天使の卵
「ちょっとボニー、あなたまさか、泣いてるの⁈ 」
アンジーが俺の顔を覗き込んでそう言葉を掛けてくる。そう言われて初めて自分でも気付いて驚いた。確かに俺の目からは涙らしき水が溢れ出ている。そんな機能、有ったんだ…。
気まずい別れ方をしたきり久々の再会だったモイラ、その彼女から掛けられた"お帰りなさい"の言葉に、俺の感情が爆発してしまったんだ。嬉しいとか申し訳ないとかホッとしたとか、とにかく様々な感情が次々に湧き上がって来て、気付けば滂沱の涙という有様だった。
「…ごめんモイラ、騙してごめん。ただいま…。」
それだけ答えるのがやっとだった。感情がぐちゃぐちゃで、まともに言葉をつぐめない。
「いいんだよ、もういいんだよボニー。召喚契約が不完全だったのはそもそもわたしの能力不足のせいだし、あなたはただ"合わせて"くれてただけなんだよね、悪意なんて無かった。」
そう言いながら俺の側までやって来たモイラ、一言も返せない俺の手を取って更に言葉を続ける。
「多分あの時わたし、自分の召喚魔法が不完全だった事がショックで、悔しくて、それを全部あなたに騙されたせいだって事にして自分を誤魔化そうとしてたんだと思う。あんまりにもあなたが優しかったんで、わたし多分甘えちゃってたの。こっちこそ、ごめんなさい。」
何の気の利いた返しも出来ず、ただ首を横に振る俺。見ればモイラの目にも涙。
「さっき話を聞いていて、わたし本当に反省したの。だって、ボニーって本当は17歳なんでしょ、わたし2つも年下の男の子に甘えてたんだって、自分で情けなくなっちゃったんだ…。」
「いや…、やっぱりごめん、俺、嘘ばっかりだ…。」
やっとそれだけ発する俺。
「それももういいわ。悪意が有っての事じゃないって、もう分かってる。」
「確かに、ボニーの場合、本当の事の方が嘘っぽいもんね…。」
アンジーがまた何やら失礼な横槍を入れて来るが、彼女の目にも涙が一杯なのを見たら突っ込めなかった。ふと見ればコイーズやコンロイ氏まで貰い泣きしている。
「だから、改めて又仲良くして、今度は友達としてね。わたしももう甘えない。」
「ああ、もちろん。俺がお願いしたいくらいだ。」
俺もモイラの手を握り返す。嬉しくて嬉しくて、目の水が止まらない…。と、突然俺の手の中からスッと手を抜き取るモイラ。あれ?
「ところで、ボニーって、結局中身は人間の男の子…なんだよね…。」
改めてモイラに聞かれ、「うん。」と答える俺。
「わたし、あなたの前で平気で着替えたりしてたよね…。」
「!」
何故ここで今それを思い出す⁈ さっきまでとはまた違った微妙な空気に涙も止まる。
「…見たの、ボニー?」
「ななな…ナニを⁈ 」
キキに詰められ、声がうわずる。
「ま…まあ、姉さんだって結構僕の見える所で着替えたりはするし…。」
「ちょっ、ペール? 姉弟は又別でしょ! てかわたしを巻き込まないでよ!」
ペールがフォローのつもりで余計な事をぶっちゃけて、コイーズの不興を買っている。
「ところでボニー、さっきの話だけど…。」
空気を変えようとしてか、マリーヴ教諭が別の話題を持ち出す。正直助かった…。
「ブラックドラゴンのアバターだった貴方が、魔王様、今は最上級の客室でお休みいただいているあの魔王ゴルダ様? の眷属として生まれ変わったって事よね?」
おかげさまで一気に変わった空気、天を仰いでいた者も俺に視線を戻し、幾つか向けられていたジト目も普通に直る。
「うん。さっきも言った通り、そこは俺自身はっきりは説明出来ないんだ。自分が消えて行くのは感じてて、これで全て終わりになるんだと覚悟もした。でも、気付いたら俺、戻って来れてたんだ。そして今の俺がドラゴンのアバターじゃなくて魔王様の眷属になったって事は感じられる。」
そう、結局神様でさえ救えなかった俺を最後に救ってくれたのは、魔王ゴルダ様だったと聞く。俺が消えようとするさ中、アイボリオ神の呼び掛けによっ目覚めたゴルダ様が残る力を振り絞って俺を眷属としてくれたらしい。神とは合わなかった波長ってやつも、魔王様とはバッチリだったそうだ。
「魔王様の眷属…って具体的にどういう存在なんだ、やっぱり神に極めて近い性質を持った魔人…即ち魔神で有る事には変わりないのかな? そもそもそんな簡単にドラゴンのアバターから転職出来るものなのかい?」
学術的な興味も有ってかそんな疑問を口にするコンロイ氏だったが…。
「ドラゴンのアバターってのはドラゴンの体の一部を核として作られるんだ。だから本体が死滅すると一緒に消えてしまう。」
彼の疑問に答えたのは突然部屋に入ってきた少年…、アバター状態のジュウベイだった。誰?という空気が部屋全体を覆う。実は此処までジュウベイには勇者パーティーを載せて来て貰ったんだけど、さすがに大騒ぎになりそうなんでちょっと離れた場所でアバター状態になって貰ってから学園に入って来ている。
「普通は鱗とか牙とか、せいぜい角の先とかを使うんだけど、兄貴の核にはブラックドラゴンの5つ目の目が使われていた様なんだ。そんな贅沢なアバター核の代わりなんておいそれと用意出来ないだろ。そこで魔王様が"天使の卵"を提供してくれたんだ。」
「え、天使の卵って…、女神だけが生み出せるって言う、文字通りの天使の"元"の事? 」
マリーヴ教諭が謎の少年の言葉に反応する。
「て言うか、魔王様の正体が女神様だったって事なのか?」
今度はコンロイ氏、インテリ2人が少年の怪しさより、そのもたらす情報に食い付いている。
「ちょっと待って、今のボニーは"天使の卵"をその核とする存在って事よね。それって…」
「ああ、"天使"って事になるだろうね…。」
そしてその2人が辿り着いたその答えを口にしたところ、再び一同の視線がまじまじと俺に注がれ…、
「ぷっ…」
「おいっ!」
何とここで噴き出しやがったアンジーをギロリと睨む俺。
「ごめんごめん、ほんとごめんっ! …でも…。」
言いたい事は分かる。何せ見た目が全く変わらずエボニアムのままなのだ。それで"天使"って、違和感しか無いのは自覚が有る。だからってなぁっ…、だが気付けばアンジー以外にも既に目を逸らして肩を震わせている者が数人。モ…モイラまで!
「まあ、天使の卵の方は専門外だけどな。消え掛けてた兄貴はその魔王様が用意してくれた金色の卵を新たな核として取り込む事によってギリギリで復活したんだ。」
この場で唯一俺=天使という事実を何とも感じていないらしいジュウベイがそう話を括るが…、
「いや、専門外って…、君はそもそも一体何の専門家なんだ、というか誰なんだい君は?」
ここでようやくその点についての疑問を口にするコンロイ氏。
「…誰って…、つれないじゃ無いか。よっ! 元ご主人。」
そう怪しい少年に呼び掛けられ、目をぱちくりのコンロイ氏、そのまま少年とお見合い。ああもう話が進まん!
「改めて紹介するよ。こいつもやはりドラゴンのアバター…てか、ここでは有名人だよね。グランドドラゴン君…さ。今は俺の弟分って事になってる。」
「……え?」
「…は?」
「えっ…ええええっ!」
俺の紹介を聞いて、ザキラム組が面白い様にいいリアクションをくれる。まあ無理無いとは思うけど…。
「よっ…て、パンプールの、そして僕の30年にも渡る心労の原因が、そんなに軽く、よっ…て。」
コンロイ氏などは相当ショックを受けている様だ。
この後、ショックから抜けきらない感じでコンロイ氏は一旦退出、警備の仕事が入ったという事でブロンゾ氏も職場へ戻って行った。
そして残されたのは、気付けば異様に女性比率の高い集団。彼女達は散々俺を質問責めにした。特にブラックドラゴンのエボニアムとの最終決戦に至るまでのいきさつは、興味深げに聞いて貰えていた様に思う。そしてそこに至る迄の経緯についても…。俺とモイラやアンジー、更にはマリーヴ教諭との関係性をコイーズやペールに語ったり、逆にアンジーとモイラにビリジオンでの俺とコイーズ達との経緯を解説したり…。何だろう、女性が絡む件ばかりを結構細かく聞かれた気がしたが、気のせいか…な…?




