特別編「重なり合う記憶――名は“蒼”」
『異世界忍法帖!俺がくノ一!?』
特別編「重なり合う記憶――名は“蒼”」
蒼は、工房の屋根裏でひとり月を見上げていた。
忍び装束のまま、ぐったりと寝そべり、溜息をつく。
「……俺って、いったい何者なんだよ」
異世界“ラグ・アルカ”で、烈火と呼ばれた少年だった。
それだけではない。
現世――かつてこの世界でも、「蒼」の名で知られたパルクールのプロアスリートだった。
都市の高層ビルを駆け、跳び、重力を裏切るような動きで観客を魅了し続けた。
テレビにも出たし、SNSではバズり続けていた。
けれど――
「ある日、トラックに、ドーンだよ……ほんとに、ありふれた最期」
そう呟くと、無意識に胸元のクロスチョーカーを撫でた。
異世界から受け継いだ“火の石”が、微かにあたたかい。
けれど、それだけじゃ終わらない。
時折、記憶の隙間に“誰でもない自分”の記憶が差し込んでくる。
見たこともない砂漠の国。
空に浮かぶ島。
獣の耳を持つ女の子たち――
「……まさかとは思うけど、俺って……何度も生まれ変わってる……?」
冗談のような話。
だが、“この世界で女の身体に転生してる”という時点で、もはや冗談で済まない。
> (……で、今はこのムチムチボディかよ……)
スラリとしたくノ一装束の上から、くいっと胸元を引っ張って確認する。
「……何でここだけ、ハイパー成長してんだよ……忍務の邪魔すぎる!」
戦場で燃え尽きた“烈火”
都市を跳び越えた“蒼”
そして、今この異世界でくノ一として息づく――“わがままボディ”の蒼。
全ての記憶が、断片的につながっていく。
そしてそれを見ている誰かの気配さえ、時折感じる。
「――見てるのか、神様。せめてこの身体、戦いやすくしてくれよ……!」
夜風が返事の代わりに、髪を揺らす。
その風は、過去から未来へ。
蒼が背負う数多の記憶を、優しく撫でていった。