第53話『紅蓮と記憶の井戸 ――蒼の選択』
満月が、冷たく澄んだ夜空に浮かんでいた。
その光に照らされながら、蒼は“記憶の井戸”と呼ばれる古の祠へと足を踏み入れていた。
かつての忍びの者たちが、自らの記憶や技を封じた場所。
そこに今、待つ者がいる。
「来たか――“烈火”」
蒼の前に立っていたのは、紅のような深紅の髪と瞳を持つ男。
いや、男とも女とも取れぬ、異形の気配を纏った存在――紅蓮。
「……もうその名では呼ばない。私は“蒼”だ」
紅蓮は静かに目を細めた。
「それでも、お前の魂は“烈火”だ。かつて俺と肩を並べ、忍びの極致を目指した“お前”を、俺は忘れていない」
「……俺は……」
蒼は拳を握りしめる。
彼の中で揺れる記憶――前世での戦い、血塗られた日々、そして紅蓮との絆と決別。
「……それでも、俺は“蒼”として今を生きてる。仲間がいて、想いがあって……誰かを愛してる。だから――“烈火”には戻らない」
その瞬間、紅蓮の表情が激しく歪む。
「――それが貴様の答えか」
瞬間、空気が爆ぜた。
紅蓮の掌から放たれる“黒炎の刃”――
蒼も即座に身体を回転させて回避、同時に**“鞭”を展開**!
「――“荊棘・鎖薔薇”!」
その鞭は感情の昂ぶりと共に、漆黒の棘を持つ魔鎖の鞭へと変化、紅蓮の刃と激しく打ち合う。
(やれる……今の俺なら、いや、“私”なら――!)
激しい火花。
衝突する記憶と力。
だが――
「――ちょ、ちょっと待てえぇぇぇえ!!」
突如、蒼の耳に届くのは紅の絶叫だった。
「なんであたし達、木の上から見学させられてんのよ!!?」
「だって、“蒼の因縁”に首を突っ込むの、よくないかなって……ねぇ、影?」
「……観察中。戦闘スキルの記録を蓄積しているだけ」
「ボイン楓っ! せめて蒼ちゃんの鞭アーマーは描写に集中してぇええええ!!」
木の上では、紅・楓・影の3人が、なぜか弁当を広げながら観戦中。
「……ていうか、蒼ちゃんのバスト、また成長してない……?」
「なにぃっ!? じゃあ譲渡スキル、また漏れたのっ!?」
「……ごめん、昨日、寝てる間にまた……むにゃむにゃ」
「お前かぁあああっ!!」
一方その頃、蒼と紅蓮の戦いは――
「喧しいな、お前の仲間は」
「……否定はできないっ!!」
鞭と炎が激しく交錯するなか、蒼の心には、確かな想いがあった。
(俺は、“今”を生きる。“蒼”として)
そして、戦いの終わりが近づく――
紅蓮の黒炎が霧散した瞬間、彼の身体が崩れる。
「……やはり、お前は……“未来”を選んだか」
「……すまない、でも、俺は“今の自分”を選んだんだ」
紅蓮は、安堵したように笑った。
「ならば、俺は……ここに残る。さあ、行け、“蒼”よ。今の名を、未来に刻め」
紅蓮の身体が光に包まれ、祠の奥へと吸い込まれていく。
それは別れ。だが、確かな“過去との決着”だった。
蒼は、静かに仲間たちの元へと戻る。
「おかえり、蒼」
紅がそっと、彼女の手を取った。
「……遅い。風呂、冷めた」
「……戦いの後のご飯、美味しいよぉ……むにゃ……」
蒼は思わず苦笑しながら――
(これが、俺の今。俺の仲間。俺の――“愛”)
と、心の中で呟いた。




