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 ケイマの背中スレスレを、無数の魔法がすり抜けていく。ケイマは尻から頭の側へ、熱気や冷気などに猛烈な速度で背を撫でられる。時には風圧で、時にはむず痒い謎の膜のような力で髪が持ち上がる。それらの魔法に急かされるように、ケイマは必死で手を動かしている。トラップの解除中である。

 魔法の発生源は、杖を構えたミーアである。だからといって、ケイマは別に脅されている訳ではない。ケイマが急いている理由も、ミーアとは直接関係はない。多少の関係はあるかもしれないが、根本的な問題は進行方向にある。

「まさか、魔物部屋だったとは」

「それにトラップの向こう側にあるなんて、嫌な配置ね」

 ケイマの背後から、カツンッというミーアが杖で地面を叩いた音が響いた。魔法発動の合図である。相変わらず屈んだケイマの背を、猛烈な圧を伴った風が吹き抜ける。近付く相手を吹き飛ばす魔法らしいのだが、この魔法を食らって明らかに身体の潰れた魔物もいる。少しでも掠れば、ケイマの身体など一溜まりもないだろう。

 この様な状況になったそもそもの原因は、前方から向かってきた一体の“爆ぜ玉”だ。

 見た目はふざけているとしか思えない、派手な黄色に銀のラインの入った球体なのだが、よく見れば中身の詰まった岩の身体であることが分かる。滑らかさからは程遠いゴツゴツとした、しかし僅かに表面が流動する魔物である。

 この“爆ぜ玉”は、貴重な鉱石をドロップする可能性がある。動きは鈍く、ヒビが入れば後は勝手に自壊するので、倒すだけならとても楽である。しかしこの魔物は、ごく稀に爆発するのだ。

 もし“爆ぜ玉”にヒビが入れば、全力でその場から逃げるのが、万人がすぐに思い付くであろう共通の対処法である。ケイマもそうだった。しかしケイマが逃げ出すよりも早く、行動を起こした者がいた。

 リーンである。

 リーンはヒビの入った“爆ぜ玉”を、全力で蹴り飛ばしたのだ。目の前で爆発しないように、という心遣いからだろう。“爆ぜ玉”は非常識なリーンの行動により、非常識な速度で進路上にある、幾つか先の真っ暗の部屋にすっ飛んでいった。魔物が詰まった、特殊な部屋へ。

 低威力の割には派手で目立つ閃光の後、刺激された魔物の群れが、堰を切った様にケイマたちの方に流れ込んできたのは自明の理だ。しかも厄介なことに、トラップを挟んだ通路の向こう側から。

 その結果が、この有り様である。

「……ッ。解除出来たぞ!」

「心得た!」

 立ち上がることに命の危機を感じるので、ケイマは屈んだまま叫んだ。対してケイマの声に応じたリーンは、ミーアの魔法が残留した空間に飛び出していった。ミーアもケイマが叫んだ時に、魔法の追加を取り消した。しかし既に完成している陣は、相変わらず魔法を吐き出し続けている。端からリーンを見れば、もはやただの自殺行為だ。

 だがリーンは、傷付かない。リーンの鎧に触れたミーアの魔法は、尽く分解されて小さな粒になっていった。一番最後までバラ撒かれていた氷塊を吸った鎧は青く潤い、毛皮もどこかシットリとしている。だからと言って、リーンが鎧に溜まったスキルを使える訳ではないようだが。

 それでもリーンやミーアほどの探求者ともなれば、素早く攻撃の遠近の切り替えができることが大きな意味を持つ。迷宮という限られた狭い空間の中で、パーティーの強度は驚異的に増加するのだ。

 リーンが突撃した際に盾に弾き飛ばされた魔物は、他の魔物を巻き込んで盛大に転び、振るう剣に触れた魔物は、赤いエフェクトに身体の一部を割られて爆ぜる。盾に張り付いた魔物は、壁との間に挟まれ潰されて、転倒したまま起きあがる時間がなかった魔物は、容赦なく臓腑を貫かれる。もし魔物に血が通っていたならば、ケイマのいる通路はまっすぐ立つことさえ困難な状態になっていただろう。

 赤と青と言う攻守の二つしか発せられないスキルのエフェクトは、選択の幅の狭さを無視してリーンが強者であることを証明する。

 ケイマはしばらく地面に腰を下ろして魔法をやり過ごした後、頭上が静かになってから立ち上がった。進路上は相変わらず騒がしく、戦線は徐々に遠ざかっている。さすがに深層を進む内に、すれ違いざまに一撃で、と言う風にはいかなくなったが、進軍自体はできている。リーンは一人で、魔物の群を圧倒しているのだ。

「あんだけ暴れてんのに、よく剣が折れねぇな」

「とにかく頑丈。それが自分のアイテムにリーンが求めた要素よ。……あれ、スキルがなかったらただの鈍器なのよね」

「は? 低層じゃバッサバッサ切ってたじゃねぇか」

「あれは切られると言うよりも、裂けるとか弾けるとかね。ある程度細い――と言うよりも、小さい物に重さと速さが集中すれば、物凄い力が出るのよ。……細い物がそれだけの力に耐えることができれば、の話だけれどね」

 つまりリーンの剣には、それだけの力に耐えるだけの強度があると言うことか。その代償が、刃を完全に潰してしまうことだと。代わりに得た物が、ごり押しによって形作られる切断力なのだから、元が取れたどころの話ではない。

 ケイマはすぐに、リーンの盾がやけに重そうだったことを思い出した。迷宮によって肉体は強くなり、それに加えてパッシブスキルの恩恵もあるのだろう。しかもただ力があるだけでなく、適度な速度を持っている。

 その代わりにリーンは、遠距離への決定力のなさが目立つ。まだスキルを隠し持っている可能性もあるが、リーンの性質に遠距離攻撃は合わない気がした。“霧食み”という魔物の素材を鎧に用いたのは、遠距離からのスキルを使ってくる魔物に対する防御の役目があるのだろうか、とケイマは思った。

「偏りすぎだろ」

 徹底した近接戦闘型。限られた場面ではそれ以上がないほど活躍できるが、少しでも広い空間で遠距離型――それもスキルを用いないタイプに囲まれれば一溜まりもないのではないか。アイテムが何故こうまで極端な成長の仕方をしたのか、疑問は尽きない。

「私たちのギルドは、大体あんな感じよ? 役割を完全に分けて、一つの要素に特化するように鍛えていく。パーティーを組むことが前提なのだけれど、ある程度まで行っちゃうとごり押しができるのよね」

「……お前らのギルドって、何考えてんだ? 何を目標にしたら、そんな変な鍛え方ができんだよ。明らかに変だろうが」

 ケイマが問うと、ミーアは心外だ、と言う表情で答えた。

「別に分業は変なことではないでしょう? あなたが鎧の作成を頼んだ鍛冶屋だって、色んな専門の集まりよ。金属の人に、素材の人。組み立てる人と、装飾する人。特別な陣を刻む人もいるでしょうし、劣化しにくいように手入れをする人もいるわね。一人で全てを学びきるのは不可能に近いのだから、そこまで変なことをしている訳ではないわ」

 言われてみればそうなのかもしれないと、ケイマも思わなくもない。ごり押しができると言うのも、リーンの暴れっぷりを見れば納得できる。

「でもよ、それって強くなるまでは極端に弱くねぇか?」

「弱い内は弱いわよ?」

「……あー。もう何でも良いや」

 考えるのが面倒になったケイマは、隠者の手記を取り出して、途切れていたマップの続きを描いていった。中途半端なマップを別のページに写させ、そちらには出現したトラップの種類と特殊部屋の発生も補足として書き加える。さすが深層と言うべきか、出現するトラップもより致命的な物が増えている。

「“天井から槍衾”……。真面目ね。私から見れば、あなたも十分に特化型の探求者よ」

 閲覧制限を解除しているミーアからは、ケイマが書き込んでいるマップの内容が見えるのだ。今し方ケイマが解除したトラップの効果を見て、ミーアはそれを読み上げた。

「……スキルを使わねぇ奴を、探求者って呼んじまって良いのかよ。俺をこそ泥扱いする奴もいるんだぜ?」

「あら。ズルをしない限り、迷宮初心者は誰もスキルを使えないわ。短いか長いかは分からないけれど、とても重要な時期よ」

「そうかい。五年も初心者名乗れりゃ、随分と気も楽になるんだろうがな。――リーンが呼んでるぜ。さっさと行こう」

 まだ何か言いたそうだったミーアの言葉を遮り、ケイマは足早に進んでいく。途中でリーンが倒した魔物のドロップアイテムを拾い、手当たり次第に道具袋に詰め込んでいく。これらの食材を除くドロップは、一度ベインら鍛冶師一門に預けられることになっている。そこで鍛冶師達の手で分別され、買い取られる物とリーンとミーアに取り分に分けられるのだ。

 魔物が詰まっていた部屋に至るまでに、ケイマとミーアは一つ小部屋を通過した。リーンが通り過ぎた後に発生したのか、他の通路からやって来たのか、ハサミを振りかざした灰色の“横這い”が迫ってきたが、近付かれる前にミーアが魔法で外骨格を打ち抜いた。

 一番硬いハサミの甲殻は優秀な素材となるのだが、ケイマにとっては記憶に微かに残る食材の印象が強い。記憶の中にあるそれは、甘みのある白紅の肉を持つ食材だ。焼くにしても煮るにしても、変に拘らずに食材その物を楽しむのがベストだ。

 それを道具袋にしまいながら、ケイマはニヒルに笑った。一度も踏み入れたことのないはずの深層にも関わらず、ケイマには思い出深い物ばかりが見つかる。ケイマにはそれが可笑しくて、狂おしいほどに恥ずかしい。ケイマはこの領域に至るのに、ただ着いて行くことしかできないのがもどかしいのだ。

 まただ、とケイマは思う。ケイマの中にある軸がブレる。強すぎる刺激を受けて、違う在り方を渇望する。自分より高い場所にいる人が羨ましい訳ではない。もしそうならば、遙か高みにいるグエンに何かしらの感情を抱くはずである。しかしリーンとミーアから感じるそれを、グエンからは感じない。

「ケイマ、受け取れ」

 ふとリーンの声に意識を引き戻され、ケイマは背後を振り返った。するとそこにいたリーンが、何やら石のような物を投げてよこしてきた。ケイマは慌ててそれを受け取り、シゲシゲと眺めた。

「石? いや、鉱石か。“爆ぜ玉”ん中にあったヤツか」

「おそらく。……まぁ、他のドロップアイテムのせいで、本当にそうか分からないがな。とりあえず、普通に魔物を狩るだけで、金属素材の心配はなさそうだ」

 採掘は苦手だから、とリーンは少しホッとしたように言った。リーンが採掘ポイントを迷宮の壁ごと破壊する姿が、ケイマには容易に想像できた。実際にはケイマが想像するほど酷くはないだろうが、妙にリアリティがある。

「そいつは良かったな。まぁ、“爆ぜ玉”が後何体出てくるか知らねぇが、採掘くらいなら俺でもできるさ。“鎧貝”を狩るのと、さして変わらねぇ」

 魔物扱いされてないからな、とケイマは最後にそう呟いた。気付けば肩に入っていた変な力は抜け、平常通りとはいかなくとも、随分と気も楽になっている。何時も通りに、益体もないことを考えられる余裕もある。時折受ける刺激は消え、緩やかな渇望が残った。

 だからこそ、ケイマは思う。既に何度か繰り返した疑問。二人はどんな高さに居るのだろうか、と。

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