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 ケイマの意識が浮き上がる。覚醒へと傾いた意識を礎に、ケイマは勢いよく目を見開いた。そしてすぐに左右へと視線を走らせ、外の光景を観察した。ケイマには意識が落ちていた時の記憶は存在せず、まずはその間にどれほどの時間が経ったのか知りたかったのだ。

 視界の大部分を占める色は赤だ。そこからケイマは、自分がまだ迷宮にいることを理解した。目が物の輪郭を認識できる程度に回復すると、近くにミーアがいることに気が付いた。

「目が覚めたかしら?」

「どれくらい寝てた?」

「私が、……あそこから、ここまで歩いてくるまでの時間よ」

 ケイマはミーアに、短く問いかけた。申し訳なさがあったからだ。自分のせいで進行が遅れたかもしれないというのが、ケイマには重かったのだ。対してミーアは、小部屋の中央付近と足元を連続して指差して、そう答えた。どうやらそれほど長い時間、意識を失っていた訳ではない様だ。

「……ありがとうな」

 ケイマはそのことに少し安堵すると、ぶっきらぼうに感謝の意を伝えた。

 同時に安堵は、責任以外にも向けられた。少なくともミーアは、戦闘不能になった味方を放置するタイプの探求者ではないらしい。あるいはミーアにとって、戦えない者を抱えていても問題のないレベルの迷宮ということか。もっと単純に、ケイマの鍵開けの技術に対する行動なのか。

「…………」

 ケイマは自分の思考がどんどん負の方向に向かっていくのを感じ、一度強く目を瞑ることで区切りを付けた。気持ちの区切り、気分の整理。気分を変えたい理由は、他にもある。魔物から受けた痛烈なダメージによるものなのか、自身が弱気になっていることに気付かされた。それを振り切るためにも、区切りが必要だったのだ。

 ケイマは痛みの残る身体を、具合を見る様にゆっくりと起こした。起きあがる動作にあわせて、焼かれた“逆立ち”のドロップアイテムの燃えかすが落ちていく。ケイマの身体は動くには動くが、本調子にはほど遠い。

「どういたしまして?」

 ミーアは何故感謝されたのか分からない、といった様子でそう言った。それを見たケイマは、一瞬とはいえマイナス方向に向いていた自分の意識が、とても間抜けに感じられた。

 ケイマは、何でもない、と呟いてから、放り出された自分の剣を探した。視線を通路の奥に寄越せば、目的の物はすぐに見つかった。すっかり魔物がいなくなった通路の地面に、ドロップアイテムに埋もれるようにして、未使用の癇癪袋と傷付いた剣は転がっていた。

 しかし、それ以上にケイマの視線を引きつけた物があった。者がいた。頭の上から爪先まで、全身を覆う金属光沢。迷宮ではまず見かけない、騎士が好むという重装備。ホースブールには数少ない、全身鎧の探求者。

「何故この深さまでこそ泥が来ているのか……。理解に苦しむね」

 その中でも、力なき者を、スキルを持たない探求者を、端から馬鹿にした風な口調の探求者ともなれば、正体は自ずと絞られる。ホースブールの天才、グエンだ。

 ケイマはグエンの言うこそ泥が、自分を指す言葉であることは分かっている。しかしケイマは、自分がこそ泥だとは思っていない。思いたくない。だからこそ、グエンの言葉には一切反応を示さずに通り過ぎた。事務的に飛び出した網を丸め、道具袋に突っ込んだ。グエンはそんなケイマの態度が気に食わなかったのか、ガシャガシャと鎧を鳴らした。

「まともに魔物を倒すこともできない君が、最深部到達の栄誉を汚そうとするとは、どういった了見だ? おまけにそれなりに強い探求者に寄生し、挙げ句の果てには足を引っ張る。こそ泥が何を考えているのか、私には理解できないよ」

 鎧の擦れる音と声の感じからして、グエンはわざわざケイマの背中を見て言った様だ。ケイマは気配など読めないが、迷宮の魔物もこれだけ騒がしければ、随分と戦いやすいのに、などと考えていた。考えただけで、態度には微塵も出さなかったが。

「…………」

 ケイマは黙ったまま剣と、ついでに未使用の癇癪袋を拾い上げた。剣は拾い上げた流れで鞘に戻そうとして、途中で動きを止めた。剣の重心が変わっていたのだ。微細な変化だが、どうやら刀身が歪んでしまったらしい。鞘自体は頑丈な革で作られているので、剣が多少曲がっても納まらないということはないが、何かが原因で寿命を縮めてしまったようだ。放り出した後に魔物に踏まれたか、癇癪袋の爆発の影響か。

 ひとまず剣を鞘に納めた後、ケイマは癇癪袋の表面を見て傷が入っていないかを確認した。傷が付いた癇癪袋を道具袋に戻して放っておいて、気が付いたら爆発していた、というのはあまりにも笑えないからだ。

 剣で小突いて位置を調節した癇癪袋は、表面に傷が付いてしまっている。防御のために放り投げた癇癪袋は新品同様で、湿り気が進入した様子はない。ケイマはもったいないと呟いてから、傷のある癇癪袋を放り捨て、抜いた剣を振り抜いた。そして破裂音が響く。柄を握る手には鞘をひっかく摩擦の重さを感じ、伝わる振動に手首が揺らされた。剣の重心が変わった様子はない。使えないことはねぇな、とケイマは呟いた。

 グエンは付き合っていられない、とでも言う風に肩をすくめると、小部屋の方に向かっていった。正確には、その直線上にいるミーアが目当てなのだろう。あるいはその先にいる、腕を組んだリーンが目的なのか。あるいは、両方か。リーンの周りにいる探求者は、グエンのパーティーメンバーだろう。グエンの物よりも些かお粗末な風ではあるが、メンバーの殆どが全身鎧で身を固めている。

 ケイマは無言を貫いたまま、小部屋の方へと向かっていった。言いたいことは山ほどあるが、同時にそうすることに何の意味があるのか、と雑音が入る。この場におけるケイマの発言は、何処までも薄かった。

 ケイマがミーアの横を通り過ぎた時、グエンは親しげにミーアに話しかけていた。ミーアは平常通りの平坦な無表情で、何を考えているのか分からない。ただケイマが横を通り過ぎたのと合わせて、小部屋に向けて歩き出した。追従するのは、グエンの言葉だ。どんなスキルが使えるのか、どんな魔物を倒したか――。意識してグエンの言葉が届かない様にするケイマの耳は、それでも僅かに拾われた単語から言葉の意味を収束させてしまう。要らない才能だ、とケイマは心の中で愚痴た。

 足の裏からは、歩く度にドロップアイテムの擦れる感触が伝わってくる。本来であれば、移動しながらドロップアイテムの回収も行うところだが、どうにも手が動かない。ドロップアイテムの回収をして懐を潤すよりも、後ろから嫌みを言われるのが嫌だったのか。あるいは、なけなしのプライドか。

 バリケードになっていた魔物も、今はドロップアイテムに姿を変えていた。捕捉するのに使った網は執拗なまでに刻まれ、再利用どころか再加工すら絶望的だ。そのボロボロの網に足止めをくらっていた魔物が、どういった終焉を迎えたのか。視覚が捉える“エグさ”に、ケイマは少しだけ眉をひそめた。ふとケイマは、意識を失う少し前に残っていた魔物も、この剣に裂かれたのだろうか、などと考えた。

「――どうですか? 私共とパーティーを組む方が、賢い選択と言えるでしょう」

 ふと、どころの話ではなかった。グエンのくだらない口上の中で、その一文だけは強烈な衝撃があった。衝撃に打たれた様に歩調は狭まったのは、次に来る物を何だと思ったからなのか。ケイマには何も、分からない。

「私は必要ないわ」

 グエンの誘いに対するミーアの回答は、とても簡素だった。

「……おや、先程は随分と手間取っていたようですが。私の思い過ごしでしたか。――迷宮で強さを決めるのは、有効で強力なスキルの数です。そのことはお忘れなく」

 では、と言ったグエンは軽く会釈し、スッと歩調を上げてケイマを追い抜いた。ケイマは追い越される瞬間に睨まれたが、それが響くことは全くなかった。無反応なケイマに舌打ちしたグエンは、小部屋まで行くと自分の仲間を呼び、リーンになにやら話しかけてから立ち去っていった。思いの外あっさりとしていたな、というのがケイマの感想だった。グエンがもっとしつこく二人を勧誘すると思ったのだ。

 ケイマはグエンがいなくなるのを見送ってから、右手を自分の身体に這わした。軽く各部を押さえ、ダメージの溜まり具合を確認していく。場合によっては、迷宮探索を止める必要もある。幸い骨にダメージが入った様子はなく、歩くことはできるので問題はないだろう、とケイマは判断した。

「痛み止めと、傷の治りを早くする薬。必要かしら?」

 予めタイミングを窺っていたのか、ミーアがケイマに話しかけてきた。ケイマの胸中に、あるならもっと早くに欲しかったという気持ちと、果たして何味なのかという恐怖が過ぎる。飲むべきか飲まないべきか。どちらも生命の危機から来る考えというのが、笑えるようで笑えない。当事者特有の感覚だ。

 いや、とケイマは心の中で呟いた。グエンのいるタイミングで薬を受け取るのも、かなりキツいと思ったのだ。足手まといだと、重ねて言われるのが嫌だった。

「……味は?」

「甘辛」

「…………も、貰おう」

 困惑を伴う味覚情報に、ケイマは言葉を詰まらせた。しかし足手まといはゴメンだと思い、ケイマは悩んだ末に飲み薬を受け取ることにした。ケイマはちょうど小部屋に戻った時に薬ビンを受け取った。中身は涼やかな水色の液体だ。ただ迷宮の赤い壁を透かしてみれば、何とも不気味な紫色になった。

「……あぁ、その色。見るだけで憂鬱になるな」

 ケイマが薬ビンを翳していると、リーンが表情を歪めてそう言った。本来であれば、真実を知らなければ、とても危険な物には見えない。リーンの言葉に尻込みしたが、ケイマは薬を受け取っておいて、今更要らないとは言えなかった。

 ケイマは薬ビンの栓を抜くと、一気に中身を呷った。サラサラとした液体が歯に触れて弾け、舌の上をスルリと滑る。そして脳が爆ぜた。

 味わうなどと言う言葉は悠長すぎる。味を感じる暇などなかった。肺が背中を地面に打ち付けた時並に収縮し、体内に触れた異物を排出しようとする。とっさに口元を押さえたことで吐き出さずに済んだが、代わりに粒子状になった薬が鼻へと侵入して息が詰まる。まだまだ未熟とはいえ迷宮に挑む男が必死に、痛い、と叫ぶのを我慢した結果だ。空になった肺に空気が通らず、胸部がミシミシと悲鳴を上げた。

「――ブエッ! ガッ、ゴボッ!」

 何とか口にある分は飲み込んだが、薬ビンにはまだ液体が残っている。随分と遅れて、脳が痛みと感じた物が辛さであったと気付いた。今、口の中には強烈な甘味が残っており、その甘さは胃の内容物を強引に引きずり出そうとする。非常に危険な状態だ。飲み薬の元の色はどちらかと言えば爽やかな色なので、何も知らなければ騙されて、心のガードすら用意できなかっただろう。

「ミ、ミーア。これは甘辛じゃねぇ……。辛味と、甘味だ」

 それも激と頭に付く様な。ケイマはそう呟いて、震える手でビンを口に近づけた。

「無理なら止めた方が良い。素人にその薬は無理だ」

 リーンは止めたが、ケイマは黙って首を振った。ケイマの脳裏を過ぎるのは、出る場所を間違えたクラムの姿だ。舌が痺れるという苦味を追求した薬を、クラムは一気に飲み干したのだ。クラムはその後、薬を吐いたりはしなかった。ダメージを受けた様子もなかった。クラムはそれ程までに、疲労困憊だったのだ。

「つまり、俺にはまだ余裕があるってことだ」

 ケイマは今度こそ、薬ビンの中身を体内に流し込んだ。

 脳がショートした。


 ―――


「……グエンについて、どう思うよ?」

 しばらくの間声を失う呪いにかかっていたケイマは、喉を温泉水で清めてようやく口を開いた。地面には割れた薬ビンが転がっているが、ケイマは絶対にそれを目にしない様にする。まだ内容物を引っ張り出そうとする悪魔が口の中にいるが、これでも随分とましになった方だ。

「タイミングは絶妙だったな。火の壁を抜けてきた時は、魔物かと思ったが……。竜鱗亭だったかな? 魔法を弾けるようになる湯は」

 リーンは、二つの通路から流れてくる魔物に掛かりきりだった。別々の通路からという都合上、立ち位置はかなり限定されてしまうのが原因だ。リーンは炎の壁を越えられた者がいたことに驚き、更にそれが人だったことに驚いたと言った。少なくとも敵意らしい物は感じなかったので、そのまま放置することに決めた様だが。

「全身鎧に魔法への耐性……。ケイマさんの言っていた、強引なトラップの突破は、彼らの仕業かしら?」

 ミーアは、ケイマに近付く全身鎧を見ていた様だ。特に怪しげな動作をすることなく、スキルで網に絡まった“馬の頭”をメッタ刺しにして、そこからケイマに近付いていったらしい。ケイマの攻撃力不足もあり、そのまま放置しても大丈夫かと思っていたら、急にケイマがバランスを崩したのだという。ミーアの位置からは、その時にグエンが何かをした様には見えなかった様だ。

「まぁ、そうだろうな。でもまぁ、魔法錠に関しちゃ、見えない物を見ることができりゃ、大した手間でもねぇからな。ここまで来てんのがあいつ等だけとも限らねぇ」

 ケイマの意識は、完全に魔物へと向いていた。背後から近付くモノなど、者になど、気にも留めていなかった。だからこそ、いきなり押された時に対処が取れなかった。面倒なことに、迷宮の中では何があったのかなど分からない。違和感を感じ取ったのがケイマ一人というならば、証言としては薄すぎる。

 他の探求者に殺され掛けたなどと内容自体がデリケートな上に、相手が悪い。ケイマが文句を言ったところで、言いがかりと思われても仕方がない。何せ相手は、ホースブールで一番の探求者だ。ケイマのホースブールでの影響は、あくまでも親の影響。分はグエンの側にある。

「確かにケイマさんがバランスを崩した件も気になるけど……。私はあなたの“技術”について、幾つか訊きたいことがあるのだけれど?」

 ケイマの戦闘中にあったことを話してみたが、進むことはできない。ミーアがケイマの技術について訊いてきたのは、そんな時だった。

「――いえ、やっぱり良いわ」

 が、ミーアはすぐに前言を撤回した。目に見えてケイマが緊張したのが分かったからか。何はともあれ、追求されないのはありがたい。ケイマの中でも、色々と整理ができていない部分はあるのだ。未整理と言うべきか、ほったらかしと言うべきか。

 ケイマが手付かずの部分に触れられずに安堵していると、今度はリーンが口を開いた。

「訊きたいこと……、ではないが、言いたいことがある。まさかとは思うが、さっきの探求者は、ミーアのことをパーティーリーダーだと思っていなかったか?」

「パーティーに入らないかって、真っ先に私に声を掛けてきたのだし、そうじゃないかしら?」

「納得できない」

「なら、研鑽を積みなさい」

「……納得がいかない」

 もしかすると、自分は物事を難しく考えすぎているのだろうか。ケイマはそんなことを思った。

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