決着
二丁拳銃、それはこの世界においてシステム的に装備が不可能なはずだ。いや、厳密に言えば装備は可能だが、扱うことが出来ないのだ。通常、カザミのような盾を除く銃器を装備すると、攻撃の際視界に《スコープ》と呼ばれる十字が出現する。そして、この十字が被さる場所に向かい弾丸は飛んでいく。
だが、これはあくまで自らが会得しているスキルに限られる。例えば、《マシンガン》のスキルを持たない者がマシンガンを所持した場合、スコープは表示されずに見当違いの場所へ弾丸は飛んでいく。といった風にその武器を扱うためのスキルが無ければ、使用難度が格段に上がってしまう。
本題に入る。二丁拳銃が何故扱うことが難しいのか、簡単だ。BWOの世界には『二丁拳銃成るスキルは存在しない』からだ。
「レイジと言ったな。その武器、使いこなせるというのか?」
「んー、その質問に答えるとすれば……無理だ」
「……は?」
無理、目の前の青年は確かにそう言った。斜め上過ぎて、間抜けな声しか出せなかったのは仕方が無いと思う。しかし扱えないなら、何故装備していると言うのだ。レイジは続けた。
「あのさあ、よく考えてみろって。システムアシストが無いのに、素人が銃を扱うことが出来るか?まず俺には無理だ。……もっとも、システムアシストが無ければ、の話だけど」
「なにが言いたいんだ?」
「わっかんないかなー?要するに……俺はこの世界で唯一人、二丁拳銃を扱う権利を与えられたのさ」
言うと同時に、レイジは片方の拳銃から五発ずつ、合計十発の弾丸を射出した。放たれた弾丸は俺のHPを喰らい尽くすために真っ直ぐ、恐ろしいスピードで迫ってくる。勿論、当たるわけにも行かないので横に飛びのいたが、微かに掠ったことでほんの少しだけ、HPバーが減少した。
「おい!さっきの言葉はどういう意味だ!!」
「ハハハ!!答えが知りたければ……俺を追い詰めてみろよ!!」
レイジはけたたましい笑い声を上げながら、さらに十発撃った。手錠ギミック《巨大化》で盾代わりにしてそれを防ぐ。追撃を仕掛けて来たのか、金属音が立て続けに鳴り響く。恐ろしい速射だ。下手をすれば、さっきまで闘っていた男のマシンガン以上かもしれない。
しばらく弾丸の雨は続いていたが、さすがに弾数に限界が来たのだろう。リロードのために数瞬の暇が開いた。
――仕掛けるなら、今しかない。
俺は猛然と走り出した。スキル《知覚強化》を使うことで時間の経過がゆっくりになる。ハンドガンによる攻撃はレベル差でほとんど効かないだろう。ならば手錠での攻撃に掛ける。この手錠は拘束具でなく、鈍器にも剣にもなる武器だ。手錠は巨大化させてあるまま。これで一撃を加えれば、相当なダメージになるはず。
手錠の攻撃範囲にまで俺が踏み入ったのと、レイジがリロードを完了したのはほぼ同時だった。レイジが銃を構え、俺が手錠を振り抜く。
ガガガガガ、と幾つもの発砲音が鳴り、メキ、という何かを砕いた音がそれに重なった。
「……マジかよ」
「ああ、王手だ」
決着はついた。腰を抜かしたように俺を見上げているレイジに、鋭く巨大な針を向ける俺という構図で。傍には破壊された二丁の拳銃。
俺が衝突の際やったことは、レイジ本体への攻撃ではなく、武器への攻撃。ある一定のダメージを与えることで、武器を破壊することが出来る、通称《武器破壊》と呼ばれるテクニック。はっきり言って土壇場の攻撃、失敗する可能性の方が高い賭けだったが上手くいって良かった。
「さて、追い詰めたら教えてくれるんだったな」
「……仕方ない。話してあげるよ」
そこまで言った時だった。チャイムの音が鳴り響き、二人目の入賞者が出たという放送が入った。プレイヤー名は『ハーツ』。シモンに続き二人目の入賞者だ。
「ハーツか。さすがは俺達と同じ《特異点》の一人だ」
「知っているのか?それと、特異点ってのはなんだ」
「それを今から教えてあげるって言うのに。そう急かすなよ」
レイジは不敵な笑みを浮かべながら、話し始めた。
「まずは《特異点》について話そう。《特異点》とはある特別なスキル、《ユニークスキル》と呼ばれるものを何らかの方法で手に入れた者たちの事を指す。《ユニークスキル》は全部で七つあり、所持しているプレイヤーは誰が呼び始めたのか《七つの大罪》に因んだ二つ名を与えられている」
そこで一息入れ、レイジはプレイヤー名と二つ名を言い始めた。
「まずは憤怒のレイジ、まあ俺だな。他に色欲のハート、さっき名前が呼ばれた傲慢のハーツ、怠惰のカザミ、嫉妬の紅、強欲のゲバ、暴食のサイレン、この七人が《特異点》と呼ばれる……恐らくBWO世界最強のプレイヤーだ。俺が二丁拳銃を扱える理由、これで分かったろ?」
「ああ、よく分かった。ついでに聞くが、怠惰のカザミってのは盾を使うやつか?」
「あれ、知ってんの?もしかして、予選で闘ったとか?まあ、あいつは特異点の中でも最弱だし、お前が勝っても不思議じゃないか」
ケタケタ笑うこいつは放っといて、今は情報をまとめることに集中する。まず《特異点》と呼ばれるプレイヤー七人は、それぞれ特別なスキル、《ユニークスキル》を会得しており、その七人のプレイヤーは《七つの大罪》に因んだ二つ名を与えられている。さらに、あのカザミもその内の一人。
「……待てよ、あいつはどうなんだ。最初の入賞者、シモンと言うプレイヤーは。あいつは《特異点》じゃないのか?」
「違うね。少なくとも、俺はシモンなんてプレイヤー、ベータ時代にも聞いた事がない。新人じゃないかな」
違う。こいつは嘘を言っている。どこが、なんて分からないが、確実にこいつは嘘を言っている。それも、とんでもなく重大なことを。確かめるべき……なんだろうな。
「……なにか隠しているだろ。言え」
「何言ってんの?隠し事何て……する訳無いじゃないか」
「お前、嘘を吐くときに左の口角が上がる癖は治した方がいいぞ」
俺がそう指摘――もちろん嘘だが――すると、レイジは慌てて左の口角を下げた。
「馬鹿だろ、お前」
「あっと……やっちまったね」
こんな方法が通用するとは思わなかったが、こいつ案外頭悪いのかもしれない。とにかく、何か隠していることは分かった。洗いざらい話してもらおう。
「さっさと言え。こっちも時間が惜しい」
「分かったよ。言うよ。何、簡単さ。近々、と言ってもどれぐらい先かは知らないけど、俺達《特異点》は手を組んで、この世界から脱出。ゲームクリアを目指す。既にその箱舟に乗るべき百人の人間も決めてある。シモンもその内の一人だ」
「……正気か?」
レイジは不敵に笑って見せた。本気なのだろう。《特異点》と他九十三人のプレイヤーは、全てのプレイヤーを殺してこの世界から脱出しようとしている。勿論、《特異点》のメンバー全員が参加するとは限らないが。
「レイジ、それは俺への挑戦と受け取るぞ」
「…………」
「『ブレインガーディアン』の一員として、そんなことは絶対にさせねえ」
手錠を振りかぶり、下ろす。体をつぶされた事で、レイジのHPがゼロになる。無数のポリゴンとなり散っていく。そこで、三人目の入賞者が出たという放送が入った。名前は紅。確か、特異点の一人、嫉妬の二つ名を持つ者。
「……行くか」