第76話『神の番人と、記録改竄の罪』
塔の内部は、まるで記録の海だった。
空間全体が水晶のように透明で、壁という壁に無数の“映像”が浮かび上がっている。
それは世界中の記録。誰かの記憶、想い、選択、そして――“改竄された歴史”。
「こんな……こんなに多くの記憶が……」
蒼が思わず立ち止まり、呟く。
その瞳に映っていたのは、かつて自分が生きた幾つかの世界の残像。
“烈火”だった過去。“焚火”だった時。“蒼”と名乗る今。
すべてが、ここに保管されていた。
「ここが……“記録を喰らう者”たちの根源……」
ZEROが囁く。
だがその瞬間、床がせり上がり、一人の人物が出現する。
白銀の装束。仮面をつけた女性型の番人。
その背中には、記録の書を模した羽根のような装飾が浮かぶ。
「この地に踏み入るは、幾星霜ぶり――烈火、焚火、蒼……あなたは“イグナ”」
「……イグナ?」
蒼の眉がぴくりと動く。
ZEROが鋭く反応する。
「“イグナ”とは、最初の記録に残る“始まりの炎”の名前……
あなたは、神にもっとも近い存在だった記録の持ち主――」
番人の眼が金色に光る。
「記録とは、神が編む糸。
あなたが意志を持ち、変えようとすること自体が、“罪”」
――ガッ!!
番人が手をかざすと、記録の水晶空間がねじれ、
蒼の過去記録が勝手に再生され始める。
紅の命を守るために己を犠牲にした場面。
楓を庇って負傷した場面。
ZEROにかけた優しい言葉。
そして――誰かに何度も名前を呼ばれた、最初の転生の記録。
> 「イグナ……また、会いたい……」
「やめろ……!勝手に記録を……!」
「これは試練。“神の番人”として、あなたの存在価値を測るために――」
バシュッ!
突如、番人の背中から“記録の剣”が出現する。
それは過去のすべてを断ち切る“審判の刃”。
「記録を捨てるなら、存在は消える。
守るなら――その命で証明せよ!」
蒼の手に、炎を帯びた鞭が巻き付く。
「記録ってのは、誰かに操られるためにあるんじゃねぇ。
誰かを愛した、優しくて、くすぐったい“生きた証”だろ!」
紅も双剣を抜き、叫ぶ。
「私の記録が蒼とともにあるなら、何度でも書き換えてやる!
この命で!」
楓のハンマーが巨大化し、気合がみなぎる。
「記録の番人だろうと、私たちの愛と友情には勝てませんっ!」
ZEROは静かに眼帯を外す。
「神記の塔は……私の“故郷”かもしれない。
でも、蒼がいる今のほうが、ずっと温かい」
――そして、戦いは始まった。