも更に幼い、ゲイルの一人娘だ。親の手伝いをしたくて仕方がない年頃なのだろう。

「おう。ありがとうなー、マリン」

「働き者だな、本当。っと、ありがとな」

 真っ先にゲイルが気持ち悪い声で自分の娘のマリンを褒め、ケイマは少し引き気味にコップを受け取った。

 ケイマは感謝の意を伝えた後、カウンターに向き直ろうとしたが、ジッとマリンに見つめられていることに気が付いた。ケイマは、自分の手に汚れが付いていないことを確認してからマリンの頭を撫でてやると、マリンは照れくさそうに笑って店の奥に走っていった。

「よう、ケイマ。娘に手ぇ出したら……」

「落ち着け、ゲイル。歳の差を考えろよ」

「……いいだろう。見逃してやる」

「…………」

 ケイマは何とも言えないといった表情で、親バカの重篤患者を眺めた。

「何にせよ、お前はまだ若い。やりたいことがあるなら、それに信念持って、目標を立てて……。まぁ、時々やってるみてぇに執着してみるのも悪くねぇだろ。そうやって、色々やってみれば良いさ」

「執着、か。そこまで強いか? 俺の行動は。……なぁ。俺の目的だの信念だの――執着だの、外からは何がどんな風に見える?」

 ケイマは言葉の途中でお茶を飲み、一息入れた。茶葉を変えたのか、以前機会があって飲んだ時とは違う、独特の風味が舌の上を流れていく。鼻を抜ける爽やかな苦味は確かに馴染んだお茶の物で、ケイマの意識をスッと覚醒させた。

「あ? ずいぶん変なこと訊くな。そうだな……。少なくとも今は、宿を守るってとこじゃねぇのか? 辛うじてな。後のことは知らねぇ」

 酷い言われようだ、とケイマは思った。少なくとも、辛うじて――。ケイマの内面に対する悪意のない攻撃が、誤爆したトラップのように鋭く刺さる。ケイマに解除不能なトラップなど、ここ数年出会っていない。

「色々問いただしてぇことはあるが、とりあえず……。何個もやりたいことのあるヤツなんざ、そうそういないだろ」

「そりゃ多くはねぇだろうさ。何もしたくないだの、何も考えたくないだの言ってるヤツもいる世の中だ。けどよ、問題――って程でもないかもしれないが、お前が意識しなきゃならねぇのはそこじゃないだろ。普段のお前の目的と、時々やらかす執着ってのが、かなりチグハグなんだよ。つまりだな、ズレてるっつうか……。あぁ、面倒臭せぇ」

 ゲイルは自身の頭を荒っぽく撫でてボヤキ、考えを纏めるように暫し沈黙した。

「――この際だから言っとくけどよ、要するにあれだ。宿を守るって信念な、お前は時々完全に忘れて別のことに夢中になるだろ?」

「っ、んな訳が!」

「それが! ……お前の中に見えるズレ(・・)だ」

 考えを粗く纏めたゲイルの言葉に、ケイマは沸騰した様に反発した。しかしすぐに被せられたらゲイルの大声に、ケイマの声は封鎖されてしまった。その後に言葉を続けるゲイルの表情も、いたって真面目だ。

 確かにゲイルの言葉は、会話の流れからは外れていたかも知れない。しかし厳つい顔つきに反して言葉には角がなく、かと言ってケイマを訳知り顔で諭す風でもない。自身の主張の正当性を声高に喚くでもなく、更に大声を重ねて無理矢理意見を押し付ける訳でもなく、ただ思ったことだけをストレートに言い、言葉を締めくくった。

 そんな質量はないが存在感のある言葉は、ケイマの反発を引き起こし、続く言葉ですぐに鎮圧してしまった。抜き放たれた心の剣は行き場を失い、墜落するように収められる。あるいは、切りつけるべき物が視界に入っていなかったからか。ケイマは、自分でも何故生まれたのか分からない苛立ちに突き動かされ、つい怒声を張り上げてしまったのが情けなかった。

 今のケイマの内面には、いつの間にか何処かへと消えていた苛立ちの代わりに、動揺だけが残った。ケイマはカウンターに肘をついて頭を掻くと、腹に溜まった重い物を吐き出す様に深く呼気を流した。そのまま二、三度深く呼吸を繰り返し、ようやく心を落ち着かせる。

「……悪ぃな」

 ケイマはポツリと、言葉を零した。適切な言葉が見つからなかった。感謝する様な要素はないし、染み着く様な怒りを感じたた訳でもない。ただ迷惑だけをかけた気がして、どうにも申し訳なく思った。

 しかしこのまま謝り倒すのは、ゲイルの気遣いを無駄にしてしまう気がした。だからケイマは、気遣いを重ねられない様に言葉を続けた。

「――それにしても、わざわざ珍しい茶まで用意して引き留めるとか、何処まで予想してたんだ?」

 ケイマは努めて明るく言うが、ゲイルの指摘したケイマ自身の問題は不明瞭なままケイマの中に残っている。解決するかどうか以前に、問題なのかさえケイマには分からない。――ただその“問題”の存在自体は、ケイマにも認識できていた。

「ガハハ。若い奴が悩んでいると、つい手が出ちまうのさ。まぁ、茶を薦めたのは、そんな気がしたから言っただけの気まぐれにすぎねぇさ。そもそも店に来なけりゃ、お前が悩んでるなんざ思いもしなかっただろうよ。――あー、あとな……」

 豪快に笑って答えたゲイルは、最後に声を潜めて付け加えた。しかしそこで言葉を切り、どうやら言うべきか言わないべきか悩んでいる様子だ。

「な、何だよ。まだ問題ってのがあるのかよ」

 ケイマはまた何か指摘されるのかと、若干苦い顔をして身構えた。

「いや、な? この茶は珍しくも何ともねぇ安物だぜ?」

「…………」

「あー、なんだ。仮にも美味い飯を出す宿の長男なんだからよ、この位の味の見極めは……。おい、ケイマ? どうした?」

 ケイマには舌上の悪魔の笑い声が聞こえた気がした。

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