ゴキブリホイホイ
「ハッ!!」
掛け声とともに、最早その本来の役割をなくしている巨大な手錠を叩きつける。アルミ缶を潰したかのような仮想の感触を感じながら、無数のポリゴンとなり散っていく名も知らないプレイヤーを見送る。
レイジをリタイアさせて数分経った頃、俺は二人目のプレイヤーを撃破していた。あのプレイヤーもそれなりの力を持ってはいるのだろうが、レイジやカザミなど、この世界屈指の実力者と闘りあった後だとやはり見劣りする。もっとも、本当に近々戦争が起こるというなら、並のプレイヤーぐらいは目を瞑ってでも勝てるぐらいにならなければ、太刀打ちすることすら不可能だろうが。
「そのためには、どうにかしてレベルを上げるしかないか」
レベル上げ、それが今後の課題となるだろう。何とかしてPK以外の方法、有るかどうかも不明な『穴』を見つけなくてはならない。
そんなことを考えながらも、次の獲物を探し歩いているときだった。四度目の放送が聞こえた。内容はお決まりのように、四人目の入賞者の名前。《ダン》と言う名前だが、もちろん面識はない。まあ、特に注目することはないだろう。
そんなことより今はプレイヤーを見つけることの方が大事だ。入賞者は五人まで、つまりあと一人だ。早急に見つける必要がある。
「……つっても、律儀に徒歩で探し回ってもキリが無いな。仕方が無い」
俺は左の銃を構え呟いた。一言、《ボムバレット》と。放たれた弾丸は近場の樹に命中すると、爆発を起こした。爆発により音を立てながら倒れる樹木を、横目で見ながら続けて三回の爆発を起こす。壮大な爆音と樹が倒れる轟音による音楽は、誰かを注目させること間違いなしだろう。後はゴキブリホイホイに寄ってくるゴキブリのようなプレイヤーを待つだけ。
「そりゃあそうと、随分と視界が悪いな」
「全く、派手にやらかしたな」
爆発によって生じた煙を見ながら、苦笑いし、独り言を呟く。それは別に返事を期待したわけではなく、自然に出たものだった。だからこそ驚愕した。
返事が来るはずない言葉に返事が返ってきたからだ。
超速度で振り返り、その姿を目に捕える。そいつは俺のよーく知っている顔だった。ちょっと長めの黒髪、細い糸眼。そして両腕に括り付けてある盾。
「早速掛かったようだな。ゴキブリが。それもHPもレッドゾーンと来た」
「ゴキブリって……ああ、ゴキブリホイホイね。そういや昔あったな。そんなの」
「それにしても、まさか最後の勝負がお前とは。まるで漫画のようじゃないか……カザミ」
「俺もそう思うよ。リーチを掛けているのは同じみたいだし、五人目の入賞者は俺かあんたで決まりだろうな」
微かに笑いながら少しずつ、ゆっくりと戦闘態勢に入っていく。相手は仮にも《特異点》の一人、そして『怠惰』の二つ名を持つトッププレイヤーの一人。緩い感じのイメージが拭い去れないが、油断は禁物だ。あの時、予選で闘った時はほとんどお遊びの状態だったが、今度はそう言う訳にもいかないだろう。
「《特異点》の本気を……見せてもらうぜ。カザミ」
「それどこ情報だよ。まっいいか。お言葉に甘えて……」
煙が段々と晴れていく。ラストバトルの舞台は整った。戦闘モードへとスイッチが切り替わる。
「本気で行くよ!!」
「来い……カザミ!!」
同時に走りだし、同時に振り抜かれた手錠と盾が火花を散らした。一撃だけでは飽き足らず、さらに何度も攻防を続ける。お互いの手を振り続けその度に金属音が鳴り響く。一進一退の攻防だが、さすがは最強の一角と言ったところだろうか?俺のHPは僅かながら減少しているが、カザミのHPは全く減っていない。《巨大化》させて攻撃を続けてみるが、やはりそのHPバーが減少することはない。
これがカザミのユニークスキル《盾》か。その鉄壁の盾が、奴を最強の七人の一人へと名を連ねるまでにした。 だが恐ろしいのはそれだけではない。『スピード』も十分脅威になりえる。縦横無尽に四方八方へ一瞬で移動し、強力な打撃を与え、鉄壁の守りで更に隙をうかがう。
「ヒット&アウェイか!厄介な戦法だ!!」
吠えた俺に又もや近づいたカザミは囁いた。
「総合的に見れば《特異点》最弱は俺だが、接近戦に限れば最強はこの俺。近づくことさえ出来れば、俺が負ける確率はほぼゼロだ」
カザミが言い終わると同時に、ボディブローが直撃した。HPが大きく減少し、レッドゾーンに突入する。地面に倒れ、荒く息を繰り返す俺に向かい告げた。
「銭型、これが俺の本気だ。これが『特異点最弱』の力だ。《特異点》と闘り合うのは勝手だが、今のお前じゃまず無理だ。ステータスからして違いすぎる」
「……カザミ。お前は、一体どっちの味方をするんだ?」
「そうだな。今はまだ決めてないが……数か月後、《特異点》全員が集まる集会が開かれるようになっている。恐らくそこで意思確認をするだろうし、それまでには決めるさ」
「そうかい。じゃあ最後に一つ。お前のHPをレッドゾーンにまで減らしたのは誰だ?」
「……紅だよ。嫉妬の紅。《特異点》№3の実力者さ。……話はもう終わりだろ?」
「ああ、もう終わりだ」
俺がそう言うと、カザミの右手が光芒を帯び始めた。必殺のスキルで終わらせる気だろう。入賞は出来なかったが、得ることは大きかった。とりあえず、弥生君への言い訳でも考えておくとするかな。
『ゲームイベント『バトルーレット』終了』