↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/46

もんもんぐんぐん

 俺は生粋のコーヒー派だ。物心ついた幼少の頃よりコーヒー牛乳を嗜み、地域柄MAXコーヒーにも親しんで、俺は育った。


 初めてブラックなあいつに出会った時の衝撃は忘れられない。

 それからというもの、俺の毎日はコーヒー色に染まった。

 

 朝起きたらコーヒー。

 仕事の合間にもコーヒー。

 昼食のあとにもコーヒー。

 帰宅してからも、寝る前に一杯。


 俺の身体の半分はコーヒーで出来ている。

 異世界に転生したらコーヒーの木になりたい。寝る前に毎日そうお祈りをした。


 ————


 出張先の昼休み、俺はいらいらしていた。コーヒー成分が足りていない。

 俺の身体が聖なる黒い液体を求めているんだ。


 自動販売機——ない。


 血走った目で周囲を見回すと、妙な看板を見つけた。


『コンビニエンスもんもんぐんぐん』


「……地方限定のコンビニか?」


 聞いたことのない店名だった。だが、コンビニはコンビニだ、コーヒーくらい置いてあるだろう。


 俺は急ぎ足で『もんもんぐんぐん』の前に立つ。自動ドアが開くのももどかしく、身をねじ込むようにして店に入った。


 ――異教徒(こうちゃ)の香りがした。


 するり、と鼻腔から侵入してきた背信の徒が俺を狂わせる。

 クソクソクソ! 誰か店内で異教徒(こうちゃ)をこぼしやがったな? もんもんとした怒りが湧きあがってくる。これはテロ行為にも等しい。許されざる暴挙だ。


 俺は急ぎ足で、ドリンクコーナーへ向かった。

 これは試練だ、神の与え給うた一時の試練。俺は屈したりはしない。歯を食いしばり、ぐんぐんと突き進む。

 

「……あ?」


 ガラスの扉の向こうには、絶望が広がっていた。

 見渡す限り一面、異教の証(こうちゃ)しか入っていなかった。

 

 こんな暴挙が許されれていいものだろうか? いや、ない。

 

 人類の終末。世界が茶色い海に飲み込まれていく光景を幻視した。

 

 そんなはずはない。まだ人類は敗北していない。

 

 俺は店内を見回す。


 落ち着いてみると、この店はおかしい。棚も、壁も、床も、妙に茶色い。

 照明は黄金色を帯びている。


「……異教徒専用(こうちゃずき)のコンビニだってのか?」


 それでも俺は店内を歩き回った。あの漆黒の輝きを求めて。

 かつて玄奘三蔵一行が、天竺までの険しい道のりを乗り越え、経典を持ち帰ったという。ならば、俺にだって出来ないはずはない。


 店内の香りが、さらに濃くなった気がして、俺は鼻を押さえた。

 俺は黒の輝きを探し求め、魔境をさまよう孤独な旅人だった。

 

 右を見た。

 

 異教徒の聖典がずらりと並び、手に取れと訴えてくる。

 

 左を見た。

 

 異教の香りがつけられた化粧品が、今か今かと出番を待っているのがわかった。


 ここは恐るべき所だ。だが、俺は黒い輝きを信じ、さらに奥へと足を踏み入れた。


「コーヒー……」


 つい弱気になった俺の口からつぶやきが漏れた。


 その瞬間だった。


 店内に充満していた紅茶の香りが、いっそう強くなった気がした。


 頭の芯がしびれる。

 

 俺は自分の手が伸びていくのを自覚した。だが止められない。

 ただ、そのペットボトルだけが妙に気になった。


 冷蔵庫を開ける。冷気が顔に当たる。紅茶の香りがいっそう強くなった。

 俺はペットボトルを手に取った。


「……」


 キャップをひねる。


 ぷしっ、と小さな音がした。


 口をつける。


 ひとくち。


「……」


 俺は目を閉じた。


 口内から鼻へ抜ける香り。ほんのり甘い。微糖タイプだ。それでいて、舌に残る渋みが心地いい。黄金色の液体が食道を通り、胃へ流れ込んでいく。


 もうひとくち。


 ごくり。


 もうひとくち。


 ごくり。


 気がつけば、半分以上なくなっていた。


「……うまい」


 俺の手が震えた。


 なぜだ。


 自分は敬虔なるコーヒー教徒ではなかったか。そう思った瞬間、胸の奥がもんもんと熱くなった。

 紅茶が身体の中へ染み込んでいく。


 胃から。


 血液から。


 身体の隅々へ。


「……うまい」


 そして、一気に飲み干す。ごくごくごく、と喉が鳴る音すら心地よい。空になったペットボトルを握りしめたまま、俺は小さく震えた。


「はぁ……はぁ……」


 何かがおかしい。自分が何をしているのか理解できない。

 ただ、もっと欲しいという強い衝動だけがぐんぐんと俺を突き動かす。


 俺は顔を上げた。


 レジ横に商品が並んでいる。


 からあげ。


 その隣に、赤い文字が踊っていた。


『からあげサマ 紅茶味』


「……」


 俺の手が伸びる。


「いや、だめだ。やめてくれ」


 止めようとする。しかし、指先は止まらなかった。


 袋を掴む。


 開ける。


 ひとつ、手に取る。黄金色の悪魔が俺の指先で微笑んでいる。


 俺は悪魔を口に入れる。咀嚼エクソシズムを試みているだけなんだ、だから許される。

 ひと噛みすると、ジュワッと肉の旨味が溢れ出す。これは肉の旨味。だからセーフだ。


 そして、紅茶の香り。


「…………」


 私はゆっくり目を見開いた。


「うまい」


 もうひとつ。


 さらにひとつ。


 気づけば袋は空になっていた。


「いらっしゃいませ」


 いつのまに居たのか、店員がとびきりの笑顔でそう言った。


「……紅茶ください」

「はい」

「あと、紅茶味のからあげ」

「ありがとうございます」

「袋はどうなさいますか?」

「ください」

「かしこまりました」

 

 店員は慣れた手つきで、商品を袋に詰めていく。

 私は財布を出しながら、ふと尋ねた。


「……この店、全国展開してる?」

「関東エリアのみでしたら」

「そうか」


 それなら、あんがい近所にもあるかもしれない。私は安堵のため息を漏らした。


 店を出る。


 心地よい夜風が俺を撫でた。


 私は袋から紅茶を取り出し、もう一口飲んだ。


 うまい。


 どうして今まで飲まなかったのだろう。歩きながら、スマートフォンを取り出す。着信が多数残されていたが気にもならなかった。私は生まれ変わったのだから。


 検索欄に文字を打ち込む。


『コンビニエンスもんもんぐんぐん』


 検索結果が表示された。嗚呼、これで明日からまた生きていける。

 

 背後で、店に入っていく二人の男性客の声が聞こえた。


「俺、コーヒー派なんだけどさ」


 新たな同胞が生まれようとしている。私は期待に胸を躍らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ついにコンビニ業界にもぐんぐんと進出ですな! ヾ(・ω・*)ノ みつまたなこだわりが解けて良かった良かった。 (*´ω`*)
私もコーヒー派でしたが最近異教徒の手によって改宗させられました。 もんもんぐんぐん。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。