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「トラップが踏まれた形跡がある」

 ホースブールの迷宮の深層にある通路で、ケイマは唐突に足を止めて言った。ケイマの言葉に、先頭を行くリーンが振り返った。殿のミーアも、三人で向き合える位置まで来て立ち止まる。

 三人がいるのは、両腕を広げた大人が二人並べばやっと行き来を遮断できる、比較的広い通路だ。赤く発光する迷宮のお陰で、近場に関しては視覚に不便を感じない。だからこそ、目に頼った方法でも十分に近場のトラップを発見できる。その痕跡も含めて。

「気のせいではないのか? あるいは、偽装されている可能性は?」

「今試す」

 ケイマは短く言い、通路のど真ん中にあるトラップ跡に近付いた。

 ケイマはトラップ跡の前にしゃがむと、その周辺を不用意に触れないよう気を付けながら観察を始めた。トラップ自体は巨大だが、とても小さな起点しか持たないタイプだ。そこにトラップがあることさえ分かれば、解除しなくとも壁際を通れば何とかなるレベルだ。

 ただ一度発動すれば、右側の壁を突き破って巨大な岩が転がってくる、そんな仕掛けだ。壁は既に再生済みで、左側の壁にぶつかって砕けたであろう岩も、放置されたドロップアイテムの様に迷宮に吸収された後のようだ。

「……間違いねぇな。発動済みのトラップだ。踏まれてから、少なくとも二十分は経ってる。――中層でも見かけるトラップだ」

 こんなにヤバくはないけどな、とケイマは最後に付け加えた。次いでケイマは、全景から割り出したトラップの姿を二人に明かした。

「岩か……。まぁ、天井まではそこまで高くないし、出てくる岩もそこまで大きくないだろう。スキルを使えば、強引に突破できなくもないな」

「リーンならそれで大丈夫でしょうね。私は少し厳しいかしら?」

「できるできないで比べて、できるの方に偏ってるだけ上等だろ」

「あら。ケイマさんは、トラップに気付いて解除してしまうのだから、結果は同じでしょう? むしろ私よりも生存率は高いじゃない」

「迷宮に魔物がいなけりゃな」

 否、もし迷宮にトラップしかなければ、ミーアはその環境に才能を合わせている。ケイマは何となく、そうなっている気がした。その時の生存率を比べたならば、果たしてケイマとミーアはどちらが勝っているのか。

 そこでケイマは、考えるのを止めた。迷宮から魔物が消えたとしても、それは一時的な物であると考えたからだ。そうなる可能性を持つ魔王の呪いとて、効果は永遠ではないのだ。

「しかし、トラップが踏まれているとなると、私たち以外にも深層に入った者がいるということか」

「多分、あんたらに触発されたんだろうな。ホースブールの迷宮の深層にこれまで入っていた奴がいるとして、ここの素材を全く使っていないってことはねぇだろ。真新しい深層産の装備ってなると、職人連中が隠しでもしてなきゃ、噂の一つでも流れてるはずさ。そうでなくとも、んなもん装備して歩いてたら古参連中が気付いて噂になってる」

 何も求めずに深層に挑むなど有り得ない。仮に求めた物が形として残らない物であったとしても、中層までの装備で深層の奥を目指す訳がない。攻守に使えるアイテムを保有せずに深層に入っているケイマは、例外中の例外だ。そばに深層産のアイテムで身を固めた探求者が二人いるからこそ、初めてこんな無茶は成立する。

「それでトラップの確認もせず、無理矢理進行しているのね。……焦りかしら?」

「焦り?」

 妙にその言葉が気になって、ケイマは問い返した。

「えぇ。誰もいなかったはずのホースブールの迷宮の踏破者が、更新を前にして現れようとしている。しかもその中には、アイテム一つ持たないはずの探求者がいる――って具合よ。今のは、名誉欲の強い探求者の場合ね」

「焦り……。深層の情報が分かる機会かも知れねぇが、知ったところで役に立てる時間がねぇ。だから鍵が開いてる内に進入してしまえ。こんな奴らもいるかも知れねぇわけだ」

「その場合は、ここまで深く潜らないでしょう。お金が欲しい場合も、深層のアイテムが欲しい場合も、深層の入り口付近で事足りるわ。見栄を張りたい場合も、やっぱり深層の入り口で十分。――結果が欲しいのではないかしら?」

「それが迷宮踏破の称号か。……そこまでして、欲しいものなのだろうか?」

 岩が飛び出してくるはずの右壁を見ていたリーンは、振り返って首を傾げた。おそらくリーンとミーアは、迷宮の踏破を何度か経験している。だからこそ、迷宮に全く気圧される様子がないのだ。それを見たケイマは、確かに名誉を求める連中からすれば、趣味の一環で踏破されてはたまらないだろう、と思った。

「リーンには分かりにくいかもしれないわね。あなたは名誉より食を取りそうだし……」

「失礼な。やはりお前は、私という人間を誤解している」

「リーン。今日の弁当のメインは、鶏肉と卵を使った野菜たっぷり親子サンドイッチだそうだ」

「……なぜこのタイミングで昼食の話題が出てくる」

 休憩っぽい雰囲気だし良いだろ、と言って、ケイマは弁当箱を道具袋から取り出した。二人にそれを渡すと、ケイマは気になっていたトラップの少し先の壁を調べ始める。壁に手を這わしながら、確信を持って口を開く。

「他にここまで来てる奴が居るとして、焦ってるってのは多分当たってるな。トラップをどうこうする以前に、まともな準備もできてねぇみたいだ」

「何故そう思う」

 弁当箱をしまったリーンが、壁を調べるケイマの近くまで来て問うた。

「このトラップの横の壁、隠し扉だ。っと、ただの隠し部屋だぜ? 次の階層にゃ通じてねぇ。中に在んのは、宝箱か魔物の群か。あるいはトラップの塊か。――まぁ、最後のはありえねぇがな」

 偶にトラップ部屋があるんだよ、と言って、ケイマは手を動かし始めた。すると一見壁に見える部分が一部スライドし、奥から小さな鍵穴が現れた。トラップ自体は仕込まれていないが、解除にミスすると錠が壊れてしまい、隠し扉のサイクルが一周するまで開けることは叶わない。そんなとても脆い錠だ。

 すぐに開錠に挑んだケイマは、開錠の一歩手前で手を取め、思いついたように言う。

「開けちまうけど良いか? ハズレだったら、魔物が飛び出してくるぜ」

「魔物の気配はないな。壁自体にスキルを遮断する効果がない限り、問題ない」

「あー、そういやそんなスキル持ってたな。なら大丈夫か」

 ケイマは錠を外すと、鍵穴が隠してあった隙間に手を掛けた。力を込めて扉をスライドさせると、その奥には巨大な宝箱が置かれている。

「おぉ、あの“箱喰い”を思い出すサイズだな。裏に潜んでいたりしてな」

「だとしたら、リーンが気付いてるだろ? それに、隠し部屋に魔物が一体ってこたぁねぇよ」

 ケイマは軽く言い返して、続け様に宝箱の開錠に挑んだ。

「消耗品アイテムによる隠し扉探知は、その奥に何があるかまでは教えてくれない。部屋があるか宝箱があるか、次の階層への扉であるか……。そして、この隠し扉は開いていなかった。この階層に入るための隠し扉は隠されていたままだったことと合わせて考えると、深層に入っているパーティーの内、少なくとも一つは開錠をケイマさんの技術に依存している。――そういうことかしら?」

 開錠を行うケイマの背後、隠し扉の付近にもたれ掛かったミーアはそう言った。

「あぁ、トラップの発見と解除はごり押し――他の迷宮から取り寄せた質の良い鎧を誰かに着せて、先行させたってとこか? それで物理にゃ対抗できる。嫌がらせ系は不快感を無視すりゃ何とかなるし――……何にせよ、次の階層への扉が開いた時にすぐに追走できるよう、マップ作成が目的だろうさ。後は、最短距離の発見。んで、ある程度まで来たら、次は消耗品使って自分らでも扉を探しだす。そこまで行きゃ、絶対量の少ない消耗品を節約できる」

 後は運次第だな、とケイマは締めくくった。ケイマの条件で、リーンとミーアは迷宮に長居が出来ない。更新の前日、あるいは当日ともなれば、他の侵入者はケイマの開錠に頼らずに、自らより深くを目指すようになるだろう。

 長年成されなかった、ホースブールの迷宮の踏破。その名誉を欲しそうな探求者に、ケイマはすぐに思い至ってため息を吐いた。ただし全ては空想だ。直接目にするまでは、確定する訳にはいかない。

「もしそうだとしたら、そのパーティーはこの階層にいるということね。今頃全力で、ここのマップを作っているところかしら?」

「だろうな。そいつらがスパートを掛けるとしたら、明日俺らがホースブールに戻った後だな。四日目に最深部を目指す頃にゃ、そいつらは踏破者になってるっつう寸法だ。――どうする? 一日サボって揺さぶってみるか? それとも、三日目はホースブールに戻らずに、迷宮に籠もってみるか?」

 ガチャリ、と宝箱を開錠したケイマは、開ける前に振り返って問うた。問うておきながら、ケイマは答えが返ってくる前に内容が分かる気がした。おそらくケイマの雇い主は、名誉になど興味はない。それこそ、食欲の方が強いはずだと。

「いや、このままで行こう。名誉が欲しいなら、勝手に持って行けばいいさ」

 もっとも決め手は食ではないだろうが、リーンはケイマの予想通りの答えを返してきた。と言うよりも、このあっさりとした回答の裏に、食欲が隠れているとは思いたくなかった。

「そうね。変に刺激して、暴走されても困るし。まぁ、この深さまで来て無事だというのなら、少なくとも装備面は充実しているのでしょう。なら、放っておけば良いわ」

 ミーアも、他の探求者は気にしていないと言った。ならばケイマが選ぶ道は一つだ。

「了解、雇い主に従うぜ。俺もまともな――並以上の鎧が手に入んだから、それで十分過ぎる」

 ケイマに至っては、これ以上欲を出すのは不吉な気すらしている程だ。むしろ、強硬手段にでる必要がないのは、実にありがたい。

 武器は追々だな、と思いながら、ケイマは宝箱を開けた。開けてその中にある物を見て、言葉が出ないほど驚いた。ケイマの目に映るのは、黒い紡錘形の巨体だ。刃のような鋭いパーツを複数持ち、大きいと感じた宝箱すら狭く感じる。その全長はケイマの身長を超え、大きな目が虚空を睨んでいる。

「? おい、ケイマ。どうした?」

 宝箱をのぞき込んだまま固まっていたケイマは、リーンの不審気な声に我に返った。

「あ? あー。あぁ、うん、そうか。深層だったな、ここは。そりゃ、こいつが出てきても可笑しくないか。可笑しくないが、こりゃ……傑作だな」

 それだけ言ったケイマは、抑えるようにして、やがて腹を抱えて笑った。度の過ぎた驚愕のため呆然としていた声には張りが戻り、魔物が寄ってくるのではないかと後で不安になるほど大声で笑った。

「お、おい。大丈夫か?」

「……精神系の状態異常に罹っているなら、良い飲み薬があるわよ?」

 一気に爆発した感情は収束も早く、十数秒に満たない時間でケイマは落ち着きを取り戻した。それでも腹筋にはひきつるような感覚が残り、自分がどれだけ笑っていたのかが理解できた。

 ケイマは僅かな気恥ずかしさを、それ以上の興奮に隠して答えた。

「いや、問題ねぇ。あぁ、そうだ。迷宮も今のままで良い、ってよ」

 ニヤツきを顔に張り付いたまま、ケイマは宝箱の中身を指差した。よく分からない、といった風な表情の二人を手招きし、ケイマは宝箱の中身がよく見えるように脇に退いた。

「あら」

 宝箱を覗いたリーンは絶句し、隣にいたミーアも驚きに目を丸くした。やがて復帰したリーンが、驚きも覚めやらぬ様子で口を開く。

「これは……魚? いや、魔物か?」

「魔物は宝箱の中にゃいないだろ?」

「……“箱被り”という魔物はいるわよ。宝箱の中身を食べちゃう魔物。けれどそれは、少なくとも魚、……魚? の姿はしていないわね」

 どうやら他の迷宮には、魔物の潜む大ハズレの宝箱もいるらしい。普段であれば十分に驚けた事実も、今のケイマには大した衝撃を与えない。それほどまでに、それは上物の食材だった。

「切り身だったら、中層でも偶に見かけるけどよ。さすが深層。丸ごと一匹とは、豪勢なもんだ」

 ノコギリ用意しねぇとな、とケイマは言った。

 それの生きた姿を、勇者の結界の中の住人は決して見ることはできない。結界の外にあるという、塩を溶かした巨大な湖の中を泳ぎ回るらしい、泳ぐ姿の到底想像できないほど巨大な魚。塩辛い水が、果ての見えない底無しの窪みになみなみと溜まっているというだけでも信じられないのに、その中を泳いでいる生物がいると言うのだ。それが今、目の前にいる。

「これは……結界の外の生き物なのか? 魔物でもないのに、外にはここまで巨大な魚がいるのか?」

「あぁ。俺も昔に迷宮から取ってきた本で読んで知ったんだけどよ、こいつよりデカい魚もいるらしいぜ? 魚って枠を無視すりゃ“海”ってとこには、掠るだけで人が死ぬ位デカい生き物もいるらしい」

 そう言えばリーンは結界の外に興味があったのだったか、とケイマは思い出した。

「これは……、リーンでなくとも外への興味が湧くわね。うらやましいわ、普段こんな刺激的な物に出会える機会に恵まれた迷宮なんて。こんなことなら、初めてホースブールに来た時から、この迷宮に潜っておくべきだったかしら」

 ミーアも何かしら思うことがあったのか、そんなことを言った。

 いくら宝箱を開けるのが得意なケイマでも、普段からこのランクの食材を見ている訳ではない。深層まで潜れたからこそ、見ることのできたのだ。一瞬嫌味かと思って、ケイマは何か言い返してやろうかと口を開きかけ、中途半端に開いたところで止めた。

 いや、とケイマは思う。それは言い訳だと。これまで深層に入らなかったのは、あくまでもケイマの判断だ。これまで自ら気付こうとしなかったホースブールの迷宮の凄まじさを、他者に羨ましがられるのを疎む必要はない。むしろ言うべきことは一つ。

「スゲェだろ? 俺でも、三回しか見たことのねぇ食材だぜ」

 自慢するべきなのだろう。ケイマはそう考え、笑って答えてやった。これからは気兼ねなくそう言えるように、いっそのこと自慢話ができる位に。ケイマは自然と、もっと深く潜ろうという気になっていた。

 そうしてケイマの覚悟は、徐々に固まっていったのだ。

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