第65話「記録を継ぐ姫」
静寂のなか、黒き霧が晴れ、現れたのは――
金の髪を三つ編みに束ね、白銀の甲冑を纏った少女。
その背には一対の羽のような装飾。瞳は、燃えるような赤。
だが、その瞳は、蒼を見るやいなや――優しく、どこか懐かしそうに細められた。
「……ようやく、会えたわね。“烈火”……いえ、今は“蒼”かしら?」
蒼は、思わず後退った。
「お、おまえは……」
紅が即座に前に出る。
「誰?蒼に何の用!?」
その姫君は、穏やかに微笑む。
「名乗りが遅れました。私は《フィリア・=ルクレシア》。記録を継ぐ一族の最後の姫……」
「そして、あなた――蒼の、かつての“伴侶”よ」
「……っ!」
空気が凍る。
蒼の中に、断片的な映像がよぎる。
――剣を交えた日々。
――戦場で背中を預け合った夜。
――そして、誓いの接吻。
「嘘……おれに、そんな記憶……」
フィリアが微笑みながら一歩近づく。
「そうね。記録は封じられていた。あなたが“転生”を選んだときに。
でも、あなたが今も“私と同じ髪の色”をしているのは、偶然じゃないの」
蒼の髪――蒼藍色は、かつてフィリアが贈った祝福の印。
永遠に共にある証。
紅が、困惑の表情で蒼を見る。
「蒼……その人、ほんとに……?」
蒼は黙っていた。
心の奥に、確かにある感情。けれど――それは“烈火”のもので、“蒼”のものではなかった。
フィリアは、柔らかな声で語る。
「私はあなたを取り戻したいわけじゃないの。今のあなたに会いに来たのよ」
「“烈火”も、“焚火”も、“蒼”も――全部が、あなた。
だから、あなたのすべてが、私は今でも……」
紅の拳が震える。
蒼が口を開きかけたとき――
楓が空気を読まずに割って入った。
「ちょっと~!待って~!ロマンスの中で語られてるけど~、この人、本当に“味方”なの~?」
ZEROも、鋭い目で姫を見つめる。
「……“記録の棺”の鍵が、彼女の中にある可能性が高い。だが、それを渡す条件が問題だ」
フィリアは小さく微笑む。
「条件は一つ。“記録の断章”――私の中に眠る《烈火との記録》を、あなた自身に思い出してもらうこと」
「そして……一つだけ、お願いがあるの」
「私に、もう一度、口付けしてくれる?」
蒼「――――はぁああああああああっっ!?!?!?」
紅「ぜっっったいダメええええええ!!!!!」
楓「きゃ~♪バトルラブコメ、開戦~♡」
ZERO「……記録開始。キスの角度、分析対象とする」
蒼「ZERO!録るなぁあああああ!!」
騒がしいドタバタが始まるなか、
フィリアはふっと切ない目をして、そっと呟く。
「本当はね……こんな風に、笑いながら会える日が来るなんて思ってなかったの」
「あなたの“現在”が、こんなにも愛されてるってわかって……よかったわ」
だが、静かに地面が揺れる。
影が蠢く。空間が歪む。
次なる“記録”が、蒼を飲み込もうとしていた。
フィリアが鋭く目を細める。
「時間がない……!次は、“最初の転生記録”が目覚めようとしている」
蒼の背に、蒼い光が灯る。
――次なる記録へ。