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罪と罰と愛と赦し:戦士と少女の物語

作者: 翠野ライム
掲載日:2026/06/14

 かつてある国に、無敵の戦士がいました。彼の名はレオンといいました。


 彼は煤けた金髪に灰色の眼をした、屈強で大きな体をもつ男で、その体は傷だらけでした。


 彼は国王の命令で、敵国を次々と滅ぼし、多くの人々の命を奪いました。


 彼は自分に何の価値も見出していませんでした。


 彼には愛する人も、友人も、家族もいませんでした。


 彼は命というものを何とも思っていませんでした。戦うことが彼のすべてであり、戦いの中でしか自分の存在を確かめることができませんでした。


 ある日、彼は敵である小国の王女を目にしました。彼女は黒髪に緑の目をした、優雅な容姿の持ち主でした。


 武骨な自分とは正反対の彼女の美しさと優しさに魅了されました。それは、レオンが初めて人間に興味を持った瞬間でした。


 レオンは彼女を自分のものにしようとしました。しかし、彼女は彼の要求を拒みました。彼女はレオンの残虐さと冷酷さを憎み、彼の手にかかった人々のために涙を流しました。


「あなたは私の国を穢し、燃やし、私の大切な民の命を奪いました。あなたは私に何を望むのですか?」


「俺はあなたを愛している。あなたを俺の花嫁として迎えたい」


「愛? ふざけないでください。あなたに愛を持つ資格などありません。あなたはただ、自分の欲望を満たすだけです。あなたには心もなければ、魂もありません。あなたはただのけだものです」


 彼は彼女の言葉に怒り狂い、彼女を強引に連れ去ろうとしました。しかし、そのとき、王女を守ろうと兵士たちがいっせいに彼に襲いかかりました。


 レオンは彼らと戦いましたが、何百人もの兵士には勝てず、重傷を負いました。


 レオンはなんとか逃げ出しましたが、自国に帰ることはできませんでした。国王はレオンを見捨て、裏切り者として扱い、賞金首にしました。


 彼は瀕死の重傷を負いながらも、なんとか辺境の地に逃げ込みました。


 そこで、彼はある女の子と出会いました。


 彼女は野犬に襲われていました。レオンは彼女を無視することもできましたが、死ぬ前に何かひとつくらい良いことをしておくか、という本当にただの気まぐれで、彼女を助けることにしました。


 最後の力を振り絞って、刃が折れて柄だけになった剣を投げつけると、野犬は情けない声を上げて逃げていきました。


 これで、本当にレオンはすべての武器と力を使い果たしました。


 少女は血みどろのレオンを見て、とても驚いているようでした。見ると、少女は古びたメイド服を着ていました。


 こんなところになぜメイドがいるのだろう、と疑問に思いましたが、同時に、レオンはこれで俺も終わりだな、と思いました。


 レオンは賞金首です。彼を討ち取れば、一生遊んで暮らせる大金持ちになれることでしょう。彼女のようにどうみても身寄りがない者が、この機会を逃すはずはありません。


 逃げたくてもレオンは体中が傷だらけで、走るのはおろかまともに歩くこともできません。この体では彼女のナイフさえ避けられないでしょう。


 少女が近づいてきます。腕を持ち上げることもできない彼は死を覚悟しました。


 しかし、少女はレオンが想像もしていなかった行動をとりました。彼女はレオンの傷のようすを確かめると、近くにあった屋敷に運んでくれたのです。


 少女の細い腕にレオンの体はとても重かったはずですが、彼女は一生懸命レオンを引きずり、ひっそりと建つ屋敷の玄関の中に運び入れました。


 そこは小さいながらも小奇麗な屋敷で、なぜこんなところを少女が知っているのか、レオンは戸惑いました。


 その後、少女は近くの川からきれいな水を汲んできて、レオンのからだじゅうの血と泥を洗い流し、彼の傷にあたらしい包帯を巻き、食事をつくってくれたのです。


 レオンはすべての手当てが終わったとき、思わず彼女に「ありがとう」と言っていました。


 それは、戦争中、彼が一度も口にしなかった言葉でした。少女は何も言いませんでした。


 レオンの傍らに座り込んだ彼女に、彼は名前を聞きました。


 少女は、小さな声で「ミラです」と名乗りました。


 疲れ切っていたレオンは、「ミラ、ありがとう」ともう一度お礼を言うと、暗闇に落ちるように眠りました。






 目覚めた後、体が落ち着いたところで、レオンはミラと、少し話をしました。


 彼女はきれいな銀髪に茶色の目をした、可憐な容姿の持ち主でした。


 彼女は戦争で孤児になり、奴隷として買われ、貴族の別荘として使われていた屋敷で、メイドとして働いていました。


 しかし戦争が終わり、貴族たちが王都に引っ越していったとき、ミラは野良猫のように捨てられてしまったのです。


 どうしていいかわからなくなった彼女は、ひとり孤独に屋敷で暮らし、たまに森に出て、食べられるものを探していたのです。その時に、ぐうぜんレオンを見つけたということでした。


 レオンは彼女の話を最後まで黙って聞きました。


 ですがそれだけでした。


 彼女の身の上を聞いた後も、彼はミラに興味を持ちませんでした。


 レオンは彼女を自分のメイドとして扱いましたが、それは傷を手当させ、自分の面倒を見させるためにしたことでした。


 レオンは必要な時以外はミラに声をかけることもせず、冷たくあしらいました。


 彼はまだ王女のことを忘れられず、彼女のことを思い出すたびに苦しみました。また、自分を裏切った祖国を憎み、その怒りで毎晩ひどくうなされていました。


 どんなに夜遅い時間でも、レオンがうなされているとミラが起きてきて、彼の汗をぬぐってくれました。


 ミラのやさしさに、レオンのこころを縛り付ける苦しみは。少しずつほどけていきました。


 ミラはどれだけ粗雑に扱われてもレオンに尽くし続けました。


 彼女はレオンのために傷の手当や食事の用意をし続けました。どんなときもそばにいました。


 彼の心身の傷を癒そうとしました。彼女は彼の過去の行いを聞きませんでした。レオンも必要なこと以外、ほとんどミラとは話しませんでした。






 ですが、ある日、レオンはミラに声をかけました。


「……なぜ、俺にやさしくするんだ?」


 レオンから彼女に話しかけたのはこれが初めてだったので、ミラは少し驚いていましたが、その後すぐにやさしく微笑んで言いました。


「あなたに生きていてほしいから。あなたには私の家族みたいに、死んでほしくないんです」


 ミラはレオンに対して自分の暗い過去を話しました。敵の兵士が攻めてきて彼女の村が焼かれてしまったこと、家族が自分だけでも逃げられるようにおとりになってくれたこと、戦争が終わって村に戻った時、すべてが焼け落ち、誰もいなくなっていたこと。


 あてもなくさまよっていたミラを、あくどい商人が誘拐し、売り飛ばしたこと。


 それは、考えようによってはレオンより悲惨な経験でした。


 レオンは死をいとわない戦士ですが、ミラは平和に暮らしていた、ただの女の子だったのですから。


 途中から、ミラの声は震えていました。彼女は泣いていました。それでもミラは話し続けました。


 彼女はレオンを見つけた時の話をしました。傷だらけのレオンを見て、なんとかして助けたいという一心だったということでした。


 もちろん家族への罪ほろぼしの気持ちがなかったわけではありません。野犬を追い払ってくれたレオンへの恩返しの気持ちもありました。


 ですがそれ以上に彼女はただ純粋に、彼に元気になってほしいと願いました。彼女は戦争で失った家族の代わりにではなく、恩返しの相手でもなく、レオンをひとりの人間して大切にしようとしていたのです。


 ひとりの人間を大切にする。それはレオンにはなかった心でした。だから何も恐れず戦うことができました。平気で王女を誘拐しようとすることができました。


 ミラはレオンに言いました。


「あなたは私にとって、大切な人です。あなたは私を守ってくれました。あなたは私の恩人であり、主人であり、家族です。あなたが笑ってくれると、私も笑えます。あなたが悲しんでいると、私も悲しくなります。あなたが幸せであれば、私も幸せです。私はあなたとともに生きていたいです。私はあなたが好きで、一緒にいたいのです」


「俺は、優しくされていい人間じゃない」


 レオンは震える声で言いました。戦いでどれだけ傷ついても、恐れるどころかおびえたことさえないレオンの声が、か細く震えていたのです。


「見てくれ、この俺の手を。血と泥で汚れた手だ。目や顔を見てくれ。鬼や悪魔のようだろう。俺はお前に何もしていない。姫様に言われたときに気づいたんだ。俺は、何人殺したかなんて覚えてもいない、ただの人殺しだ。兵隊じゃないひともたくさん殺した。罪人だ。俺は罪人なんだ」


 ミラは聞き終えた後、静かに首を振りました。


「あなたは罪人ではありません。あなたはただ、迷っている人です。あなたは、国のために一心に戦いました。あなたは本当は優しくて、勇敢で、正義感のある人です。あなたは自分を責めすぎています。あなたは赦されるに値する人です。私は、あなたが優しい人だと信じています」


 ミラの言葉を聞き終えたレオンはその日、何も語りませんでした。


 ですが、レオンの中で、何かが少しずつ変わり始めていました。それは、人間らしいこころの芽生えだったのかもしれません。


 その後、レオンはミラの優しさに触れ続けたことで、少しずつ彼女に心を開くようになりました。


 一緒に野菜を育てたり、木の実を拾い集めたり、料理をしたりしました。


 彼は彼女の笑顔と、彼女の声に安らぎました。彼は彼女のことを大切に思うようになりました。彼は彼女に対して、本当の愛を感じるようになりました。


 レオンは彼女を幸せにしてあげたいと思うようになりました。


 ミラもおなじように、少しずつレオンと仲良くなり、心の距離を近づけていきました。それは、まさに愛と呼ぶべきものでした。


 気づけば、一年余りが過ぎていました。






 ――その日、朝からレオンはずっと悩んでいました。


 心臓はかつてないほど大きな音を立てていました。自分のような人間に、こんなことをする資格はないのかもしれない。


 自分が殺してしまった人たちのたましいは、決して自分を赦さないだろう。そう考えつつも、これだけは、せめてこれだけは、ミラに受け取ってほしいものがあったのです。


 夕暮れどき、ミラは本を読んでいました。貴族のメイドをしていたときに、少しだけ字を教えてもらっていたので、簡単な本なら読むことができました。


 食事の献立の本でした。彼女は、あしたはレオンに何を食べてもらおうか、考えていました。


 夜が更けてきました。暗くなり、月明りとろうそくでは本が読めなくなってしまいました。


 眠気に誘われ、ろうそくを消した直後、誰かがミラの部屋を訪ねてきました。


 誰かといっても、もちろんレオンに決まっています。この屋敷で暮らしているのは彼女たちだけなのですから。


 もとは貴族の屋敷なので、部屋はいくつかありました。主人であるレオンと一緒の部屋で寝るのは申し訳ないと思って、ミラは彼とは別の部屋をつかっていました。


 ミラは寒さしのぎの布を羽織ってから、ドアを開けました。そこにはやはり、レオンが立っていました。彼女は戸惑いながらも、廊下は寒いですから、とレオンを部屋に招き入れました。


 彼は、なにか言いたそうでした。身の丈が半分に見えるほどに縮こまり、ひどく緊張しているようでした。まるで子犬のように震えている彼を、ミラは不思議そうに見つめました。


「どうかされましたか、レオンさま?」


 ミラはレオンに聞きました。


 レオンは大きく息を吐くと、なにか覚悟を決めたように天井をじっと見つめて、そのあとミラに向き直りました。そして、片膝を付き、ミラに小箱を差し出したのです。


「これを、受け取ってほしい」


 その小箱には、指輪が入っていました。


「どうか、私と結婚してほしい」レオンはミラの眼をまっすぐ見て愛を告白しました。


 ミラは驚きのあまり、両手で口をふさぎ、目を見開きました。


「レオンさま。どうされたのです。私はただのメイドなのに、レオンさまは私を愛しているとおっしゃるのですか」


「ミラ、あなたの愛が私を支えてくれた。あなたがいなかったらとっくに私は死んでいた。あなたは恩人だ。そして、私の人生を救ってくれた人だ。わたしは、あなたとずっと一緒にいたい」


 ミラは彼の言葉に涙を流し、彼のことばを受け入れました。彼女は彼と一緒になれることに喜びました。


「私はあなたを愛しています。あなたは私の花嫁になってくれますか?」


「はい、私もあなたを愛しています。あなたと一緒に暮らしたいです」


 レオンはミラの薬指に指輪をつけました。作る前に大きさをはかることができなかったので、彼女の細い指には少し大きすぎました。


 材料には屋敷貴族が忘れていった貴金属のかけらを使ったので、かたちもちょっといびつです。


 磨くものがないので輝きはなく、くすんでいました。それでもミラにとって、その指輪は最高の贈り物でした。


 レオンがミラに手を差し出しました。ミラはその手を握り返し、彼の胸元に引き寄せられました。


 月明りに照らされたふたりの影が近づいていき、口元が静かに重なりました。


 影はずっとずっと、重なったままでした。






 二人は手作りの結婚式を挙げ、健やかなるときもつらい時も、力を合わせて幸せな日々を送ることを誓いました。


 レオンは戦士としてではなく、夫として、ひとりの民として生きることを選びました。


 彼は戦いをやめ、よろいを山の中に埋め、平和を求めました。


 彼は自分の罪をつぐなうために、貧しい人々や困っている人々を助けることにしました。


 彼は人々から尊敬され、愛されるようになりました。そしていつしか、レオン達の周囲には人が集まるようになっていき、やがて村ができました。


 暮らしていくうちに、レオンの過去の行いを知ることになった人もいました。


 多くの人はレオンを赦してくれましたが、中にはレオンを受け入れられず、村を出ていく人もいました。


 それはしかたのないことでした。レオンはこれが自分に課せられた罰なのだと受け入れました。


 しかし、そういった悲しいことがあるたび、レオンは激しい動揺や悪夢に苦しみました。


 夢の中には、村を出て行った人だけではなく、自分が殺してしまったひとたちや、あのときの王女が出てきて、レオンを責め続けました。そんなときはいつもミラがそばに寄り添い、彼を励まし続けました。


 ミラはメイドとしてではなく、妻として生きることを選びました。


 彼女は彼のそばにいて、彼を支えました。愛を育み続けるうちに、ミラはレオンの子を身ごもりました。


 心身の変化に苦しむミラを、レオンは一生懸命支えました。


 なれない料理をして、彼女のそばに居続け、献身をもって彼女に尽くしました。それは、以前ミラがレオンにしてくれたことと同じことでした。






 十か月後、新しい家族が増えました。女の子でした。女の子はシラと名付けられました。ミラはレオンから愛され、レオンはミラから愛され、シラは二人に愛されました。


 その後も二人は愛し合い、子宝に恵まれ、村の人たちとともに末永く幸せに暮らしました。


 彼らの暮らしは、誰もが夢見る、優しく美しい童話のようでした。




(おしまい)





このお話が、あなたのこころに愛を育みますように

愛をこめて 翠野ライム

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