第2話
「いやあ、傑作だったよな、玲の青ざめた顔! サークル追放の時はちょっと反応が薄かったが」
「そうね、笠木先輩」
大学の食堂で、笠木大雅と原野舞が話をしていた。
「まさか俺たちが仕組んだとも知らずにな」
「先輩は悪い人ですね。私にサークルの罰ゲームで玲の告白に付き合ってあげろ、なんて」
「いいじゃねーかよ、大学デビューしたと思ってるあいつに夢を見させてやったんだ。あいつと舞の間を取り持つフリをしたんだ、これくらい役得だろ」
「そうね、あの子は何を勘違いしてたのかしら、お笑いだったわ、垢抜けないくせにね」
「そうだな、あーはっはっ! そういうお前も清楚ヅラして最後まで騙してたんだ、とんでもねー奴だな!」
「そんなこと言わないでよ、みんなが外見で勝手に勘違いしてるだけなんだから」
そんな二人の会話を、金髪のセミロングの女の子が聞いていた。
◇◇◇
『Vtuber事務所の不倫騒動、フェイクニュース発覚か⁉』
自分の部屋でゴロゴロしながらスマホで見ていたヘッドライン。
そういやここの株買ってたな……。
アプリで口座にログインして見てみると、買値から爆上がりしていた。
あっ、これバイトの何か月分、いや、何年分だろう……。
大学の授業料だって余裕で払えるぞ。
なんだか怖くなったので、もうここで売っておこう。
しばらくバイトに行かなくてもいいな。
お金の使い道は……そうだ、あの子にお礼をしよう。
◇◇◇
「もう、連絡遅いですよ、私ずっと待ってたのに!」
「ごめんごめん」
前と同じ喫茶店で連絡先を交換した女の子と会った。
名前は、霞梨香さんというらしい。
「で、どうしたんですか? また嫌なことがあったんですか?」
「あ、いや……どちらかというと逆なんだけど」
半ばヤケになって買った株が上がってたから怖くなって売った話をする。
「そうなんですねえ。にしてもそのお金で真っ先に思い付いたのが私へのお礼なんて、玲さんはいい人なんですね」
「あのときは話を聞いてもらってだいぶすっきりしたから……」
「じゃあ喫茶店は玲さんのおごり、というわけですか」
「うん、ささやかな恩返し」
「ところで、まだ余裕あります?」
「そうだね、居酒屋のバイト辞めようかな、っていうくらいは」
「なら、いいアイデアがありますよ」
梨香さんの目が光った。
◇◇◇
まずは、都内で有名な眼科クリニック。
「このコンタクトは特殊なものです。就寝中につけて、朝外します。その一日は裸眼で過ごせますよ」
医者が説明したその特殊なコンタクトのお値段は、二桁万円。
だけど、痛くもかゆくもない。
これで眼鏡から解放されるぞ。
さあ、次。
「あなたが梨香ちゃんからの紹介ね。玲くんって言うの。そうね、まずはモサモサの髪を梳いて、長さを調整して髪色も変えましょうか。今の黒髪も悪くないけど、少し明るめの茶色がよく似合うと思うわ」
梨香さんから紹介された美容院では、おしゃれなお姉さんが僕の髪の毛を手際よく切っていく。
脱色も手慣れたものだ。
「あなたも梨香さんと同じ大学なの? あの子いい子よね~。梨香さんからの紹介なら玲くんもいい子なんでしょうねえ。どうやって知り合ったの?」
「梨香さんがバイトしてるファミレスで声をかけてもらって……」
脱色の間が暇なので、マシンガントークしてくる美容師のお姉さん。
いろいろと梨香さんの話も聞かせてもらった。
最後は、おすすめされたワックスを買って、セット方法を教えてもらった。
「あ、玲さん、お待たせ~」
「いや、別に待ってないよ」
美容院に行った次の日、渋谷のハチ公前で梨香さんと待ち合わせた。
「玲さんかなり変わりましたね。一瞬誰だかわからなかったです」
「そうなんだ、鏡を見たら自分じゃないみたいで……」
「とてもカッコいいですよ、じゃあ仕上げにいきましょうね」
「どこへ行くの?」
「マルイ……ううん、今回はパルコ、にしとこうかな。疲れたら喫茶店もあるし」
「それ何?」
「ファッションビルだよ」
「そもそも服を買いに行くための服がないんだけど……」
「大丈夫、最初はみんなそんなもんだから」
「わかった、お任せするよ」
というわけでたぶん一生来ることがなかったであろうファッションビルにやってきた。
「玲さんはどっちかというときれいめなカジュアル系が似合いそうだよね。じゃああそこへ行こう」
ずんずんと進んでいく梨香さんに僕は付いていくだけ。
ショップの店員は細身のイケメンや美女だらけ。
う、しんどいんだけど。
「やっぱ通販じゃだめですか、梨香さん」
「それは慣れてからだよ。じゃあ服を選んであげるから、試着してみて」
次々と着せ替えさせられ、上下セットで五着ずつお買い上げした。
疲れたので、プリンがおいしいらしい喫茶店で一休み。
コーヒーを飲んでお互いに一息つく。
「私が言うのもなんですけど、玲さん大丈夫なんですか」
「何が?」
「お金のことです」
「大丈夫だよ。だってこれ」
そう言って僕はスマホにある通帳アプリを見せる。
「……これ、他の人に見せちゃいけませんよ、玲さん?」
「もちろん、分かってるよ。見せたのは梨香さんだけ」
「信用してくれるのはうれしいんですが、私が金目当てとは思わないんですか?」
「最初に会ったとき僕はお金なかったから、そのはずはないよね」
「……はあ、お人よしですね。まあそういうところも……」
最後は声が小さくなってよく聞き取れなかった。
結局、また少し店を回っていくつか服を買う。
これで一週間は服に困らないな。
◇◇◇
「あれ? あんなイケメンうちの大学にいたっけ?」
「いや、知らないな」
「ねぇねぇ、声かけようよ」
月曜日大学に来ると、いつもと向けられる目線が違う。
女の子の視線が妙に熱い気がする。
そんな中、見知った顔が遠慮なく近づいてきた。
「玲さん」
「あ、梨香さん」
梨香さんが近づいてくる。
そして自然な流れで腕を組む。
「あ、あの梨香さん?」
「玲さんを守るため、ですよ。みんな目つきが変わってますから」
「なんかちょっと怒ってません?」
「手のひら返した他の人に怒ってたりしませんよ。さあ、行きましょう」
絶対怒ってるよね、それ。
◇◇◇
講義の間、僕の周辺だけ不自然に空いている……ということはなくて、知らない女の子が両脇に陣取ったりして大変だった。
次の講義に行きたくてもなかなかどいてくれなかったから。
僕の中身が悪い噂まみれだって知ったらまた離れていくだろうと思うから、女の子と積極的に話す気にはなれなかった。
全部の講義が終わってから、ファミレスへ行く。
梨香さんが店員としてやってきた。
「みんな、玲さんのこと見違えてたでしょう?」
水の入ったコップを置きながら梨香さんが聞いてくる。
「そうなんだけど、中身が僕だって言いづらくって……全然話しできなかったよ。でも、生まれ変わって立ち直れそうな気がするんだ、ありがとう」
「どういたしまして。じゃあゆっくりしていってね」
「うん」
◇◇◇
家に帰ってきて風呂に入ってからスマホを見ながらゴロゴロする。
自堕落だけど大事な時間だ。
『ファミレス店、熱いコーヒーで火傷したとの訴訟で300億の支払判決』
ふーん。
ファミレスの店名を見ると、それは僕がいつも行っている店のフランチャイズだ。
もしや……と思って、しばらく開いていない証券アプリを起動し、会社名で検索。
「うわぁ……えぐい下がり方してるぅ……」
見事なナイアガラの滝がアプリ上で表現されていて、この数日で1/10まで下がっている。
じゃあ、ちょっと残して買えるだけ買っておこう。
僕が買ったところで大勢に影響はないだろうけど、梨香さんがバイトしてるしなんとなく助けるような気持ちで。
しばらく、その株価は低迷し続けた。
買えるだけ買ったから貯金は少ししかない。
前買ったときみたいに早く上がるかなーと思ったけど、今度はそうはいかないみたいだ。
『玲さん、今度の日曜日、遊園地に行きませんか』
スマホに梨香さんからのメッセージが来た。
うじうじしてても仕方ないか。
行くとの返事を返す。
遊園地で梨香さんと待ち合わせ、二人でアトラクションを満喫し、最後に観覧車に二人で乗ってゆっくりする。
「玲さん、しばらく顔が暗かったですね」
「いやあ、それがね……」
僕は買った株が一向に上がらず焦ってることを正直に話した。
「そうなんですね。私にはよくわかりませんが、バイトも辞めてないんですよね。じっと待ってればいいんじゃないですか? 最悪でも元に戻るだけと思えば」
「そうだね、考えすぎないようにするよ。あ、だから僕を誘ってくれたの?」
「そうですね。玲さんが落ち込んでると、私もきになりますから」
「ありがとう。梨香さんには助けられてばかりだ」
「どういたしまして」
観覧車の一番上にきたとき、都会のきれいな夜景が見えた。
◇◇◇
「金がねえなあ……。どうしようか。ん、なんだこの広告は? 『俺たちで不動産』? 元本完全保証、年利24%、だと。すげーじゃねーか。しかもこの広告を見た人限定か。これは申し込むしかねーな!」
「どうしたんですか、笠木先輩?」
大学での昼休み、食堂でスマホを見ていた大雅はある広告を見て、それを舞にも見せた。
「これ凄くないか? 元本保証で年利24%だぜ!」
「それってそんなにすごいんですか?」
首をかしげる舞。
「経済学部の俺が教えてやろう。72の法則ってのがあってな、72を年利で割ると元本が2倍になる年数が出せるんだぜ!」
「ってことは、たった3年で元本が2倍になるってこと⁉」
「そう、これはやるしかねえよな。そうだ舞、サークルでプールしてる金を渡してくれよ、会計やってんだろ?」
「そうですけど……。まずくないですか先輩?」
「大丈夫だ、少し借りるだけさ。配当があればすぐに返せる」
「わかりました」
こうして大雅は『俺たちで不動産』に大金をつぎ込んだ。
◇◇◇
「やっぱりよくないんじゃないかしら……。先輩の言う通りにしたけど……」
舞は悩みながらキャンパスを歩いていた。
そこで偶然、玲の姿を見かける。
モサモサの重そうな黒髪と眼鏡をやめて、いつの間にか明るい茶髪のさわやかイケメンになっていた玲。
服だってちょっとお高めのいいやつを着ている。
私がお情けで付き合ってあげていた時とは大違い。
これは、笠木先輩から乗り換えるべきかしら、と気になっていたのだが、その玲は見知らぬ女の子とキャンパスの隅にある池に向かっていく。
こっそり付いていく舞。
そこでは玲が女の子の告白を断っていたようで、女の子が悔しそうに去っていく。
そのあと気まずそうにした玲が頭をかいていた。
困ったときのその癖は相変わらずなのね、と思う舞。
私から告白しようかしら。
でも騙したあとだしな……、と思っているといつの間にか玲の姿は消えていた。
◇◇◇
『原告逆転敗訴、ファミレス店に落ち度なし! コーヒーで火傷訴訟の300億円支払取り消しへ‼』
何度目かわからない告白を断った玲が、自分の家に帰ってきてスマホを見ると、ヘッドラインが目に入った。
「これは……もしかして?」
急いで証券アプリを起動すると、ファミレスの株価が大きく戻していた。
安く買っていたからまた大儲けだ。
これだけで人生が三週できそうな金額になっていた。
数字が大きすぎて実感が湧かないけど、このうれしさを伝えなければいけない人がいる。
◇◇◇
「玲さん、こんなところに来れるなんて、夢にも思いませんでした」
「僕もだよ」
梨香さんを呼んで、やってきたのは一流ホテルにある超高級レストラン。
ドレスコードがあったけど、金を追加すればその衣装さえ貸してくれる。
着方がわからないような服をなんとか着用して、レストランの席に着いた。
「まずは、今までありがとう」
「え、これから別れようみたいな感じですか?」
「あ、ごめん。そうじゃないんだ。この間のアドバイス、じっと待ってればいいんじゃないか、って言うとおりにしたらさ、またお金が増えてさ。とりあえずお礼を言っておこうと思って」
「そうなんですね、私のアドバイスが役に立ってよかった」
「うん。それでね、言いたいことがあるんだ。お金があるって言った後でずるいかもしれないけど、僕と付き合ってほしい」
「うれしい、玲さん! その言葉をずっと待ってたの!」
こうして僕と梨香さんは恋人になった。
いつもお読みいただきありがとうございます!




