第55話「潜入任務と焚火の囁き」
「……ここが、標的の屋敷ね」
夜の闇に紛れ、蒼は紅、楓、影とともに任務地に到着していた。今回は他国の貴族を警護する姫からの依頼で、その姫が滞在している屋敷への潜入と警戒が任されていた。
「ここからは別行動。あたしは正面から回る。蒼、裏口からお願い」
紅はいつもよりも凛とした声でそう告げ、静かに姿を消した。
蒼は小さく頷き、忍び足で屋敷の裏門へと回り込む。
その瞬間――
(……聞こえる?)
耳元に、微かな“声”が響いた。
聞き覚えのある声――焚火。
いや、自分の中にあるもうひとつの魂。
少女として死んだ焚火の残滓が、時折囁くようになっていた。
(ねえ蒼……また“彼ら”が動いてる。あの組織。あなたの過去の――)
「わかってる。だから、終わらせたいんだ。俺の過去も、焚火の記憶も」
声を潜めて呟く。
もはや彼にとって“俺”と“私”の境界は曖昧だった。
だが焚火の声には、どこか切実なものがあった。
(お願い……“あの人”には、気をつけて。私が……死んだ時の……)
声はそこでかすれ、途切れた。
「焚火……!」
呼びかけるも返答はない。
だが、胸の奥に残る感覚――
確かに“誰か”が、蒼を見ていた。
見守っていた。
◆ ◆ ◆
潜入任務は順調に進んでいた。
蒼は一室で不審な書簡を見つける。
「……これは、“烈火”宛?」
その名に蒼の鼓動が跳ねた。
まさか、異世界での自分の名が、この世界で残されていたとは。
――すべては繋がっているのか?
烈火、焚火、蒼、そして今。
その時、背後から静かな足音。
「蒼、無事?」
紅だった。薄暗がりで、微笑む彼女の顔が近すぎて思わずドキリとする。
「べ、別に何でもない!」
「ふふっ、顔赤いよ?」
紅が笑うと、蒼は顔を背けた。
胸が、痛くなるほどに高鳴っていた。
焚火の声が、ふと重なる。
(……あの人が、好きだった)
そして今、蒼も気付き始めていた。
この胸の高鳴りが――かつて“彼女”が抱いていた感情と、同じものであると。
◆ ◆ ◆
夜は静かに、更けていく。
だが、嵐の気配が、そこまで来ていた。




