奥の手
その報せが俺たち本戦出場者全員に届いたのは、本選開始から僅か十数秒の事だった。報せとは即ち『一人目の入賞者が決まった』ということ。俺は、いや参加者全員が自分の耳を疑った。当然だろう。数十秒という短時間で三人のプレイヤーを倒すなど馬鹿げているにも程がある。しかし実際にいるのだ。そんな馬鹿げた事をこなすプレイヤーが。
システム音と共に流れた名は『シモン』。それ以上の情報はなかったが、今後二日もすればシモンというプレイヤーの情報は自然と耳にはさむだろう。
とまあ長々と考えに耽ってはみたが、今それはどうでもいいことだ。では何に集中するのか、という問いが生まれるが答えは簡単だ。
「目の前の敵を倒す……だな」
呟きながら前を見据える。視界に移るのはマシンガンを構えるプレイヤー。正直言うと、今まで俺はハンドガンを装備するプレイヤーとは何度か相手にしたが、マシンガンを持つプレイヤーとは闘ったことがない。
理由は簡単。マシンガンの類がハンドガンと比べ飛びぬけて高いからだ。一番安い物でも一万メタは下らない。そのため今の、ほとんどのプレイヤーが資金不足という状況下ではマシンガンを所持するプレイヤーは極端に少ないのだ。
だが今眼の前にいる男はどうやって稼いだのか知らないが、マシンガンを装備している。初のマシンガン相手に緊張が募る。ゲーム内だというのに、リアルを追求してか手汗が滲む。俺と男が睨み合う中、何の前触れもなく風が吹いた。それを合図にするように、男は引鉄を引き、俺は横に飛び移った。
「オラアアアァァァ!!」
雄叫びと共に、無数の弾丸がさっきまでいた場所を蜂の巣に変えた。横目でそれを確認しながら、左のハンドガンで牽制の一発を放つ。放たれた弾丸は男の脇腹を掠り、HPバーをほんの僅かに減らした。続け様に二発三発と撃つが当然のごとく避けられる。
お互いに距離を取り合ったところで男はあるものを取り出した。拳よりちょっと大きいぐらいのサイズをした筒。手榴弾だ。男はピンを引き抜くと俺目掛けて投合した。山なりに落下してきたそれを、俺は空中で撃ち抜いた。爆風と熱が伝わってくるが、男のいるであろう場所に再び視線を向ける。が、そこに男はいなかった。
「こっちだバーカ!!」
背後からそんな声が響き、直後無数の衝撃が背中を駆け巡った。さっきの手榴弾は俺の視線を動かすためのフェイク。本命はこっちの銃撃だったのか。
俺のHPバーがグングン減っていく。何とかイエローゾーンに入る前に攻撃から脱することが出来たが、状況はこちらが不利なままだ。だが、学べたこともある。マシンガンの攻撃力が予想以上に高かったことだ。恐らくもう一回、乃至二回の攻撃をもらえば俺のHPはひとたまりもない。
ならばどうするか。選択肢は三つ。逃げる、闘う、諦めるだ。諦めるは論外だとして、逃げるのも背後を見せればその時点で終わりだ。となると残る選択肢は闘うのみ。
「まあ、勝機が無いこともないがな。まずは《伸縮》。そして《針山》」
俺の声に反応し、手錠の接続部分を担う鎖が伸び片方の錠が地面に落ちる。それと同時に地面に落ちた方の錠の外側へ、二十センチ程の針が五本形成された。鎖を手繰り寄せながら、あるスキルの発動準備を済ませる。
「正直、最初はどうやって活用するか分からんかったが、この使い方思いついたときは雷に打たれた気分だったぜ」
言いながら鎖を手首のスナップで回転させる。忍者が鉤縄を使うときの動作と似たような感じだ。ここまで来れば予想がつくだろう。俺が思いついた画期的な攻撃、それは手錠を『投げる』ということだ。
「いわゆるゴミスキルと言われる《投合》スキル。それでも使い方次第じゃ大分強力な武器になる。行くぜ!これが俺の奥の手だ!!」
掛け声とともに投げつける。《投合》により爆発的に加速した手錠は、鋭い針で男の体を貫く――事はなかった。キィンという金属音と共に弾かれたのだった。それも目前の男がしたことではない。明らかに第三者の仕業だ。
それを裏付けるように、幾つかの発砲音が鳴り男を一瞬で蜂の巣にした。男のHPバーが急激な勢いで無くなっていき、やがてゼロになると、一つ一つの小さなポリゴンへと分解され跡形もなく消え去った。
「……タハハ!あっけないよな。この世界のプレイヤーの死は!!……まあ、イベントだから死んではないが」
「お前がやったのか?銃弾に匹敵するほどのスピードを持った手錠を撃ち落としたのも、あのプレイヤーを倒したのも全てお前の仕業か?」
「ん~と、ボクだと言ったら……どうすんの?」
不敵に笑いながら尋ねてきた。と言っても、答えはとうに決まってるが。
「倒す」
「ハハハハ!!そうかい!ボクを倒す……ねえ!!」
男、いや青年と言った方がいいだろう。青年は笑い狂いながら言った。雰囲気で分かるが、こいつは強い。カザミに匹敵、下手したらそれ以上だ。
それでも、俺の答えは決まっているがな。
「勝負だ。俺は銭型というが、お前は?」
「クハハ!!『レイジ』だよ!さあ、早く始めよう」
そう言いレイジが取り出した武器、それは二丁の拳銃。即ち『二丁拳銃』だった。