第74話『“創記”と“愛の誓い”』
遺跡の深奥、崩れかけた石壁に守られるように、記録石は静かに鎮座していた。
蒼の指がその表面に触れた瞬間――
《記録再生――開始》
まるで夢のように、光の粒が宙に舞い、蒼の意識を包み込む。
目の前に浮かんだのは、一人の“少女”だった。
炎のような紅の髪、強い意志の宿る瞳。
だがその顔は――今の紅と、酷似していた。
「イグナ……また遅刻。あなたって、ほんと変わらないんだから」
――それは遥か昔の、“最初の世界”の記録。
蒼はその世界でも、誰かを――紅に似た女性を、心から愛していた。
それは、何度生まれ変わっても胸に宿り続ける、“愛の原型”だった。
◆ ◆ ◆
「目覚めた……?」
紅の声に、蒼はゆっくりと目を開ける。
まだ記録の光が残る中、紅の表情がふと曇る。
「さっき、呼ばれてたでしょ。“イグナ”って」
「……ああ。でも……それでも、私は“蒼”だ。今は、お前と共にいるこの名前が一番、しっくりくるんだ」
そう言って、蒼は紅の手をぎゅっと握った。
その時――
《スキル進化確認:譲渡スキル Lv.5》
《進化名:【共鳴交心】》
「え、ちょ、また変化したの!?」
「蒼のせいで私のスキルもビリビリしてるんだけどっ!」
「紅っ……離すなよ?絶対に」
「誰が離すもんですか。私はずっと……ずっと、あなたを探してたんだから」
二人の間に、微かなキス――光が咲く。
その瞬間、記録の棺が静かに開いた。
中には――
一冊の黒い本と、真紅の指輪が収められていた。
「これって……」
「指輪?」
本には、金の文字でこう刻まれていた。
> 《創記録:第零章 イグナとレナの契約》
“愛したものを、愛したまま永遠に繋ぐ。たとえ記録を喰らわれても――”
蒼はそっと指輪を取り上げると、紅の左手薬指に、そっとはめた。
「……いいか? 現世でも、来世でも――お前は俺のだ」
「ずるい……そんなこと言われたら……私だって、誓うしかないじゃない」
二人の唇が、静かに、優しく、そして熱く重なる――
そして、光が舞う。
◆ ◆ ◆
ZEROはそれを遠巻きに見つめながら、フードの奥で小さく微笑む。
楓はぼそっと言う。
「わぁ……尊い。ちょっと私、眼鏡曇っちゃったかも……って、ちょ、なんで打出の小槌がブルブルしてるのー!?」
ドタバタと、温かく、騒がしい日常が、戻ってくる。
だが――その影に、ひとつの気配があった。
「イグナよ……ようやく記録に触れたか」
黒い外套の人物が、記録の外、もうひとつの世界から呟く。
「次に会う時は――お前の記憶、そのすべてを戴く」