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もんもんぐんぐん

 ネオンの明滅がガラス窓を舐めるように染めていく夜。

 チバシティの高層タワー。薄暗い部屋の中央に、青白い光の柱が浮かび上がっている。

 ホロディスプレイ越しに向かい合っている二人の男。

 片方は、まだ二十代とおぼしき若い男。サイバネヤクザ九条組の組長。九条大樹(クジョウダイキ)

 先代の急逝により、若くしてこの街の組を継いだばかりの男だ。その顔には、年齢相応の驕りが浮かんでいる。

 対する光の粒子の向こうには、『潜刃(センジン)蛇島(ヘビジマ)の姿があった。

冷漠(ロンモー)を消してほしい。それが依頼だ」

 九条は前置きもなく切り出した。

 蛇島の電子義眼がわずかに見開かれる。

「冷漠……その名を聞くのも十年ぶりか」

「知ってるのか」

「知ってるも何も」

 蛇島は小さく息を吐いた。

「放っておけば、そのまま消えたものを。わざわざ起こすような真似をするとは。こりゃ傑作だ」

「笑い事じゃない」

 九条の声に苛立ちが混じる。

「いいや、笑い事さ。とんでもない馬鹿が、一人前に依頼人を気取ってやがる」

「この俺に対して、よくもそんな口がきけたな」

「きけるさ。お前はもう死んでるんだよ。死人を恐れる必要はない」

 ホログラムの向こうで、九条が静まり返る。

 やがて苛立ちを抑えた声が返ってきた。

「……依頼を受けろ」

「断る」

 蛇島は即答した。

「俺はその仕事を受けることはない。巻き添えを食うのは御免だ」

「奴がいったい何だと言うんだ。所詮、過去の亡霊にすぎん」

 九条が鼻で笑う。先代の時代の亡霊など、今の自分には関係ない――そう言わんばかりの口ぶりだった。

「過去の亡霊、ね」

 蛇島の声から笑いが消えた。

「あいつは感情を表に出さない。怒りも、悲しみも、喜びも、笑いもな」

「感情除去手術でも受けたのか」

「違う。見せないだけだ」

 短い沈黙が流れる。

「感情ってのは、出さなきゃ消えるもんじゃない。見えないところで、もんもんと溜まり続ける」

「……」

「それが十年分。解放された感情は殺意となり、その刃はぐんぐんと伸びて確実にお前まで届く」

「いったい、どれだけの……」

 九条の声が、わずかに揺れた。

「考えるだけ無駄だ」

 蛇島は遮った。

「わかっているのは一つだけ。いちど動き出した冷漠は、すべてを流し尽くすまで止まらない」

「だが、こっちは最新のサイバネ兵が警護しているんだぞ」

 九条はまだ強がるが、声は震えている。

「最新のサイバネ兵?」

 蛇島は鼻で笑う。

「災害の前に、そんなものは無意味だ」

 ディスプレイ越しに無言で睨み合う二人をホログラムの光だけが照らしていた。

 やがて蛇島が口を開く。

「さて、とばっちりを食わないうちに、俺は降りさせてもらうぜ」

「待て! 金ならいくらでも払う!」

 九条の声から、余裕が完全に消えていた。

「その、なりふり構わないところ――結構好きだったぜ」

 蛇島は小さく笑った。

「それじゃあな」

 通信は一方的に切れた。

 

 轟音とともに、タワー最下層の防壁が爆ぜた。

 コンクリートと鋼材の破片が夜空に舞い上がり、警備のセキュリティドローンが一斉に警報音を鳴らして駆けつける。

「南側ゲートが破られた! 全ユニット急行しろ!」

 警護兵の怒声が飛び交い、赤いエマージェンシーライトが慌ただしく明滅しながら爆心地へと吸い寄せられていく。崩れたゲートの向こうには、ただ夜の闇と煙、舞い散る火花だけが広がっていた。

「敵影は……ない、だと?」

 警備兵のたちが瓦礫の前で右往左往している。

 そのころ、冷漠はすでにタワーの中にいた。

 爆音が轟いたその瞬間、彼はすでに裏手のメンテナンス用エレベーターシャフトからタワー内に侵入していたのだ。

 出くわした最初の一人は、通路の角で声を上げる間もなく崩れ落ちた。

 二人目が、異変に気づいて銃を構えかけたところで、すでに間合いの内側に踏み込まれていた。

「なっ――」

 言葉は最後まで形にならない。

 三人目、四人目。

 上階から駆けつけてきた増援も、床に転がる仲間の姿を目にする前に、次々と沈んでいく。

 タワー内に配置されていた兵の数は、決して少なくない。

 だが、その数も冷漠の前では意味を成さなかった。

 監視カメラはハッキングされ、偽の画像を垂れ流す。警報センサーも同様に死んでいる。

 誰も気づかない内に、確実に災厄は近づいてきていた。

 冷漠が通り過ぎた通路には、ただ静寂と、崩れ落ちた影だけが残される。

 エレベーターは使わず非常階段を一段飛ばしで上る足取りに、迷いも焦りもなかった。

 一階、また一階と、フロアを塗り替えるようにして静寂が広がっていく。

 最下層で上がる怒声と、タワー上層で広がっていく静寂。

 その隔たりは時間とともに広がっていく。


 最上階、九条のペントハウス。

 自動ドアが強制解除される音すら立てず、冷漠はそこに立っていた。

「対価をいただきに来た」

 冷漠は、感情のこもっていない声でそう告げた。

 九条の顔から、一瞬で血の気が引く。革張りのチェアから転げ落ちるようにして後ずさり、ガラス張りの壁際まで追い詰められた。護衛はすでに誰一人として残っていない。

「落ち着け! ここで俺を殺して何になる? それより俺に雇われないか?」

 冷漠は答えない。ただ一歩、また一歩と歩みを進める。

 ネオンの光が、ガラス越しに二人の輪郭を浮かび上がらせた。

「金だけじゃない、女でも、家でも、なんだって用意してや……」

 ただ一発の銃声だけが返答代わりに残された。

 硝煙の匂いが漂う中、九条だった男が崩れ落ちる音が、ペントハウスに響く。

 冷漠は混乱するタワーを背に、ネオン渦巻く雑踏の中へ消えて行った。

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― 新着の感想 ―
もんもん成分も、ぐんぐん成分も足りない! なんだか別の作品を読んでいる気分でしたよ〜。 (「`・ω・)「 味変な感じで、これはこれで。 (*´ω`*)
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