第18話:「影より来たりし者」
祠の封印が砕け、空気が変わった。
山を包んでいた霧がざわめき、渦を巻くように流れていく。
「……風が、逆流してる?」
紅が構える双剣が微かに震えた。
そのとき――
祠の奥、まるで闇そのもののような“穴”が開いた。
「……来たか」
ZEROが呟いた。
そこから現れたのは、全身を黒い衣で覆った異形の存在。
長く伸びる髪、左右で色の違う瞳、そして……身体の周囲に漂う影の残滓。
「“影使い”……生きてる、いや、封印されていた?」
楓が呟く。
その影の人物は、蒼を見て、確かに“笑った”。
「……ようやく“器”が目覚めたか。
おまえか、“烈火の魂”を引き継いだのは」
「知ってるの!? 私が“烈火”だったって」
「いや、“かつての烈火”ではない。“烈火の業”――
それが今の、おまえ“蒼”に宿っているだけのこと」
影の男は、静かに手を差し出す。
「この世界の歪み、転生の連鎖、魂の循環……
すべては、“神々の余計な遊戯”のせいだ。
だが、おまえはその中で“例外”だ。
二つの魂が一つの器に宿りながら、砕けなかった」
「どういうこと……?」
「魂を無理やり繋ぎ合わされた者の末路は、普通――破壊だ。
だが、おまえの中の“焚火”と“烈火”は溶け合い、“蒼”という存在になった。
それは神々すら予測できなかった、“変異”だ」
ZEROが蒼の前に立つ。
「……用件は何?」
「単純だ。“選ばれし器”に、選択肢を与えに来た。
その魂を我ら影の王として迎えるか――
それとも、己の意志で世界の敵となるか?」
「選ばれし器って……私がそんな……」
蒼は拳を握る。
「私がここにいるのは、誰かに選ばれたからじゃない。
私自身が、ここにいたいって思ったからだよ!」
その声と共に、蒼の鞭が唸った。
火花と共に伸びた“意志の鞭”は、影の足元を裂く。
「ふむ……やはり、“烈火”らしい。ならば試そう。
次に会うとき、おまえがまだ“自分”であることを祈ろう」
影の存在は霧と共に溶けるように消えていった。
残されたのは、微かに揺れる空気と――
“自分が何者か”という、新たな問い。
「……蒼、あんた、いったいどこまで巻き込まれてるのよ」
紅が息を吐きながら苦笑する。
「わかんない。でも……わからないなら、知ってやる。
焚火としても、烈火としても、そして――“蒼”としても!」
蒼は笑った。
その瞳の奥に宿るのは、確かな覚悟。
今、“異世界忍法帖”は新たな章へと入る。