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Side:サクラ-8-

 もう随分前の話になるけれど、ほたるから数馬と別れたと聞いた時――その理由を問いただそうとしたあたしに対して、彼女はなかなか本当のことを話そうとしなかった。

 ほたるほどの大役でなくても、その頃はまだ数馬もちらほらテレビで姿を見かけるような感じだったから、別れた理由はてっきり、すれ違い的なことなのかとばかり思っていたけれど……そうではなく、数馬が薬に手を出していたことが本当の原因だったのだと、随分あとになってわたしは知った。

 キャバ嬢をしていた頃、店にヤクザ系の人たちの出入りがあったので、あたしももしかしたら、そのうちの誰かと関係を持ったりしたような場合――ヤク中になっていた可能性というのは、100%絶対なかったとは言い切れないかもしれない。

 何より、わたしの中でショックだったのは、レリックに来た頃の数馬というのは、実に初々しくて礼儀正しい青年であり、わたしが男に求める一番の要素――清潔感にあふれる男だったのだ。その彼が、だんだんにテレビ画面を通して汚れていったように見えたこと、あたしはそのことが今も残念でならなかった。

 もともとの最初には、とてもいいものを持っていたのに、それが役者として落ちぶれるにつれ、どんどん駄目になっていくのが、透けて見えるような感じだったからだ。

 けれどもおそらく本人は、(こんなに努力しているのに何故うまくいかないんだ)と思い、ずっともがいていたのだろう……そう思うと、もっと早くに自分のほうから数馬とは接触すべきだったのかもしれないと、あたしは反省する気持ちになっていた。

 たとえば、今放映中のドラマの、主役四人のうちひとり――それが数馬でもべつに良かったような気がするのだ。脚本を書く前にすでにキャスティング候補が決まっていたため、わたしは彼らのことをイメージして今のドラマを書き上げた。

 でももし数馬の来るのがもっと早かったら、なんとか彼に役を与えてほしいと、プロデューサーに頼むことも出来たのに……。

 そんなことを思いつつ、あたしがサイドボードの中からフルートグラスを取りだしていると、インターホンが再び鳴った。

 直接会うのは随分久しぶりになるけれど、数馬は最初に会った頃と同じく、とても礼儀正しい青年のままだった。

「今日は、突然お邪魔してすみませんでした」

「ああ、べつにいいのよ。霧島さんからは、一応話を聞いているし……それより、うちってすごく散らかってるの。呆れないでね」

 呆れるだなんてとんでもないといったような顔の表情を、数馬は浮かべている。

 白い革のソファの上にのっているクマちゃんを脇にどけ、そこに座るようあたしは彼に促した。

「いい年して、独身の女がなんでこんなどでかいクマを持ってるんだって笑うかもしれないわね。実はそれ、今つきあってる人が自分のかわりにってくれたものなの。顔が三枚目でどことなくクマに似てるもんだから」

「そうなんですか。たぶんきっと、お金持ちの人なんでしょうね……変な意味じゃなくて、このくらい大きなクマのぬいぐるみって、結構しますから」

 べつにあたしは、数馬から嫌味な印象を受けたわけではないけれど――それでもやはり、彼に対して(変わったな)という印象は拭えなかった。

 話し方自体は礼儀正しいし、昔とまったく変わっていないように思えるのに……何かこう、そこに中身がまるで伴っていないような、そんな感じなのだ。

「それで、今日はなんの用なんだっけ?」

 いくら霧島さんから話を聞いているとはいえ、自分からそう決めつけて話すのもなんなので――わたしはいかにも自然な感じで、数馬に先を促した。

 フルートグラスにシャンパンを注ぎ、電子レンジでチンしたピザを、彼に勧めながら。

 すると、グラスを片手に数馬の隣に座ったあたしに対して――彼は膝の上の手をぶるぶる震わせはじめた。そして突然絨毯の上に身を投げだし、あたしに向かって土下座をしたのだった。

「お願いしますっ!!僕に再起のためのチャンスを与えてくださいっ!!僕は西園寺監督のミュージカルを降板になって以来――パッタリ仕事が来なくなったんですっ。そのために、どうか川上さんのお力をお貸しくださいっ!!」

 ホットパンツにTシャツといったラフな格好をしていたあたしは、自分もすっぴんで相当無様だけど、あんたまで同じようになる必要はないんじゃない?と、そう思って――彼が起き上がるのに手を貸すことにした。

「ほら、とにかくもう一度ここに座りなさいよ。確かにあたしも、力を貸したいのは山々だけど……ただの脚本家のあたしには、正直できることに限界があるのよ。人に思われてるほど交友関係も全然広くないし、そもそも脚本を渡しちゃったら、現場の人ともそんなに関わらないしね。必要最低限、礼を失しない程度につきあってるっていう感じだし、数馬が想像してるみたいに、大物の映画監督とかTVプロデューサーにあたしが何か頼んだところで――効果のほどはあまり期待できないわ。だから、申し訳ないけど……」

「そんなこと、ないんじゃないですか!?」

 突然ギョロリと、何かが取り憑いたように、数馬の顔つきというか、目つきが豹変して、あたしはその変わり身の早さに驚いた。

「この間、川上さんが梶監督と対談している映画雑誌の記事、僕読みました。ネットにも、ふたりは飲み友達だって書いてありましたよ。それに、今ドラマが放映中の『嵐の中で抱きしめて』のプロデューサーって、彼が手がけたものは必ずヒットするって言われてる人じゃないですかっ。川上さん、僕はもうあなたしか頼れそうな人がいないんだ。だからもし、あなたが僕の要求を拒むなら……」

 その時の、あまりに突然すぎる、それこそドラマのような展開に――あたしはただ、目を見張る意外になかった。

 そしてそれと同時に、何故か、おかしな記憶のデジャヴが起こった。

 以前、これとまったく似た場面に自分は立ち会ったことがあるような気がするけれど、まさかそんなはずもない。

 でもそれは紛れもなく、何かの不吉なサインだった。

 人が死ぬ直前に記憶が走馬灯のように巡るというのにも似た、不吉なデジャヴ。

「僕はあなたに、こうするしかない……」

 そう言って数馬は、スーツの内ポケットからナイフを取りだすと、それをあたしに向かって振りかざしたのだった。




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