ブラックドラゴンとの会敵
『アイボリオ〜、またも貴様が邪魔をしておるのだなぁ〜、よくも、よくも〜!』
地響きかの様な声が一帯に響き渡る。"念"の出所を感じ取られているらしく、赤い目は真っ直ぐにこっちを見ている。ジンとビオレッタ は…、未だ死に損ない軍団と激闘中だ。当然ブラックドラゴンの出現には気付いているだろうが、今は目の前の敵で手一杯の状態だ。
と、唐突にフッ…と、気が遠くなって感じる、いかん! これは…奴の"死"の魔法だ、ヤバい!
「気をしっかり持つのだ!」
神の声にハッとなって我に帰る俺。いかんいかん、今死んでる場合じゃ無い。
「なるほどな、これがブラックドラゴンの最も恐るべき能力、"死"を操る魔法か。奴が生きとし生けるもの全ての天敵とされる所以だな。」
神、アイボリオ様にエボニアムと長きに渡る因縁が有る事は聞いていた。エボニアムの正体が"竜神"で有る事は神にとってもかなり意外な事実であったらしく、その事を明かした際に、この神にしては割と驚きが顔に出ていた事を思い出す。ブラックドラゴンの存在はご存知だった様だが、それがエボニアムの事で有るとはさすがに考えていなかった様だ。
と、突然俺の身体が今度はぼおっと暖かい光に包まれたかと思うと、何か生気に満ち溢れた様な気分になって来た。
「其方に我の"祝福"を与えた。もう死を招く魔法に脅かされる事は無いだろう。」
そうか! 死を撒き散らすのが冥府魔法だとしたら、それと相反するのが生命の息吹きを司る天上魔法だ。神様と言えばその本家みたいなものだ。
「その祝福ってやつ、あの2人にも、ジンとビオレッタにも与えてやってくれないですかね。」
「ふむ、了解した。」
神が気安くそう答えると、早速同じようにぼおっと輝く四天王あと2人。そうこうしている間にも、俺は何度も黒い悪意に襲われるが、それはもう俺自身に達する前に見えない壁に弾かれ、たちまち霧散していく。
『おのれぇ、これもお前の仕業かアイボリオぉ!』
俺に対して連発していた死の魔法が全て無効化されている事に気付き、怒り狂うブラックドラゴン。これで奴の最も厄介な攻撃が脅威では無くなった。
とは言っても相手は大怪獣、ジンとビオレッタは"神の祝福"の副次効果で元気は取り戻したが、まだまだ忙しそうだ。となるとこいつは俺一人で担当するのか…、さすがに気後れはするが、ここは虚勢を張ってでも行くしか無い!
「竜神エボニアム、お前には聞きたい事が、幾つも有る!」
岩陰を出て奴の前に姿を現す俺。
「貴様〜、どうやってアイボリオを魔王殿から引っ張り出しおった、永遠にあのまま封印して、やがて忘れられて消滅…となる目論見だったのに、全てぶち壊しにしおって! 今日こそ…」
相当キレ散らかしてる様子のブラックドラゴンだが、構わず質問をぶつける。
「この者達、魔王軍の兵達は何故こんな姿にされているのか⁈ 」
「…あん? ふん、コイツ等はワシの魔王様への謀叛を疑い出して、使えなくなったんでな。敢えてこの場所を匂わせてやったらわざわざ向こうから集合してくれたっていう訳だ。後は改めてワシ自身の"配下"にしてやったまでよ。」
「…全員殺したのか、元部下を…。」
まるで武勇伝でも語っているかの様な奴の返答に、思わず…イラッ。その勢いで更に追求する。
「その、死を司る能力で、ひょっとして、ミドナ火山を…殺したか⁈ 」
「…ほう、そこに気付いたか。ああ、殺したぞ。魔王様を追い込む為にな。」
イラッ…その2。俺は大分キレながら質問を続ける。
「結局魔族優遇…というより人族を虐げるべしという統治に関する方針も、大陸の外で人族を襲ったり攫ったりしてたのも、全てはお前の指示だったんだな。何故だ⁈ 魔族でも無いお前が魔族優遇を謳う意味は何処に有る? 何故人族の恨みをわざわざ買う様な事をさせ、不和を煽る?」
俺は最後に最も聞きたかった点を問いただす。それに対し少し鼻で笑った様な態度を見せた後、言い放つ竜神エボニアム。
「神というのはな、人々の"祈りの力"を糧として存在しているのだ。だがこの"祈りの力"ってやつは圧倒的に人族の方が強く発してくれる。だから魔王という存在を特に人族に強く畏れさせる必要が有ったのだ。」
「馬鹿な! そんなやり方で集まる"祈り"なんてネガティブなものばかりだろう。恐れや恨み、憎しみ…、そういう負の感情が集められて注がれ続ける…、そんなの、魔王様だっておかしくなっちまうんじゃないのかよ⁈ 」
「ああ、それこそ狙い通りだな。魔王様に対する怨嗟の念は面白い様に集まり、魔王様の神格は変貌して行った。そしてそれが、瘴気を産んでいただくのに誠に都合が良かったのだ。」
「なんとっ!」
横でこれを聞いていたアイボリオ神が思わず声を漏らす。
「それだけ? たったそれだけの事の為に、大陸内外の全ての人族に、そして魔王様にも、長きに渡る苦しみを強いて来たって言うのか⁈ 」
俺の声も震える。
「それだけとは心外な。瘴気は魔族にとって是非とも必要なものだぞ。もちろんワシにとってもな。」
「元々普通に出ていたこの山の瘴気を止めてしまったのはお前自身だろうがっ!」
思わず詰問する俺の声も大きくなるが、相変わらず奴はそれを鼻で笑い飛ばす態度を見せる。
「天然の瘴気なんぞただ毒気が強いだけのガスに過ぎん。やはり人々の恨みや憎しみや恐怖を糧に生み出されるダーク・マターである瘴気は格別なのだ。一度味わったらもう天然ものでは満足出来ないのだよ。」
「…お前はぁっ!」
駄目だ、こいつはやはり全ての生きとし生ける者の敵だ。倒すべき、倒されるべき害悪だ。やはり決戦は避けられない!
「話は終わりかっ!」
そう言うが早いか、いきなり口からブワッと黒煙を吐き出すブラックドラゴン。それはたちまち辺り一面を巻き込んでいく。ヤバいと感じた俺は慌てて魔法で障壁を張るが、何とその障壁が侵食されていく。これはやはり…瘴気?…の毒性を強めたものか。侵食された障壁を慌てて補修していくが、追いつかない! 漏れ出た瘴気でダメージを受ける。あちち、いてて…。
何とか耐えて周りを見渡すと、ジンとビオレッタも障壁を張っている様だが、魔法適性の差か、ジンはやや喰らって気合いで耐えている様に見える。神は…、完璧に防いでいる様だ。阿鼻叫喚なのは死に損ない軍団だ。モロに喰らって少なからず朽ちて崩れていっている。とは言え本人達はお構い無しだが。さっきまでは死にたてほやほやのキレイなゾンビ軍団だったものが、一瞬で映画でよく見るゾンビ軍団になっちまってる。
俺は飛び上がり、ものは試しのエボニアム・サンダーを放つが…、竜神、無反応。
「竜神ともなれば、魔法耐性はほぼ完璧のレベルでクエ!」
懐で叫ぶネビルブ、やはりそうか。魔法攻撃は駄目、さりとて物理攻撃など蚊が刺すレベルに留まるだろうし…。
そうする間に奴の角が光り、景色に段差が見える程の巨大なかまいたちに襲われる。辛くもこれは避けたが、直後にいきなり身体がガクンと重くなり、真っ逆さまに落下する俺。落下ダメージは何とか障壁で軽減するが、動けないでいるところに本家のサンダーが叩き込まれる!
「ぐおわあぁっ!」
辛うじて懐のネビルブだけ守ったものの、少なからずダメージを喰らって身体の端々が炭化させられる。だが慌てるな! これへの対処法は同じだ。抵抗せずに、受け入れてしまうのだ。余りの出力のデカさに最初こそびっくりしたが、素直に受け入れてみれば、奴の魔力は俺の魔力と親和性がバッチリなのだ。魔王殿の牢獄で俺が同じ事をしたのがコイツにバレていない様で幸いだった。
奴の放つサンダーを俺はそのまま吸収、自分の魔力として取り込んで行く。さすが本家のサンダー、あっという間に俺の魔力は満タン、ダメージも回復させ、ジュウベイの真似をして重力魔法を無効化し、更に備蓄に回す余裕まで。
ようやく異変に気付いたか、サンダーを止めるブラックドラゴン。
「…キサマ、ワシの魔法を吸収しておるのかっ⁈ そんな手を使うとは…、何と姑息な、え〜い忌々しいっ!」
さすがにバレたか。でももう遅いぜ!
「デュワッ!」
気合い一閃、巨大化! ムクムクッと元の10倍程度のサイズまで膨張する俺の身体。実は大きくなろうと思えばいくらでも大きくなれるのだが、魔力の消費も比例して膨れ上がる事を考えると、欲張り過ぎると"出オチ"で終わってしまう可能性が高い。これ位にしとくべきというのが経験から来る結論だ。しかし今回は敵は今の俺の倍以上もの巨体、これではがっぷり四つという訳にすら行かない。もうちょっと…と欲が出てしまうのは確かだ。
俺は悠々と火口から出て来たブラックドラゴンに挑み掛かる。牛や象に突っかかって行くかの様な感覚だ。俺の倍のピッチの両前足や、俺を頭から一口に齧り取りそうな口、更にそれ等の倍以上のピッチで繰り出される尻尾の攻撃、それ等を何とかかいくぐり、懐に入り込んで鉄拳を見舞う、そして一旦また距離を取る。ヒットアンドアウェイってやつだ。
組みついての力比べで勝てる気はしないし、動きの素早さにまつわる身体能力は恐らく互角、身体そのものの軽さでやや有利かな程度か。この戦術でわずかづつでもダメージを蓄積させて行く…それしか無いのだ。
が、かいくぐるとは言ってもスピードの優位性はごく僅か、向こうは手数も多い。やはり何回かに一回は当てられてしまう。そして当てられたが最後、そこまでコツコツ貯めて来たダメージ量のアドバンテージが一発でひっくり返されてしまうのだ。慌てて戦いながら回復し、同じ戦術を続ける。
正直一進一退…と言うかほぼ停滞という戦況だ。そして俺の巨大化は長期戦向きでは無い、気持ちが焦る!
そこへ追い討ちで吐き出される瘴気の息。身体を大きくしているのでダメージは割合として大きくはない。が、相応の苦痛は伴うので集中力が乱れる。そこに尻尾の一撃、これをまともに喰らってしまい、吹っ飛ぶ俺。轟音と共に地面に叩きつけられたとろで重力魔法を喰らう。起き上がれないところに奴の巨体が降って来る。ゴロゴロ転がってギリギリこれを避けるが、至近距離からの蹴りと尻尾の鞭とかまいたちを喰らってしまう。
骨と内臓をやられ、身体中ずたずたにされる俺。駄目だ、もう動けない。再生も間に合わない。負ける! そう思ったその時…。
ズバアアアアンッ!




