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 ケイマの設けた条件により、当然だが迷宮探索は毎回低層から始まる。夜になる前に迷宮の外に出るのだから、当然といえば当然だ。

 深層の未知の階層を進む際に、ケイマはひたすらマップを作成する。帰りはそのマップから予想される最短ルートを割り出し、そこを通って外へと行く。次に迷宮の奥を目指す時は、穴だらけのマップから最短距離を選んで、帰りには再び最短ルートの予想をする。その繰り返しだ。

 期間が四日なので、最善のルートを見つけることは不可能に近い。それでも三日目ともなれば、一日目に通った階層の多少はまともなルートが開拓できる。そうやって割り出したベターなルートのおかげで、日を増すごとに階層あたりの進軍速度は上がっていった。

 そんなルートの一つ、一日目に通った階層にケイマたちはいた。

「そういや、リーンの盾は受け流すのに向いてねぇよな、形からして。まさか最初っからその盾を使ってんのか?」

 会話の途切れたタイミングで、ケイマは思い付いた疑問を口にした。

 一度到達した階層までは、ケイマの役目はトラップの発見と解除だけとなる。迷宮の中でこういった風に思うのは、間違っているかもしれない。しかし、常に手を動かし続ける必要のあるマップ作成の手間がないので、暇なのだ。

 一応警戒はしているが、リーンのパッシブスキル以上の効率は発揮できない。ケイマが盾に慣れるためにも、余裕のある内に何度か魔物と戦う機会は設けているが、それも安全を考慮した上でのことである。とても、暇なのだ。

「いきなりだな。――まぁ、確かにずっとこの盾を使い続けている」

 リーンの盾には雲海の彫刻が施されているため、表面には凹凸がある。盾の外観自体も巨大で平らな長方形なので、攻撃を滑らせるのは不可能に近いはずである。

「……初めっから、ガチで受けてたってことか。ほとほと信じられねぇな」

 ズルをしない限り、初心者はスキルを使えない。それはミーアの言葉だったか。生まれたてのアイテムが、初めからスキルを持っていることは極めて稀だ。仮に稀な物があっても、それらからスキルを引き出すのは並大抵のことではない。努力でいずれ使えるようになるならまだ良い方だが、アイテムとの相性が悪い場合は、使い手が変わらない限りスキルが発生することは絶対にないのだ。

 リーンの盾は、青いエフェクトを纏って防御の構えを取ることができる。初めてケイマと会った時に、突進する“箱喰い”に対して使っていたように。その後の迷宮探索でも、青いエフェクトを出している時は、リーンは直に攻撃されても一歩も後退せずに盾で受けきっている。

 ならばアイテムを手に入れたばかりの頃、防御のスキルが使えない時期は、いったいどうやって攻撃を凌いでいたのか。あるいは盾との相性がよっぽど良く、初めからスキルが解放されていたとでもいうのか。

「それなりに苦労はしたさ。一応剣のパッシブスキルのお陰で、力不足ということはなかったな。ただ、装備よりも重い相手は、やはり厳しいかった。どうしても吹き飛ばされてしまう」

 迷宮の魔物は、大型の物が多い。小型のタイプもいるにはいるが、そういったタイプは低層で出る弱い物か、あるいは厄介な能力を持った物ばかりである。重要なのは、接近戦を行うタイプの強力な魔物が、総じて大型の物ばかりであるということだ。

 身体が大きいと言うことは、特殊な形態でも持たない限り、重いということだ。正面からのぶつかり合いをするならば、重量という要素は無視できない。特に人は、多くの魔物よりも軽い。普通であれば、いくら力があっても直にぶつかり合うなど、愚か者のすることだ。そんなことをすれば、衝突と共に弾き飛ばされてしまう。

 リーンは防御のスキルの使えない時期、そんな危険なことを繰り返してきたということか。

「……よく生きてたな」

「ギルドメンバーのサポートもあったから、まぁ、君が想像しているよりも安全だっただろうさ。それにある程度無理を通さなければ、望むスキルは手に入らないからな」

「それでも良くやるぜ。……なぁ、その戦い方を選んだのは、自分の意志か?」

「もちろん。私はギルドの“城壁”であることを望んだ。――今のは、心配してくれたのかな?」

「んな訳ねぇだろ」

 ケイマの心を過ぎった“心配”を、リーンは笑って否定した。ケイマは若干ふてくされながらも、自分より圧倒的に強い探求者が自由であることに安堵を覚えた。しかし安堵の理由は、ケイマには分からない。

 その時、背後からクスクスと笑い声が聞こえ、ケイマは何となくいやな気分で振り返った。そこではミーアが、口元を隠して笑っていた。

「あぁ、ごめんなさい。あなたを笑った訳じゃないのよ? ただ、リーンが盾を手に入れた時のことを思い出して。それはもう、すごいはしゃぎようで……」

「改めてそこを突かれると、存外恥ずかしいな。今では反省しているよ」

 リーンも苦笑しているようで、言葉が弾んでいる。あるいは、盾を手に入れた時の感覚を懐かしんでいるのか。

「なぁ、何しでかしたんだ?」

「しでかす、とは酷いな。周りに直接迷惑を掛けた覚えはない」

「そうね。いきなり――深層が私を呼んでいる……。すぐに行かなければっ――って、叫んだと思えば、急に走り出しちゃって。追いついた時には“大一突き”相手に盾を構えているところで、止めるのは大変だったわ。楽しかったけど」

「ははは。よしてくれ、恥ずかしい」

「わー、声がそっくりだー」

「あら、そこ?」

 ケイマにとって、内容が笑い事を超えているのだが、リーンとミーアには思い出のレベルの出来事に過ぎないらしい。ケイマはどう対処していいかわからず、意味の分からないことを言っていた。名前からして巨大な魔物に、アイテムとはいえ手に入れたばかりの盾で挑む者の気が知れない。

「まぁ、五体揃ってるってこたぁ、助けが間に合ったってことか」

「いいえ? 私たちは見てただけよ?」

「は?」

 更なる事態の判明に、ケイマの思考は固まった。

「例えば私がリーンと魔物の間に入ったとして、魔物を止められると思うの? 無理よ。私はそんなに力持ちではないもの」

「……じゃあ」

「あぁ、今でもあの浮遊感は忘れないよ。――あの頃は青かった……」

「無茶苦茶だ」

 ケイマは頭を振り、呟いた。呆れを通り過ぎて、恐怖すら感じられる。今の落ち着いて探索を進めるリーンからは、想像も出来ない愚行だ。

 また、気になることもある。ミーアは確かに止めるのが大変だった、と言っていたが、果たして何を止めたというのか。少なくとも、深層に向かうリーンを止めた訳ではないだろう。

「私が新しい薬のレシピを開発した時に、人で試したくなるのと同じ感覚なのでしょうね」

 ミーアが何か言っているが、ケイマは理解してはいけない気がした。なのでケイマは、前後の会話の内容と合わせて忘れることにした。

「あ? まてよ……。深層に行ったってことは、できたての盾で中層を抜けたのか?」

 ケイマは話題を変えるためにも、ついでに気になっていたこともあわせて訊いた。リーンであれば、低層は問題なく進めるだろう、と思った。それと同時に、どうやって中層を切り抜けたのだろうか、とも。ただでさえ使い慣れていない盾、それも大型の物が重りとして左腕に付いているのだ。

「あぁ、迷宮の最深部から戻る途中だったからな。門を抜けて、すぐそこだったよ」

「は? ……いや、宝箱でもあったのか?」

 ケイマは少し悩み、最深部に宝箱でもあったのか、と思って聞き返した。

「少し違うな。願ったんだ」

「願う?」

 ケイマは首を傾げ、怪訝な顔をした。一体何に願ったのか。迷宮の奥に、何がいるというのか。

「そう、願う。それが叶って、この盾が手に入った。――まぁ、全ての迷宮が願いを叶える訳ではないが……。役割があるそうだ。迷宮には、それぞれ」

 私は全ての種類を知っているわけではないが、とリーンは最後に付け加えた。

「なんだそれ? 迷宮の最深部まで行きゃ、願い事が叶うのか? 聞いたことねぇぞ」

「リーンは役割がある、と言ったでしょう? 迷宮にも種類があるのよ。ホースブールの迷宮がどんな役割を持っているのか、最深部がどんな構造をしているのか。――私たちには、そこまで分からないわよ」

「……初耳だぞ、迷宮の役割なんて」

「その迷宮の奥に何があるのか、知らなければ魅力も半減ね。まぁ、迷宮を収入源としてみるだけなら、それでも十分なのかもしれないけれど」

 何もない場合もあるのよ、とミーアは付け加えた。

 ケイマは、最後にホースブールの迷宮の最深部へ到達したのが、いったい誰なのかを知らない。ましてや、最深部に何があるかなど、知ろうとも思わなかった。

 その事実が、届きそうなところに手を伸ばそうとしなかった過去が、何故かケイマを苛んだ。もがく様な心の動きは、熱く息苦しい。行きどころのない感情の対処法を、ケイマは分からないままだ。

「ふむ。深層に到達した者が少ないのが原因かな? あるいは、役割を持たない迷宮なのか、条件が足りないのか……。――何れにせよ、見てみれば分かることだ」

 見てみれば分かる。近くに魔物でもいるのか、リーンは剣を抜いてそう言った。それは、確実にホースブールの迷宮を踏破してみせるという、強固な意志の現れなのか。

 あっさりと言い切ってしまうリーンは、ケイマには直視するのが苦痛なほど真っ直ぐだ。障害がなかったからそうなったのではなく、まるで熱した鉄にそうする様に、打ち上げられて研磨されて。そうして真っ直ぐに研ぎ澄まされた、不動の姿が見て取れる。

 解消できない違和感から逃れる様に、ケイマは視線をさまよわせた。場所は一日目に通ったルートから逸れ、二日目に発見した現状の最短ルートに移っている。そのルート上にある四面が通路と接続した小部屋に、ケイマはトラップを見つけた。隣り合って二つ、嫌がらせタイプと致命的なタイプだ。

「っと、ストップ。部屋の真ん中に二つトラップがある。端に寄りゃ踏む心配はねぇ」

 ケイマはトラップを発見したので、記録するために隠者の手記を取り出した。すると苛立ちはスルリと抜け、戸惑う視線は冷静に観察する目に変わる。その安定感がどこから来るのか、ケイマには分からない。

 今はトラップが発生しているが、二日目の同じ場所には何もなかった。ルート自体も一日目には通らなかった、二日目の帰りに発見したものである。まだ少し遠回りをしている感があるが、より深層を目指すのに、到達済みの階層で変な冒険をする必要はない。最深部まで行くことが目的なのだから、進んだ先が行き止まりでは、笑えない。

「そうか。――む?」

 ケイマの注意に、直進していたリーンは一度方向を変えて、トラップを回り込もうとした。しかしその途中で足を止め、不思議そうに近くの通路を覗き込む。

 ケイマはリーンが何に気が付いたのか気になったが、チラリと右前方にいるリーンを見ただけで、すぐに手元に視線を戻した。後二日で無用となるマップではあるが、手を抜くようなことはしない。その根底にあるのは、何かが分かるかもしれない、という執着心だ。

 ミーアは、今はトラップに興味が向いているのか、部屋の中央をジッと見つめている。“床から纏わりつく蔓”“周囲から杭”と、トラップの中身まで記入したケイマは、ミーアにあまり近付かないようにと言おうとした。しかししただけで、言う前に事態が動き出した。

 初めに事態に気付いたのは、リーンだった。予兆らしきものにも気付いていた様子のリーンは、トラップを踏まないように大きく回り込むようにして対面する壁の通路へと走った。そして盾を構えて、ケイマとミーアを背に、青いエフェクトを漲らせる。

 その間にミーアは、周囲の敵勢を探る魔法を完成させる。ミーアは、リーンが駆け出した時に何かが起こると思っていたのか、その時点で臨戦態勢に入っていた。

「これは……」

 目を細め、陣から受け取った情報を吟味するミーアは、少し面倒臭そうに呟いた。ようやく事態の変化に追いついたケイマが、何があったのか、と聞く前に“ソレ”が来た。

 濁った紫のエフェクトだ。まるで魔術師のスキルのように、掴み所のないエフェクトだ。横凪にした棒の先の軌跡を固定したような、浅い弧を描いたエフェクトが、リーンの構える盾の向こう側の通路から突き進んでくる。通路の端から端までを通せんぼうするように目一杯広がった弧は、瞬く間にケイマたちのいる小部屋に到達した。

 そこでエフェクトの全貌が明らかになった。それまで見えていた弧の両端は、弧の一番端ではなかったのだ。客観的には、まるで弧自体が巨大化したかのように見えただろう。高速で接近する巨大な弧は、明らかに迷宮の壁を貫通しているのだ。その様は、まるで迷宮の中に根を張っていたかのようだ。

 今から逃げるのでは間に合わない。そんな横長の弧を、リーンは一歩も引かずに受け止めた。青いエフェクトに触れた部分から弧は砕け、そのまま散っていく、ように見えた。

「っ! ミーアっ、防御!」

 そのことに真っ先に気付いたのも、リーンだった。慌てた様子で振り返ったリーンの横で、砕けて二つに“分かれた”エフェクトが、それぞれもう片方と再び繋がろうとするかのごとく伸びている。ミーアは迎撃用の陣を組み上げているが、明らかに間に合わない。

 そんな中、ケイマは気付けば盾を構えてミーアの前に立っていた。集中力で引き延ばされた時間の中、ケイマは首飾りが擦れて立てる音を聞いた。

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