そして迎える"終わりの刻"
「やった…のだろうな。」
長い静寂を最初に破ったのは、剣を鞘に戻し、肩で息をしながら勇者が呟いたそんな言葉である。
「取り敢えずは…と言ったところだろうな。」
未だ傷の癒え切らぬ長身戦士を支えながら僧侶が答える。
三々五々全員がアイボリオ神の元に集まって来る。勇者パーティーも、魔王四天王も。そしてその場でへたへたとへたり込む。ジンもビオレッタも歩けるのが不思議な位ボロボロだ。勇者パーティーは僧侶の回復のおかげで多少はましに見えるが、実際には精神的にも物理的にも空っぽだろう。元敵同士とは言え、戦う気力の残っている者はもうここには居ない。
「魔王様、お気を確かに!」
アイボリオ神の膝の上で目も虚ろな魔王ゴルダ様に向かい、ジンが精一杯の声を掛ける。
「…ありがとうジン、我はもう大丈夫です。あなたとビオレッタが我の為に祈ってくれたおかげで、祈りの力を貰えましたから。すぐには無理でも、徐々に回復して来ると思います。」
そのお姿同様の美しい声で答える魔王ゴルダ様。
「…そうですか、良かった…」
それだけ言うと、ジンはその場でがっくりと膝をつきそのまま動かない。何とどうやらその姿勢のまま気を失ってしまったらしい。
「あああっ、ジン、回復を!」
「それは我がやろう。」
魔法を使おうとするゴルダ様を制し、アイボリオ神がジンに手をかざすと、ジンの重篤な傷がみるみる治っていく。
「何ともこれは…、我が神が、あの魔剣王ジン・レオンを魔法で癒す場面を見ることになろうとは…。」
僧侶がぼそりとそんな感想を口にした、丁度その時。
「ちょっとちょっと、男共!」
1人だけ自分の荷物の方へ行っていた女武闘家が、マントの様なものを手にやって来る。そしてそれを未だ全裸のままだったゴルダ様にそっと掛けてやる。
「これはその…気付きませんで、失礼致しました。」
「本当よ!」
申し訳無さそうにお辞儀する勇者一行の男性陣に突っ込む女武闘家。
「悪いわね、わたしも気になってはいたんだけど、手持ちが無くてね…。」
流れでアイボリオ神の癒しを受けながらビオレッタが言う。まあ着衣が乱れているという意味では彼女達も似たり寄ったりだ。
「魔王…様、で間違い無いのだろうな。貴女には確認しなくてはならない事が有る。」
多少和らいだ空気を一気に戻す様な硬い声で勇者がゴルダ様に語り掛ける。
「はい。」
それに対し、問われるのは分かっていましたという表情で答える魔王、ゴルダ様。
「我々の暮らす人族の国は、幾度となくこの魔大陸の魔族からの掠奪や誘拐を受けて来ました。それは記録の有る昔から延々と起きていた事で有り、人族と魔族は相容れないものというのが常識と考えていました。そんな中で魔大陸に貴女、"魔王"を名乗る者が登場したのが数百年程前と聞いています。」
「その通りです。」
続く勇者の言葉をやはりあっさり肯定のゴルダ様。
「そしてそれから間も無く、それまではせいぜい小規模な徒党を組む程度だった魔族の中に、魔王軍という組織が台頭して来ました。それは瞬く間にこの魔大陸の覇権を握り、魔族による"国"も登場する様になり、今に至る…と言われます。」
「事実です。」
やはり肯定のゴルダ様。
「魔王軍が活動を始めた頃、魔大陸内に生活の基盤が出来た事で、一時期魔族による掠奪や誘拐が大分なりを潜めたと聞きます。が、その分魔大陸内の人族は追いやられ、唯一残っていた人族の国コービロイも、大陸外側の国からの支援を受けて尚、最後には滅んでしまったとされています。それが今から数十年前。そして同じ頃に掠奪や誘拐は再開され、以前にも増しての残虐行為も行われる様になりました。特に魔神エボニアムは各地で"魔王様"の名の下、村一つ、街一つを壊滅に追い込むなど、その悪名を轟かせておりました。」
「…事実である…と、承知しています。」
ゴルダ様の返答は、さっきよりやや明快さを欠いている様に感じる。そりゃまあ、その頃にはもうあの状態だった訳だから、知らなくても当然だ。
「人族の国々は協力して魔大陸に討伐軍を送ったが、ことごとく返り討ちに遭いました。ここに居るジン・レオンやビオレッタの名もその頃からよく恐れと共に知られる様になりました。誘拐、掠奪、残虐行為も増える一方。そんな中、ほとんど様子を聞く事すら出来なくなった魔大陸内の人族の救援と、諸悪の根元とされる魔王の討伐を少数精鋭で成し遂げようと結成されたのが我等勇者パーティー、と言う訳です。」
「…我の元には我を崇める祈りの声と共に、無惨に扱われた人々の怨みや悲しみ、そして"魔王"に向けられた怨嗟の声も届いています。我はそれ等を全て知りながら、止めなかった。それは紛れも無い事実です。」
ゴルダ様のこの答えに眉根を寄せて黒衣の魔術師が口を挟む。
「貴女が幽閉の身であった事は聞いた。今の貴女の様子を見ればそれは嘘ではないだろう。だがだからと言って、貴女には何の責任も無いと割り切る事も難しい。」
「責任ならもちろん有ります。我はエボニアムがそれを行なっている事に気付いていた、止めようとする事も出来た、でもしなかった。枯れてしまったミドナ火山の代わりに瘴気を放出し続けなくてはならないなんていうのは言い訳。恐らく我ではエボニアムを止められなかった。エボニアムは"瘴気を必要とする生き物同志"などと言いながら魔王軍に参加して来て、その実力故たちまち四天王の1人として重要なポジションに収まりました。でも今にして思えば、恐らく彼には魔族への仲間意識も、魔族社会の為に働こうという気持ちも最初から無かったのだと思います。我が此処に籠る様になった頃からその行動は明らかに目に余るものになって来ました。止めるべきだったのだとも思います。でも無理に止めようとして瘴気を生み出す作業が続けられなくなれば、人族は救えぬまま魔族まで存亡の危機に晒してしまう。だから我は、魔族だけでも救う方を採った…。結果として見捨てる事になった人族からは、討伐を受けても仕方が無いと思っています。」
少し身体を起こし、改めてきっぱり言い切るゴルダ様。
「我が光明の神として人族を見守る神格となった時、光明に族さぬ魔族を庇護する役目はゴルダが引き受けてくれた。ゴルダがまず魔族を救おうとするのは当然の事。人族に不幸が降り掛かるのだとすれば、それは我の力不足が故に他ならないだろう。」
ゴルダ様を膝に引き戻しながらアイボリオ神が口を開く。て言うか、この世界の神様って本当に人々に寄り添って下さる存在なんだなぁ。
その後暫くお互い顔を見合わせたりして逡巡する様子の勇者達。
「諸悪の根元はブラックドラゴンのエボニアムであったと言う事か。たが、本人も言う通り、魔王は我々人族を犠牲にしておった。それを許せるのか?」
僧侶も大分揺れている様子だ。
「人族と魔族が対立関係にある点については極論お互い様だ。この大陸でコービロイ王国の跡地に行った時、どう思った? あそこの人族の暮らし、案外まともだったろ。俺達が今迄考えた事も無かった人族と魔族の共存が、曲がりなりにもあそこには有った。」
今度は長身戦士。コービロイの跡地って…、俺の国? 来てたんだ…。
「とは言え魔族共に搾取されている様子は窺えたぞ。同じ人族をあのままにしておくのが正解か?」
更に疑問を呈する黒衣の魔術師。リーダーである勇者はいよいよ頭を抱え出す。だがここで一人、早々に悩むのを辞めた女武闘家が彼に提案する。
「もう、あたし達に政治的な判断なんて出来やしないわよ。単純でいいんじゃない? レダン、あなたがこの魔王様を討伐する気になるかどうか…じゃないの、どう?」
そう彼女に問われ、改めてゴルダ様に視線を移す勇者。その全てを受け入れる覚悟をたたえた表情をじっと見る事暫し…、
「そうだな、俺には無理だ。魔王討伐は俺には成せない。俺達の旅は、ここで終わりだ!」
声を張り、宣言する勇者。その言葉にうんうんと頷く者、まだ考え込んでいる者とまちまちでは有ったが、異を唱える者は居なかった。
「ま、お手打ちって事でいい訳ね。」
ビオレッタと、いつの間にか復活していたジンも、仏頂面ながら彼等の決断は歓迎する様子を見せている。
「それならば私は少し休んだら又瘴気を生みに戻ります。」
が、このゴルダ様の言葉に目の色を変えるジン。
「それはお止め下さい! 魔王様にこれ以上あんな苦行を強いてまで魔族の楽園を維持するなど…、やはり間違ってる!」
しかしそのジンの言葉に首を横に振るゴルダ様。
「いいえ、兄が光明神として人族を見守ると決めた時、なら闇に近い種である魔族は我が導きましょうと自ら決めたのです。瘴気を失えば魔族は数を減らし、魔族の国々もいずれ消滅してしまいます。私はそうさせる訳にはいかないのです。」
「しかし、それはあまりにも…。」
苦しげに呻くジン。
「神様、貴方がそのお力で死火山になっているこのミドナ火山を生き返らせる事は出来ないの、妹の為に!」
ビオレッタがアイボリオ神に向かって問い掛ける。不敬な態度に一瞬文句を言いかけた僧侶だが、"妹の為に"の部分で口をつぐむ。
「死火山を生き返らせることは出来る。だが何十年も死んでいたこの山はもう溶岩も全て冷えて固まり、完全に埋まってしまっている。死火山を休火山にするのが関の山だ。これが活火山として生き返るには、更に何百年、悪ければ何千年を要するだろう。」
「出生率が落ちて行けば、魔族が滅びてしまいかねない年月ね…。」
神の返答に落胆するビオレッタ。
「ですから、やはり私が…」
「火口が埋まってしまってるって話なら、掘るのは訳ないぞ。」
ゴルダ様の決意の言葉に被せる様にそう口を挟んだのはジュウベイだった!
「其方はグランドドラゴンだったか! なるほど、地の竜と我が協力すれば、火山の即時復活は成せるかも知れん。いや、十中八九可能だろう!」
嘘や気休めなど言わないであろう神がこう語った事で、一気にジンやビオレッタの顔に安堵感が広がる。「お願い出来ますか?」「ああ、任せておきなさい。」神兄妹がそんな会話もしている。
ここまで気を張って対応していたゴルダ様だったが、ホッとしたのか、スイッチが切れたかの様に意識を失う。そして今更もう彼女の休息を妨げようとする者は居なかった。
ふと周りを見ると、凍っていた魔王軍兵が溶けて行って…。
「兵士達がただの死体に戻って行くな。」
「ああ、死に損ないを排除するのは"火葬"にするのが確実なんだけど、冥府魔法の行使者が滅びるまで動けなくしとけばいいかって切り替えたのよ。」
そう言いながら目を伏せるビオレッタ。彼等とて被害者なのだ。今はもう安らかに眠れとしか言えない。
まあ…色々有ったが、一応おおむね丸く収まったか…な?
「ボニー様っ!」
今の今迄空気を読んで大人しくしていたネビルブがいきなり俺を見て叫ぶ。おいおい、そんなに大声出すなって、ゴルダ様が眠りに就かれたばかりだぞ。
「ちょ、あんた、どうしたって言うの、身体が透けてるじゃない!」
ネビルブに釣られて俺を見て、ビオレッタまでが叫ぶ。そして全員が俺に注目して、息を呑む。
そう、俺自身自分の存在が急激に希薄になって来ているのは気付いていたが、遂に傍目に分かる状態にまでなってしまっていたのだ。
「兄貴は…、竜神であるブラックドラゴン、エボニアムのアバターだったんだ。本体であるドラゴンが滅びれば、アバターも消滅する、当然の事さ。」
ここまで無表情で話に加わっていたジュウベイが、少し苛立ったかの様にそれだけ語る。ハッとなる一同。
「そりゃそうだけど、そりゃそうだけどさ、そんな馬鹿な!」
と、ビオレッタ。
「お前こうなるって事を知っていて…、グランドドラゴンも、カラスも分かっていたんだな⁈ 」
ジンも叫ぶ、頷く俺達。
「そんな、おかしいじゃ無いか、今回のブラックドラゴン討伐、こいつが、ボニーが一番の功労者じゃないか、ボニーが止めを刺した様なもんじゃないか!」
と、今度は魔術師。
「これは余りに理不尽だ。こやつは…、我が神よ、こやつは不死身だったのでは無いのですか?」
僧侶までが、まるで神が定めたこの運命について抗議するような発言をし始める。
「本体が滅びぬ限りに於いて不滅、という理になるのだろう。エボニアムが竜神であったと言う事実は我も今日知ったばかりだ。神と同様の力を持つので神であろうと、神故え不滅…と考えていたのだ。だが、竜神は神に似て神では無い。本体である肉体が滅びれば"死"は訪れる。当然そのアバターも、共に滅びる事になろう。」
彼の信徒の発した疑問に答えるアイボリオ神。
「か…神様のお力で何とかならないんですか、ボニーの中の人は、何の罪も無い人間なのでしょう?」
今度は長身戦士が神に問い掛ける。
「すまぬ。このボニーの肉体をどうこうする事は、我には出来無い。波長が違い過ぎるのだ。何とか出来るのであれば、最初から異界の魂を呼び出したりはせなんだ。」
「じ…じゃあ、その中の人を、元の体に戻してあげれば…って、そう言えば元の体って…」
女武闘家がそう提案し掛けるが…。
「…すまん、ボニーの元の体は私が…、木っ端微塵にしてしまった。」
答えたのはジンだった。
「気にするなって、あの体はあの時点でもう駄目だったさ。」
俺が少し気休めを言うが…。
「やった事を後悔したりはしない。だが、お前に悪い事をしたのは間違い無い。これではクリムや、ミントにも、会わせる顔が無い。」
「ミントは俺無しでも平気さ。だいたいいつ会いに行っても大して歓迎されるで無し…。」
俺がそんな風に答えると、ネビルブやジンにため息をつかれる。あれ?
「ボニー様は照れ隠しって言葉を知らないでクエか?」
「え…照れ? いや、でも、お前なんか嫌いだーって捨て台詞を貰ったりしたぞ?」
ちょっと混乱の俺、に対しいよいよやれやれの仕草のネビルブ。
「あの娘のひねくれた言動をそのまま取ってどうするでクエ。そんなの、全く正反対の意味でクエ。」
「え? じゃあ…、あれって、お前の事が大す…」
「パンプール魔法学園のみんなだってあんたと会いたがってるわ。マリーヴも、あのアンジーって女学生も、ビリジオンから来た姉弟だって!」
ビオレッタが横から負けじと口を挟む。いや、そんなとこ張り合うとこじゃ…。
「あと…、あんたの元主人、モイラって言ったわよね。転科が上手く行って、今は落ち着いてあんたと改めて会ってみたい、とも言ってたわね。」
モイラの名がビオレッタの口から出た時、胸につかえているものが熱くなって来る様な気がした。そんな風に想ってくれてたんだ…。そう考えた途端、無性にパンプールに居るみんなに会いたくなった。でも…。
「はははは…、俺、今までずっと自分の"居場所"を探してた。大陸中回って、探しても探しても、俺を受け入れてくれる場所なんて何処にも見つからなかった…、ずっとそう思ってた。でもいつの間にか、俺を待ってくれている人がそんなに居たんだなぁ…。ちぇっ、もっと早く気付きたかった。遅過ぎたよ。俺を受け入れてくれた皆んなには、ありがとうって…、すげえ嬉しかったって伝えて欲しい。そして、会いに行けなくてゴメン…って…。」
もう自分の手足が消え掛かっているのが見えている、声だって聞こえているのか判らない。
「そんな、本当にどうにもならないの? 誰もボニーを助けられないの⁈ 」
「神が無理で、誰にどうにか出来るんだ⁈ 」
焦りや苛立ちを隠さず、大きな声を出すビオレッタとジン。
「こんな理不尽な話しが有るか! 我々は彼に恩を返す暇も、功労を讃える機会も、数々の非礼を詫びる猶予も与えられれ無いのか⁈ 」
堪らずそんな風に叫ぶ勇者の声も聞こえる。割とみんな悲しんでくれている様子なのがちょっと嬉しかったり…。
「ボニー様…」
突然耳元にネビルブの声。いつの間にか俺の肩に停まっていた様だが、気付かなかった。そう言えばこいつとはこっちでは一番長い付き合いになるんだよなぁ…。
「ボニー様が消えてしまったら、アタシはどうしたらいいんでしょうクワなぁ。今更別のお方に仕える気には全くなれませんし…。」
こいつも一応主人としての俺を気に入ってはくれていたんだろうか、妙にしおらしい事を言ってくれる…。
「まあ、エボニアム砦に帰って置物でもやりますクワ。ボニー様のお付き役、楽しゅうございましたでクエなぁ…。」
いよいよらしく無い事を言い出すネビルブ。俺の顔の横に居て表情は見えない。らしく無いぞと突っ込んでやろうかと思ったが、どうやらもう声も出ない様だ。
短かったけど、ものすごく濃密な冒険の毎日だった。友人も元の世界では1人もいなかったのに、ここでは両手でも数え切れない程だ。俺、結構やり切ったよね。もう悔いは…無い…、とは言えないかなぁ。
あぁ、いよいよ意識も無くなって来た。父さん、俺そろそろそっちへ行くよ、今度は迎え入れてくれるだろうね。昔みたいによろしくね………。




