月夜の帰り道
※しいなここみ様主催『秋のホラー企画いろはに』参加作品。
文字数は1682(いろはに)字ちょうどです。
いつもより遅い帰り道。秋の大きな月が煌々と夜道を照らしている。
今日、帰りが遅くなったのには理由がある。
ちょうど会社を出たタイミングで、古着屋を経営する友人の薫からメッセージが来たのだ。
『桜子の好きそうな秋ものがたくさん入荷したから、寄ってきなよ』
もう長い付き合いで、私の好みはよくわかってくれている。薫のお勧めでハズレだと思ったことはほとんどない。
そんなわけで、薫の店で1時間ほど色々見せてもらい、つい何着か購入してしまった。
そこから地下鉄で自宅の最寄り駅まで30分ほど。ここからは徒歩10分ぐらいだ。
昼間より少し冷えてきたので、買ったばかりのジャケットを紙袋から出して羽織る。そうして歩いていると、駅前の繁華街を抜けて住宅街に差し掛かったあたりで急に人気が無くなった。
まあ、それはいつものことなんだけど、今日は何だかいつもより早く人気がなくなった気がする。時間がズレているからだろうか。
やがて月が雲に隠れたのか、辺りがすうっと暗くなる。
そのとき私は、私と同じ歩調の足音が後ろにいるのに気付いた。
スマホを確認するふりをして少し立ち止まると、その足音も止まる。そして再び歩き出すと、足音もまた、同じ距離を保ちながらついてくるのだ。
──まさか変質者? いや、窃盗目的?
何だか首の後ろがチクチクする。そんなに鋭い方じゃないけど、身体もイヤな気配を感じているのだろうか。
私は、何も気づいてないそぶりで歩きながらスマホを操作した。こういう時にまずすべきことは、誰かに電話をかけ、誰かと今まさに繋がっていると相手にアピールすることだ。
なのになぜか、誰にかけても繋がらない。
やむを得ず、警察にも電話してみる。
本当はこれはあまり良くない手らしい。相手を刺激して、逆に犯行に及ぶきっかけになってしまいかねないからだ。
なのに、これも繋がらない。
『おかけになった番号は、電源が入っていないか、電波の届かないところに──』
おかしい。110番にかけてこんなアナウンスが流れるなんてあり得ない。
これってまさか──!?
──私の脳裏に、考えないようにしていたもうひとつの可能性がじわりと浮かび上がってきた。
私は意を決して、後ろを確認してみることにした。
振り返る勇気はないので、近所の美容室に向かう。もう閉店して灯りも消えてる頃なので、大きなガラスに追跡者の姿が映るはず。
ちょうど月がまた雲から出て、辺りが明るくなり始めている。
私は歩きながら、ガラスに映る追跡者をちらっと見て──背筋が凍った。
それは真っ黒な何かだった。
黒づくめな人なんかじゃない。あたりの闇が凝縮して、かろうじて人の形をとっているだけの何かで、輪郭もはっきりせず、目も鼻も口もない。
その『闇』としか言いようのない何かが、20mほど後ろからじっとこちらを見ているのだ。
どうしよう。防犯対策は色々調べたけど、相手が人じゃない時にどうすればいいかなんて、どこにも書いてなかった!
急いで帰って──いや、駄目だ。もし家の中にまで入って来られたら、もう逃げ場がない。
むしろ、人が多い明るいところに行った方がいいんじゃないか!?
私は家に向かう角をやり過ごして、もう少し先にある大通りを目指した。あそこまで行けばコンビニや、まだ開いているスーパーもある。あそこなら何とかなるかも!
知らず知らずのうちに、歩みが早くなる。すると私の意図に気づいたのか、あの何かも歩調を合わせたまま距離を少しずつ縮めてきたではないか!
15m──10m──5m──
どんどん気配が濃くなっていく。首の後ろは、ますますチリチリと痛みを増していく。
そして大通りまであと50mほどのところで、私は肩をガッと掴まれ、歩みを止めてしまった。
──掴まれたとは言っても、手によってではなく、手の形をした実体のない何かだったけど。
ああ、もう終わりだ。
このまま取り憑かれてしまうんだろうか。あるいは殺されてしまうんだろうか。
私が恐怖のあまりその場を動けないでいると、その『闇』のような何かは私に顔を寄せ、乾いた声で耳元にこう囁いてきたのだ。
──お嬢さん、襟に値段のタグ、付いたままですよ……。