第56話「再会の影、語られぬ名前」
その日、月は薄く霞み、忍びの里には風が吹き荒れていた。
「蒼、準備はいいか?」
任務前の待機室にて、紅がいつになく真剣な表情で声をかけた。
蒼はうなずきながら、腰に鞭を巻きつける。
感情によって変化するその鞭は、まるで彼女の心を映す鏡のように、今はやや光沢を帯びた銀の質感に変わっていた。
「……不思議だな。あたし、この任務、嫌な予感がするの」
「……私もだよ」
ふたりは目を見合わせる。
そしてふと、蒼の耳の奥に囁くような声が響いた。
> ――“焚火”……また君を、見つけたよ……
「っ……!」
蒼の心臓が跳ね上がる。
聞き慣れた声だった。けれど、その口調には狂気と優しさ、そして別れの気配が混ざっていた。
紅が気づいて、蒼の肩に手を置く。
「また……あの声、聞こえたの?」
「……うん。焚火を呼ぶ声。“烈火”の――記憶が、誰かに触れられてる」
その瞬間、警報が鳴った。
「南の森より、未知の集団が接近中!」「警戒態勢を取れ!」
任務予定地とは別の方向。
だが、蒼の直感が叫んでいた。あそこに“何か”がある。
「蒼、行こう!」
紅が手を差し伸べる。蒼は迷いなくそれを取った。
「うん。今度は……終わらせる。烈火の記憶も、焚火の想いも、私の中で――」
忍びの影、過去からの使者。
一人の少女の中に宿る、二つの魂が、ついに覚醒の兆しを見せ始める。
そして、影の中――
「やっと見つけたよ、蒼。いや、“焚火”――いや、“君”だよ」
男とも女ともつかぬ声が、笑っていた。
――忍の夜、揺れる過去と未来。
蒼の物語は、加速していく。




