マリーヴ・ルーフの教育日誌 -来客-
此処は魔道国家と呼ばれるザキラムの外れに有るパンプール魔法学園。私は此処で召喚魔法学科の教諭をしているマリーヴ・ルーフ。
危険でも有るため人里離れた土地に有るこの学校施設は、今は予期せぬ来客に右往左往している。この国を統べる女王にして私の旧友でもある女王ビオレッタが、突然客を連れてアポ無しで来訪して来たのだ。曰く、「ある程度の設備とキャパが有って、秘匿性が有って、自身のコネだけで無理が通せる場所がここしか思い付かなかったのよ。」という事だった。
そして又その連れて来た客というのが大変な面子で…。まず有り得ないのが勇者パーティー! そりゃあ私自身は勇者に討伐される覚えなんかは無いとは言え、ここは魔大陸、勇者パーティーと言えば外敵じゃないの? それを魔王四天王の1人である。ビオレッタが客として連れて来るってどういう事よ⁈
しかしまぁ実際人族である私に対して勇者パーティーの態度は好意的だった。というか、この学園内の人族の割合の多さや、人族が教職にまで就いているという現状に随分と驚かれたものだ。
少人数で敵地の只中まで攻め入って来る勇者パーティーというものをもっと傍若無人なならず者というイメージで考えていたけど、実際には想像以上に礼儀正しい人達だった。特にリーダーのレダン氏と、僧侶のホイットニー氏は紳士的でさえ有った。まぁ長身でそこそこイケメンの戦士ブルース氏からは、会って早々口説かれたりしたけど…。対照的に黒ずくめの魔術師ブレックさんは、他人とのコミニュケーションが得意で無いのか、常時挙動不審だった。そしてあと一人、女性ながら武闘家というキキさんは気さくで気取らない性格の可愛い感じの子で、女学生のアンジーとたちまち意気投合、以来ずっとわちゃわちゃと一緒に行動している。
最初こそ戸惑ったが、意外と扱いに困るような人達では無いというのは助かった。
それよりも問題だったのが、何と魔王様! この国どころか大陸で1番偉い人、というか天上人がこの学園に客としてやって来られたのだ。結構長く生きている私ではあるけど、魔王様のご尊顔を拝見したのは今日が初めて、こんなに美しい女性だったというのも驚いた。
そして更にその兄上様! 魔王様にご兄弟がいたというのも初耳だが、そもそも魔王様の兄上となるとどういう存在なのか? 彼の正体については言葉を濁し気味だったビオレッタ。でもどう見たって神様よねぇ、何だか光ってるし。
彼等をどう扱うべきかについては大いに悩まされた。最大級のVIP扱いなのは当然だけど、天上人のもてなし方なんて全く見当も付かない。食事も、飲み物も不要だとおっしゃるし、お酒も嗜まれ無いそう。到着時、特に魔王様はかなり消耗が激しく、ほぼ昏睡状態だったんだけど、医療行為も魔法での回復も彼等には余り意味が無いという事で、上等の部屋と衣服(魔王様は何故かほぼ全裸だった)を用意して、後はそっとしておいてくれと言われたが、そう言われてもなぁ…という感じで、とにかく扱いに困っている。
そう言えば今回の一行は揃いも揃ってぼろぼろの有様だったので、恐らく余程の事が有ったのだろうとは最初から感じていた。それでたった今ビオレッタからおおよその事情を話して貰って来たところだ。その内容も驚くべきもので、あのエボニアム様の正体が実はブラックドラゴンで、彼は実質的に魔王様を裏切っており、魔王様はつい昨日まで事実上幽閉状態だったというのだ。そしてもう数十年もの間、魔大陸はエボニアム様の好き放題に運営されていたのだという。
そのエボニアム様、竜神にまで成長していたというそのブラックドラゴンを、これもつい昨日、魔王四天王と勇者パーティーの混成軍で激しい戦いの末何とか討伐したのだそうだ。目的は達成したものの魔力も体力も空っぽのぼろぼろ状態だった討伐隊一行は、補給地点としてこの学園に雪崩れ込んで来たという事情らしい。
尚、ダイダン王のジン・レオン様もちょっと寄り道した後やはり此処に来る予定らしい。この人達はこの学園で魔大陸首脳会議でも開くつもりなんだろうか。
とは言え、この魔大陸全体に常識としてある人族に対する不当に差別的な扱いが、多少は改善するのではないかとはちょっと期待してしまう。ここザキラムでは、魔法の能力さえ高ければ、魔族人族関係無く一定の身分ある立場に取り立てられる事も有る。けれど、魔法の適性のない人族の立場は他の国と大きな違いは無く、被差別民族として扱われている。だがそれでも努力によりのし上がれる道が有るというだけでも遥かにマシで、ビリジオンやダイダンでは、人族は単なる搾取の対象に過ぎないという扱いをされている。
幼い頃の記憶になるが、魔王軍が発足した当初の魔大陸では、魔族達は戦闘、殺戮、掠奪に明け暮れ、コミュニティとしても国と呼べるかも怪しい小国が林立するばかりで、規模、まとまり、財政全てで上回る人族の国家に次々と駆逐されてすっかり劣勢だった。
そんな中登場した魔王軍は、魔族の救済、国家の基盤の醸成、魔族同士の小競り合いの禁止を謳い、どんどん結果を出して行った。我々人族にとっては迷惑な話ではあっただろうけど、一旦屈服させた人族に対しては、当時は比較的寛容だったと思う。
今の様な弱い人族にとっての生き地獄みたいな状態になったのはここ数十年の話、魔王様が幽閉されたという時期と時系列は一致する。それ以前のあの状態に戻ってくれれば…と期待してしまうのだ。
正直魔族には国家運営とか向いていないんじゃ無いかと思った時期も有る。生まれながらの性格が、集団コミュニティを構築するのに向いていないのではないか…と。だがそれをビオレッタは覆して見せた。ザキラムは彼女の着任以来、人族の技術なども積極的に取り入れ、時間は掛かったが盤石な国家になり、規模も大きくなった。
だがそれでも有った私の中の魔族への思い込みを、ここ最近学園にやって来た魔族の姉弟が打ち壊してくれた。ビリジオンから訳有りで脱出して来たというそのコイーズとペールという姉弟は、魔族イコール好戦的で自分勝手、勤勉では無く派手好きという私の偏見をことごとく打ち壊した。
彼等は裕福な育ちでは無いというし、弟は元兵士だというが、細やかな気遣いや真面目で質素な生活態度など、魔族も教育次第なのかもと、これまでの認識を改めさせられた。彼等はすぐに人間達とも打ち解け、今では人族グループと魔族集団の仲立ちの役目まで果たし、既に中々の人気者になっている。
……さて、客はそれだけでは無い。もう一人、重要人物中の重要人物、今回の立役者、そして私がずっと会いたいと思っていた相手、その人に、私…と、今私の後ろを付いて歩いて来ている人物で、これから会いに行く所なのだ。
立場上優先させなければいけない相手が余りにも多かったので後回しにしていたが、内心一刻も早く顔を見て話を聞きたかった相手、そんな客人がいる客室のドアがもう目の前だ。ドアの中からは既に賑やかな話し声が聞こえている。私ははやる気持ちを抑えてドアを開ける。
「久しぶりね、ボニー。」
「マリーヴ教諭!」
私の呼び掛けに見知った顔が、声が答える。かつてこのパンプール魔法学園に、学生が召喚した召喚魔として私達の前に現れた魔神エボニアム…通称ボニー。召喚魔というのが此処へ入り込む為の方便だったとは言え、学園にとっては大恩有る、エボニアムっぽい魔神。此処に居たのはごく短期間だったが、大きな功績と強烈な印象を残して行った、そんな人。
彼と共に部屋の中に居たのは、彼とは最も親しかった1人、召喚魔法学科の女学生で人間のアンジーと、その召喚魔であるシルフ。そしてやはり一時期彼と一緒に生活していたのだというビリジオンの姉弟、コイーズとペール。彼等と共にビリジオンから来て、この人も私の魔族に対する感覚を大いに狂わせてくれた、老戦士のブロンゾさん。この方は今は学園付きの警備隊を指揮していただいている。あとは私の元彼、ちょっとやらかしが有って今は私の助手として働いているコンロイも居る。あと、この人は確か勇者パーティーのメンバーで武闘家の、キキさんだったかな。もうずっとアンジーと行動を共にしている様だ。
客間は狭くは無いけどさすがにこの人数が収まるとぎゅうぎゅうな感じだ。皆んなでボニーを囲んで談笑している。
「聞いてよ教諭、ボニーったらもうちょっとで消えて無くなっちゃうところだったんですって!」
いきなりそう切り出すアンジー。私もおおよその経緯はビオレッタから教えて貰っている。特にエボニアム様とボニーの関係性は、一応世間一般よりは知識は有るつもりの私にとっても想像もしなかった驚くべきものだった。
「それって本体であるブラックドラゴンが死滅したからって事? 」
ドラゴンのアバターがドラゴン本体が滅びた後どうなるのかについては余りに前例が無いので伝わっていない。とは言え想像はつく。
「…さすがマリーヴ教諭、もうボニーがエボニアム様のアバターだったって事も知ってるんだ。私達今それをキキさんから聞いてひっくり返ってたとこです!」
アンジーの言葉にうんうん頷く一同の中、ちょっと居心地悪そうなボニー。前はもっと斜に構えて虚勢を張ってた感じだったけど(虚勢で有る事は結構バレバレだったけど)、今は随分素直な表情をしている。
「アバターそのものって言うのとはちょっと違うかな。ブラックドラゴンが世を忍ぶ仮の姿って奴で作ったアバターがあたし達の良く知るエボニアム。それが強力過ぎて手に負えなかったんで、神様がエボニアム本人の精神がアバターを離れている隙に別の人の魂を他所から連れて来て押し込んじゃったの。それで出来上がったのがこの、ボニーって訳よ。」
キキさんが、ちょっと雑に追加の解説をしてくれる。て言うかこれも驚きの情報!
「え、じゃあボニーには、言わば"中の人"がいるって事? 別の人の精神が入ってるって…、エボニアム様の皮を被った全くの別人って事になるんじゃないの?」
「うん、そうなります。」
私の問いに以前と全然違う口調で答えながら、申し訳無さそうに頷くボニー。あまりの話に思わず天を仰ぐ。でも、そう考えると納得出来る事が数限りなく有ったのも確かかも。
「それで…、話は戻るけど、あなたの身体、アバターの主であるブラックドラゴンは確かに死滅したのよね? 」
「そりゃもう、それはそれは凄惨な死闘の末にね! 因みに止めを刺したのはこのボニーよ。何とかサンダー! 最期は大爆発して木っ端ミジンコよ! 」
私の問いに答えてくれたのは現場に居たであろうキキさん。
「で、そのアバターであるボニーの身体も一緒に消え掛かったって事でしょ? どうやって生還したの? 」
ここで私は最も聞きたかった点を質問するが、キキさんの反応は何となく鈍い。
「ええ…っと…、確か、魔王様が眷属にして下さったから、消えずに済んだ…んだよね…。」
ああ…、どうもキキさん、目の前で見てはいたけど、説明出来る程には状況を理解していない様だ。
「そう。俺自身は実は消えてしまってそれで終わりだと思ってたんだけど、何故か再び目覚める事が出来たんです。そしてその時には、魔王ゴルダ様をすごく身近に感じる様になっていた。」
ぽつりぽつりとそんな風に語るボニー。本人にとっては消え掛けていた間の出来事で、やはり説明し辛い様だ。
「ふう…、そうなるとある日から突然エボニアム様として生きる事になってしまって、今は魔王様の眷属であるあなたは、実際はどういう人なの? やっぱり魔族?」
「えっと…、俺は異世界から連れて来られた高校せ…あの、人間の学生です。」
「人族なの⁈ それも学生? ひょっとして、歳は?」
目をまん丸にして問い返して来るアンジーに対し、ちょっと間を置いて…、
「17歳です…」
と、小さな声で答えるボニー。
「ちょちょ…え、年下なの⁈ 」
目が飛び出しそうなアンジー。
「あたしよりも結構年下ね。そんな感じしたけど。」
キキさんがちょっと可笑しそうに言う。
「生まれてからまだたった17年ってことかい、僕の3分の1ぐらいじゃないか。」
ペール少年が呆れた様に言う。魔族と人間の寿命の差を考えればほぼ同世代の少年という事だ。
「わたし…、その4倍くらい…。ひょっとして、おばさん?」
別の意味でショックを受けている風のコイーズ。いや…
「わしは…、1桁違うな。」
ここでブロンゾ氏。
「私も…、ギリ1桁違いです。」
コンロイも乗って来た。
「あの…、その話題、止めない?」
私は思わずそう言わずにおれなかった。何だか悲しくなって来た。
「そうそう、それより…、ほら、入ってらっしゃい。」
私は閉めていないドアの外に呼び掛ける。私と一緒にここに来たのに未だ顔を出していないその相手に。促され、おずおずと部屋へ入って来る彼女…。
「あっ、ご主…モイラ…さん。」
思わず居住まいを正すボニー。場に軽い緊張が走る。
「…ボニー、お帰りなさい。」
かつてボニーが召喚魔として振る舞った、その時の召喚主が彼女、モイラだ。召喚魔を持てた事に有頂天だった彼女、召喚魔が"フリ"だった事が分かって落胆の余り、最後はボニーを拒否する態度を取ってそれっきりとなってしまった。
その後召喚魔法以外の才能を開花させた彼女は、自信も取り戻し、ボニーとの交流を見つめ直す心の余裕も出来た。そして気持ちに区切りをつける為、決心して今日ここに彼に会いに来たんだ。
それはボニーの方も一緒だったかも…、いや、加害者意識が有る分彼の方が余計にだったかも知れない。彼が"もうこの学園には顔を出せない"と言っていたという話も聞いた。今回此処にはビオレッタが無理矢理引っ張って来た様なものだと言う。今モイラが入って来た瞬間の張り詰めた表情にそれは現れていた。
そんな彼に、モイラが掛けた言葉は、"お帰りなさい"だった…。




