第69話「記憶の始原地と、書き換えられた世界」
「……ここが、“記録の始原地”……」
地平の果て、雲海の上に浮かぶ巨大な遺跡。
石造りの空中神殿は、天空から吊るされているかのように見えた。
一行はついに、《記録の棺》の力の源へと辿り着いた。
蒼の中で疼く“記憶の炎”。
紅の中で揺れる“想いの種”。
ZEROの右目が静かに輝き、記録と因果の糸が絡み始める。
「おかしい……周囲の地脈も、構造も……まるで“誰かの意思”で書き換えられたみたい……」
楓が眼鏡を調整しながら、震えた声で言った。
「これは、“神の書記術”――記録の魔法じゃない。
“世界そのもの”を編集する、……実在書換」
神殿の中心にあったのは、巨大な石板だった。
そこには“現実”そのものが刻まれていた。
そして、その石板の中央には――“蒼”という名が、何度も、異なる形で記されていた。
「これは……オレ……いや、私の……名前?」
蒼が思わず手を触れると、その瞬間、世界がめくれた。
空が歪む。
地面が波打ち、仲間たちの姿がぶれる。
そして――現れたのは、“もう一人の蒼”。
だがその蒼は、今よりも年上で、性別も“男”のまま。
厳しい表情で、焔を背負った戦士だった。
「お前が、“今の蒼”か」
「え……?」
「俺は、“記録の断片”。
お前が最初にこの世界に来たときの、最初の“蒼”。
だが記録は書き換えられ、……お前が選ばれた。女の姿でな」
蒼の中に、過去の記憶が断続的に流れ込む。
――幾度も転生を繰り返し、記録を改ざんされてきた自分。
――烈火として、焚火として、そして“蒼”として。
「じゃあ……私の人生って、誰かに勝手に……?」
「違うよ」
背後から、紅の声が飛んできた。
「“選んできた”のは蒼自身じゃない。どんな姿になっても、何度でも、進もうとするその心」
ZEROが続ける。
「だから私は、観測者としてじゃなく……蒼の“仲間”として、あなたの物語に触れたいと思った」
蒼は拳を握りしめる。
「なら――もう書き換えさせない。“私の物語”は、私が生きて、選んで、愛する」
そして、記録の石板に手をかざす。
《スキル進化:記憶統合》
《サブスキル:記録固定・自己系統》
《愛の譲渡スキル:共鳴による記録上書き防止・発動》
蒼と紅、ZERO、楓、仲間たちの想いが記録に宿り、石板が光を放った。
“今”が、“本当の現実”として確定された――。
しかし、背後で――微かな声が響いた。
「“全記録編集者”が目覚めたな……」
霧の中から、白いローブの人物が立ち上がる。
その者こそ、“神”ではなく、“記録の創造主”。
そして、彼が言う。
「次に書き換えるのは――君たちの“存在そのもの”だ」