ブラックドラゴンの魔法器官
『ぐおお!…』
突然横合いからブラックドラゴンを襲った強烈な斬撃、思わずのけぞるブラックドラゴン。まるで空間自体を切り裂く様なその斬撃には見覚えが有った。そうこうしている間に俺に掛けられた重力魔法も勝手に解除される、これもデジャヴ。
果たして勇者パーティーを載せたジュウベイの姿が有る。激しい戦闘で俺も、恐らくブラックドラゴンも気付かなかったのだが、もうすぐそこまで来ている。斬撃を放ったのはやはり勇者。今はジュウベイから飛び降りてこっちへ駆けつけようとしている。その剣は頭上に掲げられ、既に第二撃を放つ準備に入っている。そしてジュウベイの上では今しも長身戦士が矢をつがえる様子が見える。
「喰らえ、とっときだ!」
放たれたミサイルみたいな矢は、竜神が避けようとする方に勝手に向きを変え、その脇腹に命中して大爆発を起こす。
『ぐおあわっ!』
脇腹の鱗を何枚も吹き飛ばされ、後ずさるブラックドラゴン。そこへ更に、人の発する" 気"の塊みたいなものがバンバンぶち当たって、奴の内面にダメージを与えている様だ。発しているのは女武闘家。
「こっちもとっておきだよっ!」
"気弾"ってやつだろうか、生命力を削って放っている様な攻撃は、確かに濫発は出来ないだろう。
「何故だ、四天王と人族の勇者共が共闘だと? 何が起こってる? ガルルル忌々しい!」
激昂したブラックドラゴンが勇者パーティーに向かって瘴気の息を吐き掛ける。あ、ヤバい。勇者パーティー、皆んなマスクみたいなのはしてるけど、あれは全身を侵食してくるやつだ! と心配した俺だが、突然勇者パーティーにフォローの風が巻き起こったかと思うと瘴気をたちまち押し戻してしまった。黒衣の魔術師が風の魔法を使った様だ。
そして直ぐに再開される気弾の攻撃、その間に2発のミサイルが更に発射され、ブラックドラゴンの守りの要のウロコを剥ぎ取って行く。そして満を持しての勇者の二度目の斬撃! 今度は至近距離だった事もあり、かなりバッサリと切られる奴の腹。
『ウゴガガアア〜ァッ!』
決して浅くは無い傷だと思うが、そもそもがデカい奴にとってどれくらいのダメージになったのかは測り知れない。だが間違い無く苦痛は与えた様で、俄然怒り狂うブラックドラゴン。
死に損ない軍団に被害が及ぶ事を懸念してか二度目からはやや控え目に吐いていた瘴気をいきなり辺り一面真っ黒になる程吐き出したかと思うと、地響きを立てて大暴れ。魔法も乱発している気配を感じる。ほぼ右も左も分からない暗黒の中で阿鼻叫喚だ。
やがてまた風の魔法で瘴気は吹き払われたが、随分状況は変わっている。少なからず瘴気のダメージを喰らってしまった勇者パーティーを現在僧侶が懸命に回復させている。長身戦士は魔法の直撃も受けてしまった様で、もう立つ事も出来ずにいる。死に損ない軍団は半減してしまっている様だが、対するジンとビオレッタもかなりくたびれた様子で、怪我こそそこまで負っていないが、攻撃に防御に魔力を使いまくって疲労が限界である事は傍目にも明らかだ。二天王と死に損ない軍団の戦力差の天秤が傾いたとまでは言えないだろう。
そして俺はと言えば…、身体のサイズは既に元に戻ってしまっている。一旦ダメージの回復は済ませたし、瘴気は翼で風を起こして防いだ方が有効と気付いたので、被害は最小限だ。ただ魔力はかなり消耗してしまった。
「大丈夫か、兄貴?」
ジュウベイが話しかけて来る、いつの間にかアバター状態だ。
「あれ? …そうか、さすがに同じドラゴンの先輩と直接戦うのははばかられるか…。」
「いや…、まあそうなんだけど…。義理が有るって訳じゃない。本能…かな。上位の者には逆らえないんだ。」
勇者パーティーは既に戦闘を再開している。勇者が斬撃を次々に繰り出しているが、今はもう大技を練っている余裕は無さそうだ。女武闘家はもう気弾を放つ気力を使い果たしたのか、牽制くらいしか出来ていない。僧侶は長身戦士の回復に掛かりきりだ。黒衣の魔術師が中々のでかい魔法を繰り出しているが、どうにもドラゴン相手には効果を上げているとは言えない様だ。
「くそっ! 奴の魔法耐性は鉄壁だ。俺の魔法攻撃はことごとく弾かれやがる。このままじゃ俺だけ役立たずだっ!」
魔術師が悔しげに吐き捨てる。確かに向こうにだけこちらの魔法が全く効かないというのもあまりに不利だ。
「ドラゴンの魔法耐性ってのには弱点は無いのかな?」
誰に聞くとも無くそんな疑問が俺の口から出てしまう。そして側に居たのはジュウベイ。
「………」
無言で困惑顔である。
「すまん、そうだよな。ドラゴンのお前にドラゴンの弱点を言えとか、無茶振りだったな。忘れてくれ。」
「ドラゴンは…」
俺が謝罪しながら発言を引っ込めようとしたが、ジュウベイは重い口を開き始める。
「ドラゴンは体内に固有の魔法制御器官が有る。それで自分の中の魔力や周囲の魔力を感知、制御してる。そして、外部から干渉して来る魔力…主に攻撃魔法なんかもその器官で制御してしまうんだ、大幅に効果を軽減したり…ね。」
俺は無言でジュウベイの言葉を待っていた。卑怯かも知れないが、どこまで明かしてくれるかはジュウベイの意思に任せる事にする。
「魔法制御の器官が何処に有るのかは個体によってまちまちだ。ブラックドラゴンのそれが何処にあるのかまではオレは知らない。因みにオレの魔法器官の場所は…」
「あああ〜ぁっ! 分かった分かった、そこまで言わなくていい。お前の誠意は充分伝わったから!」
戦闘に参加出来ない事を余程気に病んでいるのか。とんでもない情報までぶっちゃけようとし始めるジュウベイを押し止める。そんな重い告白受け止めきれないわ!
さて、ブラックドラゴンの魔法制御器官の場所、すなわち弱点の場所はジュウベイには分からないってことだが…。ここへ来て、俺は改めてまじまじとブラックドラゴンの全身を見回す。どちらかと言えばずんぐりむっくりだったジュウベイに比べ、全体にシュッと伸びた前足、後ろ足、首。と言っても優美とか流麗とかいう感じでは無く、ゴツゴツとして、あちこち尖って、禍々しいという言葉がぴったりな姿だ。尾と翼が有り、全身は硬そうなウロコに覆われ、その名の通りの漆黒の巨竜。邪悪さが集約された様な顔には4つの真っ赤に光る目が放射状に並び、鋭い歯がずらりと並ぶ口は耳まで裂け、気味悪く湾曲している。そして、頭には角が4本。長く捻れて尖った角が、頭頂部に2本、耳の上、側頭部に2本生えている。さて、こいつの魔法制御器官は一体何処にあるのか?……。
(其方のその考えに賭けるとしよう。)
頭の中に響くアイボリオ様の声。神はもうずっと俺と繋がっており、俺の考えている事を常時モニターしていた様だ。無論俺が今思い付いている事も…。
そして次の瞬間、俺の全身にエネルギーがみなぎる。魔力が、体力が、一気に満タンになる。ダメージも全て消え去り、身体は完全修復される。ああこれ、クリムの時と同じ魔法だよな。お陰で元気いっぱいだ、これならあとひと頑張り出来そうだ。
(済まない。今の我にはこれくらいがやっとだ。)
神も未だ完全復活ではなかったのだろう、幾分声も弱々しい。が、今はこれで充分だ!
俺は空に飛び上がり、ブラックドラゴンを見下ろす位置へ。眼下では勇者パーティーとブラックドラゴンの激闘が続いているが、もう大技を連発する余力を残していない勇者パーティーが辛うじて凌いでいるというのが正解か。
一方の竜神エボニアムは、勇者パーティーとの因縁の対決に決着を付けようという気持ちが有るのか脇目も振らずに猛攻を続けている。その隙を縫って、俺はその頭上に急降下、頭の後ろにスッと取り付く。そしてやおらその場で元の3倍程度に巨大化、頭頂部に有る2本の角をむんずと掴む。
その段になって初めて俺の存在に注意が行き、且つ俺のしようとしている事に察しが付いたらしいブラックドラゴンは、慌てて狂った様に頭を振る。だが俺は足で奴の首を締め付け、掴んだ角に渾身の力を込める。振り回されて頭がクラクラして来るが、意地でも手は離さない。前足で払い除けようとしたり、尻尾で叩き落とそうとしてきたり、しまいには俺の手の中の頭頂部の角から直接至近距離で攻撃魔法を撃ってきたり。俺はそれらを魔法障壁や痩せ我慢を駆使して何とか耐え切る。
相手の反撃が散漫になったチャンスを逃すこと無く、ここぞとばかりに勇者達の攻撃が激しさを増す。例のミサイルみたいな矢が改めてブラックドラゴンの横っ腹にぶち当たる、どうやら長身戦士も復活した様だ。そうして出来た余裕を有効に使い、俺は2本の角を掴む腕に更に力を込める、魔力を流して腕力を底上げし、胴よりも太くなった腕に力を込めて捻り上げる。ぴしぃっ…パキイィッ…鷲掴んだ手の中で悲鳴の様な音が鳴り始める…。
「んだぁーっ! 」
気合いと共に腕にインパクトをかける。すると遂に…、
バギイイイイーーーンッ!
俺の手の中の奴の角2本が根元から折れた! 俺はそのままバランスを崩し、奴の背中側に落下する。両の手には折り取った奴のデカい角。落ちながらサイズが元に戻って行った俺は、地上に激突すると同時にその場に持ちきれなくなった角を取り落とす。
『グオアガァアアアーッ!』
耳をつんざく様な声で絶叫するブラックドラゴン。角自体は神経がある訳では無いだろうが、虫歯で無い歯をいきなりぶち抜かれた様なものか。
奴、ブラックドラゴンの魔法器官の場所…、俺はあいつのアバター…という事らしい。ならば俺の身体的特徴はあいつ自身がモデルになっているのではと考えた俺、じっくりあいつの姿を眺めてみれば、俺とそっくりの配置の4本の角。そこから予想したのは、あいつの魔法制御を司る器官は俺と同じで、側頭部の側の2本の角で内外の魔法を感知、分析し、頭頂部の角の方でそれを制御、変換、調整して攻撃魔法を放ったり、相手の魔法を防いだりしているのだろう、という事だ。器官自体は角の根元辺りかと思うので、なるべく根元から折り取ってやったのだ。
怒り狂ったブラックドラゴンがいよいよ暴れ倒す。足を踏み鳴らし、尾を振り回して、攻撃魔法を乱発する。だが明らかに様子がおかしい。かまいたちの魔法が飛び回るが、威力も狙いもバラバラだ。味方の死に損ない軍団を蹴散らしてしまったり、何も起こさず消滅したり、自分に当たったりさえしている、"制御"が効いていないのだ。正直危なっかしいがもう脅威では無い。俺は確認の為も兼ねて、改めて奴にサンダーを打ち込んでみる、狙うは残った側頭部の角。
ズバババ……ズドンッ!
『グギヤアアアアーーッ!』
俺のエボニアム・サンダー改めボニーサンダーを受け、奴の角が更に一本へし折れる。やはり、思った通り魔法は通る!
「…なるほどな、ワシの魔法器官を狙って来るとは、まったくもって油断のならん奴だ。お陰で自前の魔法器官で魔法が放てなくなったわい。」
あれだけ猛り狂っていたのが、ここへ来て妙に落ち着いた様子になってそう語るブラックドラゴン。…は、自前の? 奴のその態度、激昂も狼狽もしていない冷静な物言いも有って、嫌な予感に駆られる俺。
果たして、突如奴の頭部に異変が現れ出でる。放射状の配置で元々4つ有った奴の目だが、その左右の中間にあたる眉間の辺りが縦に割れたかと思うと、5つ目の目が現れたのだ。そして既に有った4つと同様赤く光ったその目の中に有ったのは、瞳では無く、人の形。まさか、あれは…?
「魔王様!」
ここでジンが驚愕の叫びを上げる。ああ…、やはりか!




