第77話『記録の審判と、真なる名前“イグナ”』
水晶の空間が、まるで意志を持つように揺れた。
番人――神記を守る存在が、手にした剣を掲げる。
その刃は、記憶の断片で編まれた“記録の刃”。
蒼のすべての転生と、行動と、感情が宿った神聖なる刃だった。
「罪を犯した者に、“記録の審判”を――」
一閃。
光が走り、蒼の目の前に閃光が炸裂した。
だがそれを防いだのは――ZEROだった。
「……私に、審判を下す権利があると?」
彼女の眼帯がはらりと落ち、金のオッドアイが輝く。
「私は……この塔にいた。記録を護るために。
けれど、誰か一人の記憶を“選んで護る”なんて――
そんな選別は、神ですらしてはならない」
番人がわずかに目を細める。
「おまえは……“番外記録個体ゼロ”」
「いいえ、“ゼロ”ではない。“イグナの記録を護る者”。
それが、私の記された意味」
ZEROの影の刀が、鋭く番人を切り裂く――かに見えた。
しかし。
番人の体は、まるで幻のように消えていく。
「これは……“試験”だ。おまえたちは通過した。
だが、“記録の棺”を開いた時――真の敵が現れるだろう」
水晶の壁が崩れ、奥に“記録の棺”が現れる。
それは巨大な結晶棺であり、中には“誰かの姿”が横たわっていた。
「……これは」
蒼が近づくと、棺の中に眠っていたのは、自分に酷似した少女――否、少年だった。
少年の瞳は閉じられているが、どこか懐かしい気配がする。
「これが、“最初の転生体”……イグナ」
その名が口にされた瞬間、棺から淡い光が溢れる。
蒼の中に、数多の“記録”が流れ込んできた。
神に抗い、記録を護ろうとした少年。
仲間を失い、愛を誓い、時の輪廻に囚われた者。
「私……いや、“俺”は――お前か……?」
“烈火”として、“焚火”として、“蒼”として。
名前も性も変わりながら、ただ一つの“意志”だけは変わらなかった。
“護りたい”。
“大切な人と、生きたい”。
それだけを、ずっと、ずっと。
背後で紅がそっと手を握る。
「大丈夫。私、あなただって信じてるから。
どんな名前でも、何度でも――見つけ出すって、言ったでしょ?」
「紅……」
――その時。
棺に亀裂が入った。
その内部から、真っ黒な“影の手”が伸びてくる。
「……これは、“記録の呪い”。
イグナの記録が、“誰かに書き換えられた証”」
ZEROの声に、空間が震える。
「記録の改竄者――“神そのもの”が、この先にいる」